お笑いコンビ「すゑひろがりず」の南條庄助さんは、着物姿に小鼓という独特のスタイルで、狂言風漫才を披露する人気芸人です。2019年のM-1グランプリ決勝進出をきっかけに知名度を高め、翌2020年にはR-1ぐらんぷりでも決勝に進出。現在はテレビや劇場、単独ライブなど幅広い舞台で活動を続けています。
1982年6月3日生まれの南條さんは、2026年11月現在44歳。吉本興業所属で、私生活では2016年に一般女性と結婚し、2021年6月には双子の女の子の父親になりました。また、大阪外国語大学で学んだインドネシア語も特技の一つです。2026年はコンビ結成15周年、さらに本人たちが「M-1ラストイヤー」と位置づける節目の年でもあります。
【プロフィール】すゑひろがりず南條庄助の本名・年齢・所属事務所を紹介

南條庄助さんは、すゑひろがりずのツッコミ担当。舞台では小鼓を持ち、三島達矢さんのボケに独特の間合いと雅な言葉遣いで応じる芸風が特徴です。
吉本興業の公式タレントプロフィールでは、芸人としての基本情報や特技、所属する養成所などが公開されています。
南條庄助の基本プロフィール- 芸名:南條庄助(なんじょう しょうすけ)
- 本名・旧名義:南條庄祐(なんじょう しょうすけ)
- 生年月日:1982年6月3日
- 年齢:44歳(2026年11月現在)
- 出身地:大阪府堺市
- 身長:168cm
- 体重:78kg
- 血液型:A型
- 所属事務所:吉本興業
- 養成所:NSC大阪校28期生
- コンビ:すゑひろがりず
- 担当:ツッコミ・小鼓
- 趣味:歴史探訪、寺社巡り、草野球
- 特技:小鼓、ヌンチャク、インドネシア語
注目したいのは、特技にインドネシア語が記載されている点です。和風の芸風から日本の伝統文化に詳しい人物という印象を持たれがちですが、実際には外国語を専門的に学んだ大学時代もあります。
なお、名前については「南條庄祐」という表記も使われています。プロフィール情報では、こちらは改名前の名義として紹介されており、現在の吉本興業の公式プロフィールでは「南條庄助」が使用されています。読み方はどちらも同じです。
吉本興業の公式プロフィールで確認できるのは、1982年6月3日生まれ、大阪府堺市出身、NSC大阪校28期生という情報です。現在の芸名や特技も公式情報に掲載されています。
【学歴・芸人経歴】大阪外国語大学からNSC入学、芸人になるまでの道のり
南條さんの経歴で意外性があるのが、大学でインドネシア語を学んでいたことです。着物姿で小鼓を打つ現在の芸風とは異なる学生時代を送りながら、最終的には幼いころから関心を持っていたお笑いの世界へ進みました。
大阪外国語大学でインドネシア語を学ぶ南條さんの出身大学として知られているのが、大阪外国語大学です。同大学は現在の大阪大学に統合されており、現在の大阪大学外国語学部につながる教育機関です。
大学時代にはインドネシア語を学んでいました。2022年にABCテレビの番組で放送された企画でも、インドネシアに関するクイズに強いところを見せています。大学で学んだ言語が、芸人になってからも本人の個性を形成する要素になっています。
また、大学時代には野球にも取り組んでいました。草野球を趣味として挙げているのも、学生時代から続く野球との縁があるためです。
大学卒業後にNSC大阪校28期生として芸人の道へ大学を卒業する段階で、南條さんは就職ではなく芸人になる道を選択しました。吉本興業の公式プロフィールにも、NSC大阪校28期生と記載されています。
芸人としての活動初期には「うずまき」というコンビで活動。その後、トリオ「ガンセキオープン」なども経験しました。2006年には朝日放送の番組『クイズ!紳助くん』の「なにわ突撃隊」のメンバーとして活動し、ロケなどを通して芸人としての経験を積んでいます。
その後、三島達矢さんとコンビを組むことになり、2011年に現在の2人組として活動を開始しました。
南條庄助のキャリア年表| 時期 | 出来事 | 内容・転換点 |
|---|---|---|
| 大学時代 | 大阪外国語大学 | インドネシア語を学び、野球にも取り組む。 |
