歌手・山下久美子とギタリスト・布袋寅泰。1980年代の音楽シーンを代表する二人は、音楽を通じて出会い、1986年に結婚しました。しかし、1997年に離婚。その背景には、布袋と今井美樹をめぐる不倫報道や、夫婦関係の変化があったとされています。加えて、山下と今井が親しい友人関係だったという報道も、当時の芸能界に大きな波紋を広げました。
2026年現在、山下久美子は歌手デビュー45周年を迎え、新曲や記念アルバムのリリース、ラジオ出演など精力的に活動しています。2002年に出版した自伝『ある愛の詩』、双子の娘を育てたシングルマザーとしての歩みも含め、二人の出会いから結婚、離婚、その後の人生までを時系列で整理します。
【出会いの真相】山下久美子と布袋寅泰は音楽制作の現場で知り合った

山下久美子と布袋寅泰の関係を理解するには、まず二人が出会った1980年代の音楽シーンを知る必要があります。
山下久美子は1980年代を代表する女性ロックシンガー山下久美子は1980年、シングル『バスルームから愛をこめて』でデビューしました。大分県出身の歌手で、ハスキーでキュートな歌声と、観客を巻き込むエネルギッシュなステージパフォーマンスが持ち味です。
1982年には、細野晴臣が作曲、松本隆が作詞を担当した『赤道小町ドキッ』が大ヒット。オリコンのシングルランキングでは最高2位を記録し、23週にわたってチャートに登場しました。
その後も『こっちをお向きよソフィア』『瞳いっぱいの涙』などを発表。ライブを重視する活動スタイルから「総立ちの久美子」とも呼ばれ、女性ロックシンガーとして独自の存在感を確立していきました。
テイチクエンタテインメントの公式プロフィールでも、1980年のデビューから1982年のヒット、90年代の海外レコーディングやセルフプロデュースまで、その音楽的な変遷が紹介されています。
布袋寅泰との出会いは山下の音楽制作がきっかけ二人が知り合ったのは、山下の音楽制作に布袋が参加したことがきっかけでした。
当時の布袋は、ロックバンドBOØWYのギタリストとして活動していた時期です。山下の楽曲制作に関わるなかで接点が生まれ、音楽を通じて距離を縮めていきました。
当時の二人は、すでに音楽業界で異なる立場を築いていました。山下はソロ歌手としてライブやレコード制作の実績を積み重ねており、布袋はBOØWYの一員として新しいロックサウンドを追求していました。
布袋が所属していたBOØWYは、1980年代後半の日本のロックシーンに大きな影響を与えたバンドです。公式プロフィールによると、布袋はギタリストとして活躍した後、1988年にアルバム『GUITARHYTHM』でソロデビューしています。
山下と布袋の関係は、単なる芸能人同士の交際というより、音楽という共通の世界から始まったものでした。二人が結婚するまでの展開は、当時の音楽ファンにとっても大きな関心事となりました。
【結婚から1997年の離婚まで】二人の関係と別れの経緯を時系列で整理
山下久美子と布袋寅泰は1986年に結婚しました。当時、山下はすでに人気女性ロックシンガーとして活躍し、布袋もBOØWYのギタリストとして知名度を高めていました。
1986年に結婚、音楽界を代表する夫婦に二人の結婚は、音楽業界でも注目を集めました。山下の作品に布袋が関わるなど、仕事と私生活の両面で結びつきがありました。
布袋はその後、BOØWYの活動終了を経てソロアーティストとしての道を進みます。1988年のソロデビュー以降、作詞・作曲、プロデュースなど活動の幅を広げ、日本を代表するギタリストへと成長しました。
一方、山下も自身の音楽活動を続けていました。1990年代には海外レコーディングやセルフプロデュースなど、新しい表現にも挑戦しています。
ただし、夫婦それぞれの音楽活動が広がるにつれ、生活や仕事の環境も変化していきました。
1996年の不倫報道が大きな転機に二人の結婚生活に大きな注目が集まったのが、1996年初頭に報じられた布袋と今井美樹の関係です。
当時、布袋は山下と婚姻関係にありました。その一方で、今井の楽曲制作にも関わっており、二人の距離が近づいていることが芸能報道で取り上げられました。
こうした報道は、山下と今井の関係にも注目が集まるきっかけとなりました。二人は親しい友人だったと伝えられていたため、単なる芸能人同士の交際報道以上の衝撃を与えたのです。
1997年11月14日に離婚1997年11月14日、山下久美子と布袋寅泰の離婚が報じられました。CDJournalの人物・音楽関連記録にも、この日付が記載されています。
約11年間の結婚生活に終止符が打たれたことで、当時の音楽ファンや芸能メディアの関心は、離婚の理由とその後の二人の人生に向けられました。
