ヘボン式とは、日本語の音をアルファベットで表すローマ字表記の方式です。「し」を「shi」、「つ」を「tsu」、「ふ」を「fu」と書くのが代表例で、パスポートの氏名や駅の案内、道路標識など、国内外で幅広く使われています。
2026年にヘボン式を理解するうえで見逃せないのが、2025年12月22日に実施された新しい内閣告示「ローマ字のつづり方」です。約70年続いた従来のルールが改定され、社会で広く使われてきたヘボン式を基本とするつづり方が採用されました。ただし、一般的な文章、パスポート、個人名の表記では、それぞれ確認すべきルールがあります。
【基本を解説】ヘボン式とは?「shi・tsu・fu」で分かる仕組み

ヘボン式ローマ字とは、日本語の音をアルファベットで表す際、英語を母語とする人などにも発音を推測しやすいよう工夫された表記方式です。単純に仮名を一定の規則で置き換えるだけでなく、実際の発音を意識したつづりが特徴です。
名称の由来は、幕末から明治期に日本で活動した医師・宣教師のジェームス・カーティス・ヘボンです。明治学院の歴史資料によると、ヘボンが編さんした『和英語林集成』は1867年に刊行され、その辞書で用いられた表記法がヘボン式の源流になりました。その後、表記法には修正が加えられ、現在の方式へと発展しています。
ヘボン式を理解するには、訓令式と比較するのが近道です。例えば、「し」は訓令式では「si」ですが、ヘボン式では「shi」と書きます。「ち」は「ti」ではなく「chi」、「つ」は「tu」ではなく「tsu」、「ふ」は「hu」ではなく「fu」です。
こうした違いは、ローマ字が日本語をアルファベットで表すための仕組みでありながら、何を重視するかによって表記が変わることを示しています。訓令式は仮名の行や段との規則的な対応を重視し、ヘボン式は実際の音に近づけることを重視する傾向があります。
なお、ローマ字は英語そのものではありません。「shi」と書けば英語の「sh」に近い音を手がかりに日本語の「し」を表せますが、日本語の音を完全に再現できるとは限りません。あくまで、日本語の音をアルファベットで伝えるための表記法です。
【一覧表で比較】ヘボン式と訓令式・日本式の違い
ヘボン式と訓令式の違いは、特定の仮名のつづりを見ると明確になります。以下は代表的な仮名を比較したものです。日本式は仮名の区別をより規則的につづりに反映する方式で、訓令式とは共通する部分もありますが、すべて同一ではありません。
| 日本語 | ヘボン式 | 訓令式 | 日本式 |
|---|---|---|---|
| し | shi | si | si |
| ち | chi | ti | ti |
| つ | tsu | tu | tu |
| ふ | fu | hu | hu |
| じ | ji | zi | zi |
| ぢ | ji | zi | di |
| づ | zu | zu | du |
| しゃ | sha | sya | sya |
| ちゃ | cha | tya | tya |
この表から分かるように、ヘボン式では「し・ち・つ・ふ」を「shi・chi・tsu・fu」と表します。一方、訓令式では「si・ti・tu・hu」となります。ヘボン式は道路標識やパスポートなどで広く使われてきたため、日常生活で目にするローマ字に慣れている人にとっては、なじみやすい方式です。
日本式との違いが特に表れるのは、「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」のような仮名の扱いです。日本式では「じ」を「zi」、「ぢ」を「di」と書き分けますが、ヘボン式では現代の一般的な発音を踏まえ、どちらも「ji」と表します。「ず」と「づ」についても、ヘボン式ではどちらも「zu」です。
ただし、これらの表記は一つの目的にしか使えないわけではありません。言語学的な区別を重視する資料、個人名の慣用表記、国際的に定着した名称などでは、一般的なヘボン式とは異なるつづりが使われることがあります。
2025年12月の新しい内閣告示でも、仮名の基本的なつづりはヘボン式に基づく形が採用されました。ただし、撥音や促音などの細則まで、従来のパスポート用ヘボン式と完全に同一になったわけではありません。ここが2026年のローマ字表記を理解する際の要点です。
【2026年最新】2025年12月の内閣告示でローマ字はどう変わった?