| NSC入学後 | 芸人活動開始 | NSC大阪校28期生として芸人の道へ。 |
| 2006年 | うずまきなどで活動 | 『クイズ!紳助くん』のなにわ突撃隊も経験。 |
| 2011年 | 三島達矢とコンビ結成 | 当初は「みなみのしま」として活動。 |
| 2014〜2015年 | キングオブコント | 2年連続で準決勝進出。 |
| 2016年 | コンビ名を改名 | 「すゑひろがりず」として活動。 |
| 2019年 | M-1グランプリ決勝 | 637点を獲得し8位。 |
| 2020年 | R-1ぐらんぷり決勝 | 南條個人でファイナルステージ進出、3位。 |
| 2021年 | 双子の娘が誕生 | 2人の女の子の父親になる。 |
| 2022年 | 上方漫才協会大賞 | 第7回大会でコンビが大賞を受賞。 |
| 2025年 | インドネシアでの仕事 | ジャカルタのジャパンフェスでネタを披露。 |
| 2026年 | 結成15周年 | 東名阪単独公演「蜻蛉」を発表。M-1ラストイヤーに挑戦。 |
この経歴で見逃せないのは、芸人として活動を始めてから全国的に知られるまでに長い時間がかかっていることです。早い段階でブレイクしたタイプではなく、複数のコンビや芸風を経験しながら、自分たちに合う表現を見つけていきました。
プロフィールや受賞歴は吉本興業の公式情報、初期の活動や結成までの経緯はQJWebのインタビューなどでも紹介されています。
【コンビ結成と誕生秘話】すゑひろがりずの狂言風漫才はなぜ生まれた?
現在のすゑひろがりずといえば、着物、扇子、小鼓、古風な言葉遣いが印象的です。しかし、結成当初からこのスタイルだったわけではありません。
最初は「みなみのしま」という普通のコントコンビ2011年に三島さんと南條さんがコンビとして活動を始めた当初、名前は「みなみのしま」でした。
南條さんは「パイナポー南條」、三島さんは「ライチ三島」と名乗り、アロハシャツを着て王道のコントを披露していました。
ところが、思うように結果が出ません。2人とも30歳を目前にして、このまま同じ方向性で活動を続けても先が見えないという状況に直面します。
そこで考えたのが、誰もやっていないような独自の芸風に挑戦することでした。
ミルクボーイ駒場のアドバイスが転機に狂言風のネタが生まれたきっかけについては、2021年のananのインタビューで2人自身が詳しく語っています。
最初は、狂言風の表現を取り入れた約1分のネタでした。これが舞台で予想以上の反応を得ます。
その場に出演していたミルクボーイの駒場孝さんから、本格的なネタとして取り入れたほうがいいという趣旨の助言を受けたことも大きな転機になりました。
2人は方向転換を決意し、着物や扇子、小鼓をそろえて現在につながるスタイルを作っていきます。
ただし、最初から完成された漫才だったわけではありません。しばらくはコントを中心に活動し、単独ライブで漫才を試したところ手応えがあったため、徐々に漫才へと軸足を移しました。
狂言の専門家ではなく、独自の発想で作り上げた芸風興味深いのは、2人とも最初から狂言や古典芸能を専門的に学んでいたわけではないという点です。
インタビューで三島さんは芸風について我流であると説明し、南條さんも日本史は好きだったものの、古典芸能に詳しかったわけではないと話しています。
つまり、伝統芸能を忠実に再現することが目的ではなく、現代の出来事や日常的な言葉を古風な表現に変換することで笑いを生み出す仕組みを作ったのです。
加えて、コンビ名の変更にもユニークなエピソードがあります。和風の名前を10個ほど考え、鯉に選んでもらうという方法を試したところ、最初に食いついた候補が「すゑひろがりず」だったそうです。
当初予定していた氷川神社の鯉は餌やりが禁止されていたため、実際には近くの公園の池の鯉を使ったという裏話も明かされています。
こうしたエピソードは、ananのインタビュー記事で三島さんと南條さん本人が語ったものです。
狂言風漫才は、伝統芸能の知識を前面に押し出すだけの芸ではありません。現代の流行を観察し、それを古風な言葉へ置き換えるという発想によって、幅広い世代が楽しめる笑いへと発展しました。