布袋は1999年に今井美樹と再婚。山下との離婚から約2年後のことでした。
なお、山下と布袋の間に起きた出来事を、単純に不倫報道だけで説明することはできません。夫婦の内情や関係の変化については、山下自身が後年に出版した手記『ある愛の詩』も重要な資料となっています。
【離婚理由と関係者一覧】不倫報道・自伝・公表情報を比較検証
山下久美子と布袋寅泰の離婚理由について、最も注目されるのは今井美樹との関係です。しかし、当時の報道、後年の出版物、本人が公の場で語った内容は、それぞれ性質が異なります。
ここでは、関係者と出来事を整理します。
| 人物・出来事 | 時期 | 確認できる関係・内容 |
|---|---|---|
| 山下久美子 | 1980年 | 『バスルームから愛をこめて』で歌手デビュー。 |
| 布袋寅泰 | 1980年代 | BOØWYのギタリストとして活動。山下の音楽制作を通じて接点を持つ。 |
| 山下・布袋 | 1986年 | 結婚。音楽界で注目される夫婦となる。 |
| 布袋・今井美樹 | 1990年代 | 今井の楽曲制作を通じて交流。1996年には二人の関係をめぐる報道が出る。 |
| 山下・布袋 | 1997年11月 | 離婚。CDJournalの記録では11月14日。 |
| 布袋・今井美樹 | 1999年 | 結婚。今井は布袋の再婚相手となる。 |
| 山下久美子 | 2002年6月 | 自伝『ある愛の詩』を幻冬舎から出版。 |
| 山下久美子 | 2020年 | デビュー40周年。双子の娘が成人を迎える。 |
| 山下久美子 | 2026年 | 45周年記念ベストアルバム、新曲、ラジオ番組などで活動。 |
当時の芸能報道では、布袋と今井の関係が山下との離婚につながった大きな要因として取り上げられました。
一方、夫婦の関係には、仕事の方向性や生活環境の変化など、外部からは見えにくい問題もあったと考えられます。
山下が2002年に出版した『ある愛の詩』は、布袋との出会いと別れを自分自身の視点から振り返った手記です。出版社の紹介文でも、歌手として、母として、一人の女性として過去を振り返り、人生の変化を綴った作品と説明されています。
つまり、離婚を理解するうえでは、当時の不倫報道だけでなく、山下自身がどのように結婚生活や別れを受け止めたのかという視点も欠かせません。
不倫報道と確定した出来事は区別が必要1996年に二人の関係が報じられたこと、1997年に山下と布袋が離婚したこと、1999年に布袋と今井が結婚したことは、それぞれ報道・記録で確認できる出来事です。
ただし、報道された交際の細かな開始時期や、当事者がどの段階でどのような意思決定をしたのかについては、すべてが公表されているわけではありません。
そのため、「今井美樹との関係が離婚の唯一の理由だった」と断定するよりも、不倫報道が大きな背景として存在し、その後に離婚と再婚が続いたという時系列で理解するのが適切です。
【今井美樹との関係】親友報道と『PRIDE』の制作背景にあったもの
山下久美子と今井美樹の関係は、この話題を複雑にしている大きな要素です。
二人は音楽活動を通じて接点があっただけでなく、私生活の悩みを相談し合うほど親しい友人だったと、後年の女性週刊誌などで報じられています。
山下久美子と今井美樹は親しい友人だったと報じられている女性セブンの2026年3月の記事では、山下と今井が以前から親しい友人関係にあったことが紹介されています。
この報道が注目されるのは、単に元夫の再婚相手という関係だけではありません。山下と今井が友人だったとされることから、当時の出来事は女性同士の人間関係という側面からも大きな関心を集めました。
ただし、二人の友情の具体的な経緯や、関係が変化した時期について、本人たちが詳細を語った公式記録は限られています。週刊誌の関係者証言と本人の発言は分けて受け止める必要があります。
今井美樹の代表曲『PRIDE』は布袋寅泰が制作二人の関係を語るうえで欠かせないのが、今井美樹の代表曲『PRIDE』です。
1996年11月4日に発売された同曲は、布袋寅泰が作詞・作曲・編曲を手掛けた作品です。ドラマ『ドク』の主題歌としても知られ、160万枚以上を売り上げた今井最大のヒット曲となりました。
今井は2026年2月放送の日本テレビ系『with MUSIC』で、布袋との音楽的な出会いについて語っています。
今井によると、最初の接点は布袋のソロライブを観に行ったことでした。ライブに強い衝撃を受け、その後、ツアーの打ち上げで布袋が流したスウェーデンの歌手スティーナ・ノルデンスタムの楽曲を聴き、自分が目指したい音楽の方向性を理解してくれる人物だと感じたそうです。
