本田圭佑にとって、2024年オフは大きな転機でした。9年間在籍した埼玉西武ライオンズを離れ、オリックス・バファローズで新しいキャリアを始めることになったためです。
2024年12月9日の現役ドラフトで移籍が決定2024年12月9日、NPBの現役ドラフトが開催され、オリックスが西武の本田圭佑を指名しました。
これにより、2025年シーズンからオリックスでプレーすることが決定。背番号は60となりました。
西武が発表した退団コメントでは、本人は2015年のドラフトで指名されたことへの感謝を述べ、9年間在籍した球団への思いも明かしています。
特に印象的なのは、西武でプレーすることで球団に恩返しをしたかったという気持ちです。長く所属したチームを離れることへの寂しさと、新しい環境で結果を出したいという意欲が伝わるコメントでした。
オリックス移籍後の2025年は苦戦オリックスで迎えた2025年シーズンは、期待されたような結果を残せませんでした。
スポーツ報知の報道によると、開幕一軍入りを逃し、7月26日の福岡ソフトバンクホークス戦では1イニング7失点。翌27日に出場選手登録を抹消され、その後は一軍に復帰できませんでした。
一方で、2025年6月29日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では、先発投手の後を受けて2回1/3を無失点に抑える場面もありました。複数イニングを任せられる能力や、救援投手としての経験を示した登板です。
しかし、シーズン全体では9試合登板、防御率6.39という結果に終わりました。
【現役引退の理由】2025年に戦力外通告を受けて決断

本田圭佑は2025年10月、プロ野球選手としての現役生活に区切りをつけました。
引退に至るまでの経緯を時系列で整理すると、次のようになります。
- 2025年10月14日: オリックスから来季の選手契約を結ばないと通告される。
- 2025年10月29日: 今季限りで現役を引退する決断を明らかにする。
- 2025年10月30日: オリックスの球団施設で関係者に引退を報告し、古巣の西武を訪問する。
- 2025年10月31日: 西武で打撃投手として再出発する見込みが報道される。
引退の直接的なきっかけは、オリックスからの戦力外通告でした。
ただし、球団から契約を更新されなかったことだけでなく、本人が自身の立場や成績を冷静に受け止めていた点も重要です。
スポニチの2025年10月30日の報道では、本田は年齢やプロ在籍年数、チーム内での立場、成績や投球内容を踏まえ、2025年を勝負の年と考えていたことを明かしています。
実際、2022年には防御率1.97、20ホールドを記録していた一方、2025年は一軍9試合、防御率6.39という結果でした。
プロの世界では、過去に実績を残していても、現在の競争力やチームの編成方針によって立場が変わります。10年間の経験があっても、次の契約を勝ち取ることは容易ではありません。
本田自身も複数の選択肢を考えたうえで、現役引退を決断したと報じられています。
通算147試合、12勝21敗、32ホールドで現役生活に幕NPB公式記録による最終的な通算成績は次のとおりです。
- 登板:147試合
- 勝利:12勝
- 敗北:21敗
- ホールド:32
- ホールドポイント:37
- セーブ:0
- 投球回:295回1/3
- 奪三振:183
- 防御率:3.93
- 通算勝率:.364
特筆すべきなのは、32ホールドという数字です。
先発投手としてプロ初勝利をつかんだ後、中継ぎに転向し、2022年には20ホールドを記録しました。チームの勝利をつなぐ役割を果たしてきたことが、通算成績にも表れています。
【2026年最新の現在】西武の打撃投手として第二の野球人生へ
現役引退後の本田圭佑は、野球界から離れたわけではありません。
2025年10月30日、古巣・西武の秋季キャンプを訪れ、関係者に現役引退を報告。その後、2026年シーズンから西武の打撃投手として活動することが報じられました。
打撃投手とはどのような仕事なのか打撃投手は、選手が打撃練習を行う際に投球する役割を担います。
現役時代のように打者を抑えることが目的ではなく、打者が実戦に近い感覚で打撃を磨けるようにサポートする仕事です。
主な役割は次のとおりです。
- 打者が打ちやすい球を安定して投げる
- 打者の課題や練習目的に合わせて投球する
- 球種やコースを調整して実戦に近い練習を支える
- 一軍・ファームの選手の打撃技術向上をサポートする
現役時代に培った制球力や投球技術を、今度は打者の成長のために生かす立場です。
スポーツ報知の2025年10月31日の報道では、本田は打撃投手として選手を支えることについて、選手のためになるように取り組みたいという意向を示しています。
2026年10月には一軍の打撃練習にも臨時合流2026年の本田圭佑について、特に注目したいのが10月8日の動きです。
日刊スポーツは、ファーム担当の打撃投手として活動していた本田が、クライマックスシリーズを控えた西武の一軍に臨時合流したと報じました。