【M-1・R-1の実績】南條庄助が全国区になった2つの大舞台
南條さんとすゑひろがりずの知名度を大きく押し上げたのが、M-1グランプリ2019とR-1ぐらんぷり2020です。
M-1グランプリ2019で初の決勝進出、結果は8位2019年12月22日に開催されたM-1グランプリ2019で、すゑひろがりずは初めて決勝に進出しました。
決勝では袴姿で扇子と小鼓を持ち、伝統芸能を思わせる独特のスタイルで登場。合コンを題材にした漫才を披露し、現代的なテーマと古風な表現の組み合わせで会場を沸かせました。
結果は637点で8位。最終決戦に進むことはできませんでしたが、決勝の舞台で独自の存在感を示しました。
M-1グランプリの公式記録にも、すゑひろがりずの8位という結果が残っています。
決勝進出が発表された際には、本人たちも驚いたと後年のインタビューで振り返っています。和装や鳴り物を使う独特の漫才が、一般的な漫才コンテストの中でどう受け止められるかという不安もあったようです。
しかし、結果的にその個性が強い印象を残し、全国的な知名度を得る大きなきっかけとなりました。
R-1ぐらんぷり2020では個人で3位M-1の翌年、南條さんはピン芸人日本一を決めるR-1ぐらんぷり2020にも挑戦しました。
決勝では、小鼓を抱えた能役者のような姿で登場し、「今」と「昔」の言葉遣いを切り替えるネタを披露。コンビで培った古風な言葉遊びを、一人で表現するスタイルに仕上げました。
Bブロックでは、ななまがりの森下直人さん、パーパーのほしのディスコさんと9ポイントで並びましたが、視聴者投票の結果によって南條さんが勝ち抜き、ファイナルステージへ進出しました。
最終決戦では5ポイントを獲得し、最終順位3位という結果を残しています。優勝はマヂカルラブリーの野田クリスタルさんでした。
コンビでの漫才だけでなく、ピン芸でも自分の持ち味を発揮できることを示した大会でした。
受賞歴から分かる実力すゑひろがりずの実績は、M-1やR-1だけではありません。吉本興業の公式プロフィールには、キングオブコント準決勝進出や上方漫才協会大賞などの受賞歴も掲載されています。
- 2014年:キングオブコント準決勝進出
- 2015年:キングオブコント準決勝進出
- 2016年:M-1グランプリ準々決勝進出
- 2019年:M-1グランプリ決勝進出・8位
- 2020年:R-1ぐらんぷり決勝3位(南條個人)
- 2022年:第7回上方漫才協会大賞・大賞受賞
この実績から見えてくるのは、特定の大会だけで評価された芸人ではないということです。コント、漫才、ピン芸と複数の形式に挑戦しながら、独自の芸風を磨いてきました。
【結婚・妻・双子の娘】南條庄助の家族構成と父親としての一面
南條さんは舞台で見せる明るく雅なキャラクターだけでなく、家庭では2人の娘を育てる父親でもあります。
2016年に一般女性と結婚南條さんは2016年に一般女性と結婚しました。
結婚に関連して話題になったのが、日本テレビ系のバラエティ番組『ナカイの窓』での公開プロポーズです。番組内で結婚を申し込む様子が放送され、当時大きな注目を集めました。
報道によると、婚姻届を提出したのは2016年10月27日です。長く交際してきた一般女性との結婚で、芸人としての下積み時代を支えてきたパートナーとしても紹介されています。
妻は芸能活動をしていない一般の方です。本人の仕事とは区別して生活しており、現在も妻の詳細なプロフィールや私生活が広く公表されているわけではありません。
2021年6月22日に双子の女の子が誕生南條さんが父親になったのは2021年6月22日です。この日、双子の女の子が誕生したことを本人がSNSで報告しました。
当時の報道によると、南條さんは誕生を喜び、2人の娘を「双子の姫様」と表現。芸風に合わせた雅な言い回しで、父親になった喜びを伝えました。
「双子の姫様が生まれてきてくれました!」
この報告は日刊スポーツやデイリースポーツなどでも取り上げられました。母子ともに健やかであることも伝えられています。