ローマ字のつづり方をめぐる大きな転換点となったのが、2025年12月22日付の内閣告示第4号です。文化庁が公表した告示では、従来の1954年の内閣告示第1号を廃止し、一般社会で日本語をローマ字で表す際の新たなよりどころを定めました。
改定の背景には、従来の制度と実際の使用状況のずれがあります。文化庁の資料によると、1954年の告示では訓令式を基本とするつづり方が示されていました。しかし、実際の社会ではパスポートや道路標識、案内表示などでヘボン式が広く使われてきました。
2025年8月20日には文化審議会が改定案を答申し、社会で広く使用されているつづり方を採用することや、長音の示し方、個人名などの表記に関する考え方を示しました。その後、同年12月22日に新しい内閣告示が実施されました。
新しい告示では、一般の社会生活で用いるローマ字の基本表が整理されました。仮名のつづりは「shi・chi・tsu・fu」などを基本とし、長音を表す方法として母音字の上に符号を付ける方式に加え、母音字を並べる方式も示されています。
一方、文化庁の告示は、あらゆる分野の表記を一律に変更させるものではありません。科学・技術などの専門分野や個々人の表記、過去の著作や文書におけるつづり方まで否定するものではなく、国際的に定着した表記や各分野で用いられている表記についても、直ちに変更を求めない考え方が示されています。
つまり、2026年の新ルールを「すべてのローマ字を一斉に書き換える制度」と理解するのは正確ではありません。一般的な文章で新しい基準を参照することと、パスポートや既存の固有名詞に使われている表記を変更することは、分けて考える必要があります。
【実用編】名前・地名の書き方とパスポート表記の注意点
名前や地名をヘボン式で書くときは、まず仮名に対応するつづりを確認します。例えば、「し」は「shi」、「ち」は「chi」、「つ」は「tsu」です。地名の「東京」は「Tokyo」、「京都」は「Kyoto」と表記されます。
氏名については、読み方が同じでも、長音や促音などの扱いによって表記が変わる場合があります。一般的なローマ字表記とパスポートの氏名表記を同じものだと考えず、用途に応じた基準を確認することが大切です。
日本のパスポートでは、旅券法施行規則に基づき、原則として戸籍に記載された氏名をヘボン式ローマ字で表記します。外務省の「ヘボン式ローマ字綴方表」では、一般的な仮名のつづりに加え、撥音・促音・長音などの注意事項も案内されています。
例えば、パスポートでは「佐藤」は「SATO」、「伊藤」は「ITO」、「大野」は「ONO」と表記するのが基本です。長音の「おう」や「おお」に含まれる「O」や「U」を、一般的な文章のようにそのまま重ねて表すとは限りません。
また、パスポート用のヘボン式では、一般的な「ん」の表記にも特別な規則があります。後ろに「B・M・P」が続く場合は「M」で表し、「難波」は「NAMBA」、「本間」は「HOMMA」、「三瓶」は「SAMPEI」となります。これは、2025年の新しい一般向け告示で示された「ん」を「n」と書く基本ルールとは区別が必要です。
パスポートでは、氏名の慣用表記や外国式の名前などについて、一定の条件の下でヘボン式以外の表記が認められる場合もあります。ただし、希望するつづりが常に認められるわけではありません。外務省は、外国式の氏名などでは綴りを確認できる書類の提示を求める場合があると案内しています。
すでに取得したパスポートの氏名表記を、単に別のつづりに変えたいという理由だけで変更できるとは限りません。渡航や本人確認に関わるため、申請前に旅券窓口で確認するのが確実です。
【間違いやすい3項目】長音・撥音・促音のルール
ヘボン式ローマ字で迷いやすいのは、母音を伸ばす長音、「ん」に当たる撥音、「っ」に当たる促音です。2025年の新しい告示では、これらについて具体的な表記方法が示されています。
1.長音は符号を付けるか、母音字を並べる
長音とは、「おかあさん」の「ああ」や「とうほく」の「う」など、母音を長く発音する音です。新しい告示では、母音字の上に長音符号を付ける方式のほか、母音字を並べて表す方法も認められています。
例えば、「おおかみ」は「ōkami」または「ookami」、「東北」は「Tōhoku」または「Touhoku」と表せます。長音符号を入力しにくい環境では、母音字を並べる方式が実用的です。ただし、パスポートでは別の運用があるため、氏名表記にそのまま当てはめないようにしましょう。
2.撥音の「ん」は基本的にn
新しい告示では、「ん」は「n」と書きます。例えば、「銀座」は「Ginza」、「新聞」は「shinbun」、「乾杯」は「kanpai」です。従来のパスポート用ヘボン式で用いられる「B・M・P」の前の「M」とは異なるため、同じ「ヘボン式」という呼び方だけで判断しないことが重要です。