背景にあったのは、対戦相手となる北海道日本ハムファイターズの右投手への対策です。
西口文也監督は右投手の打撃投手を増やす意図を説明し、本田について制球力を評価していました。
この日、本田は渡部選手や長谷川選手らの打撃練習で投球。ファームで若手選手を支えてきた打撃投手が、重要な試合を前に一軍の練習にも加わった形です。
日刊スポーツの記事では、本田が打撃投手として投げる難しさについて、打者との距離や平地での投球など、現役時代とは異なる環境への試行錯誤を語っています。
この出来事は、引退後の本田が単に球団に所属しているだけでなく、現場で実際に選手を支えていることを示すエピソードです。
2026年11月現在、彼は西武の打撃投手として第二の野球人生を歩んでいます。
【プロの結論】本田圭佑の10年間から見える投手としての価値
本田圭佑のプロ生活を評価する際、通算12勝21敗という数字だけで判断するのは適切ではありません。
注目すべきなのは、先発から中継ぎへと役割を変え、2022年に45試合登板、防御率1.97、20ホールドという結果を残したことです。
本田圭佑のキャリアを評価する3つのポイント1. 先発と中継ぎの両方を経験した適応力
2019年には先発として6勝を挙げ、2022年には救援投手として自己最多45試合に登板しました。異なる役割を経験したことは、投手としての大きな財産です。
2. 2022年の成績はキャリアの到達点
防御率1.97、20ホールドという数字は、ブルペンで安定した働きを見せた証拠です。オールスター出場も、そのシーズンの活躍を象徴しています。
3. 引退後も投球技術を野球界に還元
打撃投手への転身は、現役時代の経験を若手選手や一軍選手の育成・調整に生かす選択です。投手として打者と対戦する立場から、打者を育てるために投げる立場へと変わりました。
現役引退は競技者としての終わりですが、野球との関係まで終わったわけではありません。
本田圭佑のキャリアは、プロ野球選手が引退後にどのような形で競技に関わり続けられるのかを考えるうえでも、興味深い事例です。
【本田圭佑の野球に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:野球選手の本田圭佑はサッカーの本田圭佑と同一人物ですか?
A1:いいえ、別人です。野球選手は1993年4月24日生まれの宮城県出身の元プロ野球投手です。サッカー選手は1986年6月13日生まれの大阪府出身で、日本代表として活躍した本田圭佑氏です。
Q2:本田圭佑はどこの高校・大学出身ですか?
A2:東北学院高校、東北学院大学の出身です。高校時代に投手へ転向し、大学では仙台六大学野球リーグで活躍しました。
Q3:本田圭佑のプロ野球通算成績は?
A3:NPB通算147試合、12勝21敗、32ホールド、防御率3.93です。2022年には45試合に登板し、4勝2敗、20ホールド、防御率1.97を記録しました。
Q4:本田圭佑はなぜ現役引退したのですか?
A4:2025年10月14日にオリックスから戦力外通告を受けました。本人は年齢やプロ在籍年数、立場、成績などを考慮し、2025年限りで現役を引退する決断をしました。
Q5:本田圭佑は2026年現在、何をしていますか?
A5:古巣の埼玉西武ライオンズで打撃投手を務めています。2026年10月にはクライマックスシリーズ前の一軍打撃練習にも臨時合流しました。
Q6:本田圭佑は西武からオリックスにトレードされたのですか?
A6:通常のトレードではありません。2024年12月9日の現役ドラフトでオリックスが西武の本田圭佑を指名し、2025年からオリックスに移籍しました。
Q7:本田圭佑は引退後も野球を続けていますか?
A7:はい。選手としては引退しましたが、打撃投手として西武の選手をサポートしています。現役時代の投球経験や制球力を生かし、チームに貢献しています。
野球選手の本田圭佑は、東北学院高校・大学を経て2015年ドラフト6位で埼玉西武ライオンズに入団した右投手です。2019年にプロ初勝利を挙げ、2022年には45試合登板、防御率1.97、20ホールドというキャリアハイを記録しました。
2024年12月の現役ドラフトでオリックスへ移籍し、2025年10月に戦力外通告を受けて現役引退を決断。プロ10年間の通算成績は147試合、12勝21敗、32ホールド、防御率3.93でした。
そして2026年現在は、古巣・西武の打撃投手として活動しています。10月には一軍の打撃練習にも臨時合流し、現役時代とは異なる立場でチームを支えています。
サッカーの本田圭佑氏と同姓同名という話題性から注目された野球選手ですが、その実績をたどると、先発から中継ぎへの転向、オールスター出場、他球団への移籍、そして打撃投手への転身という独自のキャリアが見えてきます。現役生活に幕を下ろした後も、プロ野球の現場で経験を生かし続けている人物です。
主な参考資料: 日本野球機構(NPB)個人年度別成績、日本サッカー協会(JFA)夢先生プロフィール、東北学院大学公式発表、埼玉西武ライオンズ・オリックス公式発表、スポーツ報知、スポニチ、日刊スポーツ。