2021年の発言問題には、もう一つ重要な展開があります。
それが、2022年5月10日に公開された、本多氏本人による『文藝春秋』2022年6月号の手記です。
タイトルは「14歳と性交 捏造発言で立憲民主を去った私」。
ここで本多氏は、それまでの報道内容について正面から異議を唱えました。
本多氏が説明した2021年5月10日の実際のやり取り手記によると、問題となった会議では大阪大学の島岡まな教授が、年齢差の大きな恋愛は存在し得ないという趣旨の説明をしたといいます。
それに対し、本多氏は次のように質問したと説明しています。
「例えば、50代の私が『14歳との恋愛が存在している』と言っても、存在し得ないと言えるのか」
本多氏の説明では、これは年齢差のある恋愛の存在について質問したものであり、報道されたような性交についての発言ではなかったということです。
教授からは「あり得ません。先進国なら捕まります」との回答があったと手記に記されています。
本多氏は、このやり取りが後に別の意味に変えられて伝わったと主張しています。
なぜ最初は発言を認めたのか読者が疑問に感じるのは、本人が当初は発言を認めて謝罪したのに、なぜ後になって否定したのかという点でしょう。
本多氏の手記によると、6月7日に報道機関から実名報道の連絡が入り、党幹部と対応を協議する中で、福山哲郎幹事長から発言を認めて謝罪するよう提案されたといいます。
本多氏は、実際には発言した覚えがなく、音声データの存在も確認できていない状況だったと説明しています。
それでも当時は、党側の対応に従う形で発言を認め、謝罪したとしています。
その後、党の調査や処分手続きに疑問を持ち、2022年の手記で改めて自らの主張を公表しました。
また、本人は離党の決断についても、問題とされた発言そのものとは別に、党内の手続きや組織運営への不信があったと説明しています。
2026年には立憲民主党側からも説明が出たこの問題に関して注目すべきなのが、2026年1月に公表された説明文書です。
文書を出したのは、立憲民主党大阪府連の前代表である森山浩行氏です。
そこには、2021年の問題について、立憲民主党としては本多氏の「発言はなかった」という主張をおおむね認め、その後2024年に復党を認めたとの説明が記されています。
「発言はなかった」との本人の主張をおおむね認め、本多氏の復党を認め
これは2026年の政治活動を理解するうえで重要な情報です。
ただし、この文書は森山氏の肩書を明記した説明文書であり、2021年の党調査報告書そのものを取り消す司法判断ではありません。2021年の党側の評価と、2026年に示された復党の経緯は、分けて理解する必要があります。
発言問題の真相はどう整理すべきか一連の資料を照合すると、次のようになります。
| 検証する論点 | 公開資料から確認できる内容 |
|---|---|
| 2021年6月の本人の対応 | 発言を認めて謝罪・撤回したと当時報道 |
| 2021年7月の党側の判断 | 調査報告を踏まえ、発言内容や講師への配慮を問題視 |
| 2022年の本人の説明 | 問題とされた発言はしていないと否定 |
| 2024年の政治活動 | 立憲民主党に復党し、比例東京ブロックから出馬 |
| 2026年1月の説明 | 立憲民主党大阪府連前代表が、本人の主張を党が概ね認めた経緯を説明 |
この問題の本質は、当初の謝罪と後年の否定が食い違っていること、そして党側の調査結果と本人の主張が異なることにあります。
したがって、「報道された発言がそのまま事実だった」とだけ理解するのも、「本人が否定したので問題はすべて解消した」と理解するのも、公開資料の全体像とは一致しません。
2021年の党の調査評価、本人の2022年の手記、2026年の復党に関する説明を合わせて読むことが、経緯を理解するうえで重要です。
【本多平直の2024年・2026年の選挙結果】立憲民主党から中道改革連合へ

本多氏は2021年の議員辞職後、政治活動から完全に離れたわけではありません。
2024年、そして2026年と、2度の衆議院選挙に挑戦しています。
2024年衆議院選挙では立憲民主党から東京比例区に出馬2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙で、本多氏は立憲民主党の比例東京ブロックから立候補しました。
これは2021年の離党後、立憲民主党に復党してからの選挙への再挑戦でした。
本人の公式プロフィールにも、2024年の東京比例区からの立候補と落選が記載されています。
ただし、比例名簿では下位の24番目に掲載されており、議席獲得には至りませんでした。
2026年は中道改革連合から大阪13区に出馬2026年には政治活動の舞台を大阪に移しました。
本多氏は中道改革連合の大阪13区総支部長として活動し、第51回衆議院議員総選挙に立候補しました。
松下政経塾の2026年2月時点のプロフィールにも、所属先として中道改革連合、大阪13区と記載されています。
この選挙は、2021年の辞職から約4年半を経た国政復帰への再挑戦という意味を持っていました。
大阪13区の選挙結果はどうなった?大阪13区は東大阪市を中心とする選挙区です。
2026年の開票結果は次のとおりでした。
| 候補者 | 政党 | 得票数 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 岩谷良平氏 | 日本維新の会 | 77,433票 | 当選 |
| 宗清皇一氏 | 自由民主党 | 65,193票 | 比例当選 |
| 本多平直氏 | 中道改革連合 | 26,573票 | 落選 |