また、「単位」のように「ん」の後ろに母音が続く場合は、音の切れ目を明確にするため「tan'i」と書きます。「船員」は「sen'in」です。アポストロフィーを使うことで、音の区切りが分かりやすくなります。
3.促音の「っ」は子音字を重ねる
促音は、つまる音を表します。新しい告示では、次に続く子音字を重ねる方法が示されています。例えば、「雑誌」は「zasshi」、「鉄板」は「teppan」、「薬局」は「yakkyoku」です。
子音が2文字で表される場合には、原則として最初の字を重ねます。告示に示された「日直」は「nicchoku」です。これに対して、パスポート用ヘボン式では「ch」の前の促音を「t」で表すなど、異なる運用があるため、用途に合わせて確認する必要があります。
【変換で迷わない】ヘボン式ローマ字の見分け方と使い分け
ヘボン式ローマ字変換を利用するときは、変換結果だけを見るのではなく、何のために使うのかを先に決めることが重要です。同じ日本語でも、一般文書向けのローマ字、パスポート向けの氏名表記、特定の組織が定める固有名詞表記では、結果が異なる場合があります。
例えば、変換ツールが「おおの」を「Oono」と出力したとしても、パスポートでその表記が使われるとは限りません。一般向けの新しい告示では長音を母音字の重ね書きで表す方法がありますが、パスポートでは長音を省略する運用が基本です。ツールの名称だけでなく、出力の基準を確認しましょう。
使い分けの目安は次のとおりです。
- 一般的な文章・説明資料:2025年12月22日付の内閣告示第4号に示されたつづり方を基本にする。
- パスポートの申請:外務省のヘボン式ローマ字綴方表と申請窓口の案内に従う。
- 人名・団体名・ブランド名:本人や団体が使用している正式な表記を確認する。
- 既存の看板・資料・出版物:新しい告示が過去の表記を否定するものではないことを踏まえ、目的に応じて判断する。
なお、ローマ字表記と、パソコンやスマートフォンで日本語を入力するためのローマ字入力は別のものです。例えば、キーボードで「shi」と入力して「し」を出す操作と、公的な文章でどのつづりを採用するかという問題は同じではありません。2025年の告示改定も、ローマ字入力の方法そのものを変更するものではありません。
ヘボン式の見分け方を身につけるには、「shi・chi・tsu・fu」のような代表例を覚えたうえで、長音・撥音・促音については用途別のルールを確認するのが実践的です。とりわけ、パスポート用の表記を一般文書にそのまま適用したり、一般文書用の表記を旅券申請にそのまま持ち込んだりしないことが、表記の間違いを防ぐポイントです。
【ヘボン式とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヘボン式と訓令式はどちらが正しいのですか?
A1:2025年12月22日付の内閣告示第4号では、一般社会で広く使われているヘボン式に基づくつづり方が新しい基準として示されました。ただし、専門分野や個人名、既存の表記まで一律に変更するものではありません。用途に応じた基準を確認してください。
Q2:ヘボン式で「し・つ・ふ」はどう書きますか?
A2:「し」は「shi」、「つ」は「tsu」、「ふ」は「fu」と書きます。訓令式の「si・tu・hu」と異なる代表的な例です。
Q3:2026年からパスポートのローマ字表記もすべて変わったのですか?
A3:一般社会で用いるローマ字のつづり方が改定されたことと、パスポートの氏名表記の運用は区別して考える必要があります。パスポートでは引き続き外務省が案内するヘボン式の規則を確認し、氏名の表記について疑問がある場合は申請窓口に相談してください。
ヘボン式とは、日本語の音をアルファベットで表すローマ字方式の一つです。「shi・tsu・fu」のように、実際の音を意識したつづりが特徴で、パスポートや道路標識などを通じて広く普及してきました。
2025年12月22日には、1954年の内閣告示に代わる新しい「ローマ字のつづり方」が実施されました。2026年は、ヘボン式に基づく表記が一般社会の新たな基準となった一方で、従来の表記や個人名、専門分野のつづりがすべて一斉に変更されるわけではない点を理解しておく必要があります。
実際にローマ字を書くときは、まず用途を確認してください。一般的な文章なら新しい内閣告示、パスポートなら外務省の案内、個人名や団体名なら本人・団体の正式な表記を優先するのが基本です。
特に注意したいのは、長音・撥音・促音です。「ō」と「oo」、「n」と「m」、「子音字の重ね方」などは、一般向けのルールとパスポート用のルールで違いが生じる場合があります。単に「ヘボン式だから同じ」と考えず、使用目的に合った基準を確認することが、2026年のローマ字表記で迷わないための最も確実な方法です。