双子の娘との子育てエピソード南條さんは双子の娘について、育児関連のインタビューでもエピソードを紹介しています。
2022年のBaby-moのインタビューでは、双子が生まれてからの生活について語りました。また、2025年のCHANTO WEBのインタビューでは、3歳になった娘たちとの暮らしや、双子同士で遊ぶようになったことなどが紹介されています。
同じ時期に仕事が増え、芸人として生活が安定してきたことと、家庭で育児が始まったことが重なった点も印象的です。
2025年のスポニチの報道でも、南條さんが子育てについて語った様子が取り上げられました。芸人としての仕事と父親としての生活を両立していることがうかがえます。
なお、双子の娘の名前や詳細なプロフィールなど、家族のプライベートに関わる情報は広く公表されていません。家族の情報を追う際には、本人が発信した内容と報道で確認できる範囲を分けて考える必要があります。
【2026年最新】南條庄助の現在は?テレビ出演・単独ライブ・海外活動
2026年11月現在、南條さんは吉本興業に所属する芸人として、すゑひろがりずの活動を継続しています。過去のM-1・R-1の実績だけにとどまらず、テレビ、劇場、ライブ、海外での活動など、仕事の幅を広げています。
2026年はコンビ結成15周年、M-1ラストイヤー2026年の大きなトピックは、すゑひろがりずが結成15周年を迎えたことです。
吉本興業は2026年5月9日、東京・名古屋・大阪の3都市を巡る単独公演「蜻蛉(とんぼ)」の開催を発表しました。
公演日程は次のとおりです。
- 8月29日:東京・ルミネtheよしもと
- 9月5日:愛知・東別院テラスホール
- 9月13日:大阪・なんばグランド花月
今回の公演について、南條さんは結成15周年とM-1挑戦最後の年を意識したと説明しています。
公演タイトルの「蜻蛉」は、前にしか飛ばず後ろに退かないことから、古来「勝虫」と呼ばれてきた縁起のよい生き物です。M-1への最後の挑戦に向け、前進する気持ちを込めたタイトルとなっています。
吉本興業の公式発表では、ゲストを招かず2人だけで新ネタを届けるという三島さんのコメントも紹介されています。
2026年11月もテレビ出演を継続2026年11月3日から10日までのテレビ番組表では、すゑひろがりずの出演番組が複数掲載されています。
確認できる番組には、次のようなものがあります。
- 『それゆけ!大宮セブン』
- 『Y-tube大賞』
- 『千鳥のクセスゴ!』
特に『それゆけ!大宮セブン』は、すゑひろがりずの活動を知るうえで注目したい番組です。
また、大宮ラクーンよしもと劇場の公式プロフィールでも、すゑひろがりずは大宮セブンのメンバーとして紹介されています。テレビ出演だけでなく、劇場を活動の拠点とする芸人としての立ち位置も続いています。
出演番組や放送日時は変更されることがあるため、直近の予定は番組表や吉本興業の公演情報で確認するのが確実です。
インドネシア語の経験が海外での仕事につながる南條さんの2026年の活動を語るうえで、大学時代に学んだインドネシア語も見逃せません。
2025年9月には、すゑひろがりずとしてインドネシアの首都ジャカルタを訪れ、ジャパンフェスのメインステージでネタを披露しました。
南條さん自身のブログ「南條記」では、大学時代にインドネシア語を学んでいたこともあり、今回の仕事には特別な思いがあったと振り返っています。
「もっとちゃんと学んどけよ。」
これは、20歳ごろの自分に向けて、43歳になってジャカルタで多くのインドネシア人の前でネタを披露することになるのだから、もっと勉強しておけばよかったという意味を込めた言葉です。
学生時代に学んだ外国語が、芸人として海外の観客と接する場面につながったのは興味深い点です。
大学時代の専攻が、そのまま現在の芸風になったわけではありません。しかし、長い時間を経て、本人の仕事や経験の中で再び意味を持つようになりました。
南條さんは現在、狂言風漫才という日本的な表現を武器にしながら、海外でも活動できる芸人として新しい可能性を広げています。
【よくある質問】すゑひろがりず南條庄助に関するFAQ
Q1:すゑひろがりず南條の本名は何ですか?