| 立岡昭是氏 | 参政党 | 14,949票 | 落選 |
| 宝井晃美氏 | 日本共産党 | 10,197票 | 落選 |
| 八幡愛氏 | れいわ新選組 | 10,097票 | 落選 |
出典:TBS NEWS DIG・2026年衆議院選挙開票結果。開票率100%。
大阪13区・上位3候補の得票比較
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得票数に基づく比較。比例代表での当選は別途判定。
本多氏は26,573票を獲得しましたが、当選した岩谷氏との差は50,860票でした。
さらに注目すべきなのが比例代表の結果です。
中道改革連合は近畿ブロックで5議席を獲得しましたが、本多氏の比例名簿順位は7位でした。
同じ順位に複数の候補者が並ぶ仕組みでしたが、獲得議席数との関係から本多氏は比例復活もできませんでした。つまり、小選挙区と比例代表のどちらからも国会復帰を果たせなかったという結果です。
【本多平直の現在】2026年11月時点の政治的立場と今後
2026年11月現在、本多平直氏は現職の衆議院議員ではありません。
これまでの政治活動を整理すると、2021年の辞職後、2024年に立憲民主党から再出馬し、2026年には中道改革連合から大阪13区に挑戦しました。
しかし、いずれも国会議員への復帰にはつながっていません。
現在の立場を整理| 項目 | 2026年11月時点での整理 |
|---|---|
| 国会議員 | 現職ではない |
| 過去の所属 | 立憲民主党 |
| 2024年の選挙 | 立憲民主党・比例東京、落選 |
| 2026年の選挙 | 中道改革連合・大阪13区、落選 |
| 2026年の大阪13区得票 | 26,573票 |
| 妻 | 衆議院議員の西村智奈美氏 |
2022年の本人の手記では、議員辞職後に無所属の国会議員から政策秘書の誘いを受け、引き受けたことも明かされています。
ただし、これは当時の活動についての本人の説明であり、2026年11月現在も同じ職務を続けていることを示すものではありません。
【プロの結論】本多平直を評価するときに見るべき3つのポイント本多氏の政治経歴を評価する場合、単に2021年の発言問題だけで人物像を判断するのは十分ではありません。
一方、政策秘書としての実績や過去の政府要職だけを取り上げ、問題となった政治的責任を軽視することも適切ではありません。
注目したいのは次の3点です。
1. 政策形成能力と議員としての実績
薬害エイズ問題への関与、行政改革、震災復興、原発政策など、実際に携わった政策課題を確認が必要です。政治家としての経験は、経歴の長さだけではなく、何を実現しようとしたかで評価する必要があります。
2. 2021年の発言問題に対する説明責任
当初の謝罪と2022年の否定は、明確に異なる説明です。党側の調査評価も含め、どの資料に基づいて判断するかが重要になります。2026年の復党に関する説明は政治的な再評価を示しますが、過去の経緯をすべて消すものではありません。
3. 選挙で示された有権者の判断
2024年の比例東京、2026年の大阪13区と、2度の選挙結果は政治家としての再出発を考えるうえで重要です。
2026年の大阪13区では26,573票を獲得しましたが、当選には届きませんでした。過去の政治経験があることと、有権者から現在の代表として選ばれることは別の問題です。
本多氏の今後を考えるなら、過去の実績、発言問題への説明、そして選挙での支持をそれぞれ分けて評価する必要があります。
【本多平直に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:本多平直は現在、何をしている政治家ですか?
A1:2026年11月現在、国会議員ではありません。2026年2月の衆院選では中道改革連合から大阪13区に出馬しましたが、26,573票で落選しました。
Q2:本多平直が立憲民主党を離党した理由は何ですか?
A2:2021年の発言問題をめぐり、党が党員資格停止1年の処分方針を示した後、7月27日に離党届を提出しました。党はこれを受理し、翌28日に議員辞職も認められました。本人は後年、党内の調査手続きや運営にも問題があったと説明しています。
Q3:本多平直の妻は誰ですか?
A3:妻は衆議院議員の西村智奈美氏です。2人は政治活動を通じて知り合い、本多氏が議員浪人中だった時期に結婚しています。
Q4:本多平直は2024年の衆院選で当選しましたか?
A4:いいえ。立憲民主党の比例東京ブロックから立候補しましたが、落選しました。
Q5:2026年の大阪13区選挙では当選しましたか?
A5:いいえ。中道改革連合から出馬し、26,573票を獲得しましたが、岩谷良平氏が77,433票で当選しました。本多氏は比例復活もできませんでした。
本多平直氏は、北海道大学法学部、松下政経塾を経て、枝野幸男氏の政策担当秘書として政治の世界に入りました。
その後、衆議院議員を3期務め、内閣総理大臣補佐官や経済産業大臣政務官も経験しています。
しかし、2021年の発言問題をきっかけに立憲民主党を離党し、議員辞職。2022年には『文藝春秋』で本人の手記を発表し、問題となった発言を否定する説明を行いました。
2024年には立憲民主党に復党して選挙に挑戦。2026年には中道改革連合から大阪13区に出馬しましたが、再び落選しています。
本多平直氏を理解するための要点は、政治家としての実績、2021年の発言問題をめぐる双方の説明、そして2024年・2026年の選挙結果を切り離さずに捉えることです。
今後の政治活動を考えるうえでも、本人による説明の継続性と、有権者からの信頼回復が大きな焦点になります。