A1:南條庄祐(なんじょうしょうすけ)という名前が旧名義・本名として紹介されています。現在の芸名は南條庄助で、吉本興業の公式プロフィールでもこの表記が使われています。
Q2:南條庄助は何歳ですか?
A2:1982年6月3日生まれです。2026年11月現在は44歳です。
Q3:南條庄助の結婚相手は誰ですか?
A3:2016年に一般女性と結婚しています。『ナカイの窓』での公開プロポーズが話題になりました。妻は芸能人ではなく、詳しいプロフィールは公表されていません。
Q4:南條庄助には子供がいますか?
A4:2021年6月22日に双子の女の子が誕生しています。本人もSNSで父親になったことを報告しており、育児に関するインタビューにも登場しています。
Q5:南條庄助の出身大学はどこですか?
A5:大阪外国語大学です。現在の大阪大学に統合された大学で、大学時代にはインドネシア語を学んでいました。
Q6:南條庄助はインドネシア語を話せますか?
A6:インドネシア語は吉本興業の公式プロフィールにも特技として記載されています。2025年にはジャカルタのジャパンフェスでネタを披露し、大学時代に学んだ経験を振り返っています。
Q7:すゑひろがりずの狂言風漫才はいつ誕生しましたか?
A7:2011年のコンビ結成後、従来のコントから新しい芸風を模索する中で原型が生まれました。ミルクボーイの駒場孝さんからの助言もあり、着物や扇子、小鼓を取り入れた現在のスタイルへ発展しました。
Q8:南條庄助のM-1とR-1の成績は?
A8:すゑひろがりずとしてM-1グランプリ2019で決勝に進出し、637点で8位でした。南條さん個人ではR-1ぐらんぷり2020でファイナルステージに進出し、3位になっています。
Q9:南條庄助は2026年現在も芸人として活動していますか?
A9:はい。2026年も吉本興業所属の芸人として、すゑひろがりずの活動を継続しています。結成15周年の東名阪単独公演「蜻蛉」やテレビ出演など、幅広く活動しています。
すゑひろがりずの南條庄助さんは、大学でインドネシア語を学び、NSC大阪校28期生として芸人の道へ進んだ人物です。複数のコンビやトリオを経験し、三島達矢さんとの活動を通して、現在の狂言風漫才を完成させました。
2019年のM-1グランプリ決勝進出、2020年のR-1ぐらんぷり3位という実績は、コンビとしても個人としても実力を示す転機になりました。2016年の結婚、2021年の双子の娘の誕生を経て、家庭を持つ父親としての一面も知られるようになっています。
そして2026年は、コンビ結成15周年であり、本人たちがM-1ラストイヤーと位置づける節目の年です。東名阪単独公演「蜻蛉」の発表やテレビ出演など、現在も精力的に活動しています。
南條さんの魅力は、単に和風の衣装や小鼓を使う珍しさだけではありません。長い下積みの中で自分たちの芸を模索し、独自のスタイルを確立してきたことにあります。
大学時代に学んだインドネシア語が海外での仕事につながったように、過去の経験を新しい活動へ結びつける姿勢も印象的です。2026年以降、すゑひろがりずがどのような舞台や表現に挑戦していくのか、南條庄助さんの今後にも注目が集まります。
主な事実確認資料: 吉本興業公式プロフィール・2026年公演発表、M-1グランプリ公式記録、anan、QJWeb、日刊スポーツ、マイナビニュース、本人の「南條記」。