その結果、今井から布袋に楽曲制作を依頼し、1992年から楽曲提供が始まりました。これはスポニチが2026年2月21日の番組内容として報じたものです。
『PRIDE』は不倫関係を証明する楽曲なのか『PRIDE』の制作時期と、布袋と今井をめぐる不倫報道の時期が重なることから、楽曲の背景にさまざまな解釈が生まれてきました。
しかし、楽曲の制作意図と私生活上の関係は、同じものとして扱えません。
2026年2月の番組で、今井は『PRIDE』の制作意図について、布袋から詳しく聞いたことはなかったと説明しています。歌詞の主語が「私」だったことに最初は違和感を覚えたものの、聴き進めるうちに心を動かされたというエピソードも明かしました。
さらに2026年4月のテレビ朝日系『EIGHT-JAM』では、布袋が同曲について、特定の誰かのためというより、自分自身の心に誓いを立てるような気持ちで歌ってほしかったと説明しています。
この制作秘話は、楽曲を特定の恋愛関係だけに結びつける見方とは異なるものです。『PRIDE』は、今井自身の人生や覚悟とも重なった作品として、多くのリスナーに受け入れられてきました。
なお、1999年に布袋と今井は結婚しています。二人の再婚と、その前後に報じられた関係をめぐる問題は、現在も過去の芸能ニュースとして振り返られることがあります。
【自伝『ある愛の詩』と双子の娘】山下久美子が歩んだシングルマザーの人生
布袋との離婚後、山下久美子は自身の人生を振り返る作品を発表しました。その代表的な一冊が、幻冬舎から出版された『ある愛の詩』です。
2002年出版の『ある愛の詩』に綴られた出会いと別れ『ある愛の詩』は2002年6月7日に発売された、山下久美子初の手記です。単行本は244ページで、幻冬舎から刊行されました。
出版社の作品紹介では、布袋との出会いと別れ、そして二人の愛娘との生活を通して、生命の強さや切実さを再認識していく内容として紹介されています。
この本が重要なのは、当時の週刊誌報道とは異なり、山下自身の人生を本人の視点から読み取れる点です。
2026年3月の女性セブンの記事では、同書に今井美樹の実名は記されていないものの、布袋の不倫について触れられていると紹介されました。
ただし、書籍の内容を読む際には、山下本人の回想と、後年のメディアによる解釈を区別することが大切です。離婚当時の心情を知る資料として価値がある一方、夫婦双方のすべての事情を網羅した記録ではありません。
双子の娘を育てたシングルマザーとしての生活山下久美子は、音楽活動と並行して双子の娘を育ててきました。
2021年1月に公開されたENCOUNTの本人インタビューでは、2020年に双子の娘が成人を迎えたことが紹介されています。山下は、母親一人で娘二人と向き合う生活について、自身の経験を振り返っています。
インタビューでは、子どもたちが小学校に通うようになってから、授業前の読み聞かせに参加したり、PTAの役員を引き受けたりしたことも明かしました。
また、芸能人の子どもとして周囲の視線を感じることもあったと振り返り、娘たちが学校で普通に生活できるよう、学校行事や地域の活動にも積極的に参加していたと話しています。
特に印象的なのは、音楽の世界で活動してきた自分と、母親としての自分をどのように両立させるかという点です。
山下はインタビューで、娘たちに寂しい思いをさせないように過ごしてきたことを語っています。ステージ上では力強いロックシンガーでありながら、家庭では学校行事に参加する母親でもあったのです。
2020年に娘たちが成人を迎えたことは、山下にとってデビュー40周年と重なる節目でもありました。アーティストとしてのキャリアと母親としての人生を同時に積み重ねてきたことが、現在の彼女の表現にもつながっています。
【2026年最新】山下久美子の現在は?45周年アルバムと新曲・ラジオ活動
2026年11月現在、山下久美子は過去の結婚や離婚の話題だけで語られる存在ではありません。歌手としての活動を続け、新作やライブ、ラジオなど新しい発信にも取り組んでいます。
2026年4月に45周年記念ベストアルバムを発売2026年4月15日、山下久美子はデビュー45周年記念ベストアルバム『大事なものはなくならない。』をリリースしました。
テイチクエンタテインメントの公式発表によると、本作はCDとDVDのセットで、山下の初期の音楽活動を支えた康珍化、亀井登志夫、大澤誉志幸の楽曲を中心に構成されています。
CDには、この作品のために康珍化が書き下ろした新曲『もっとやさしく』を収録。さらに『バスルームから愛をこめて』『こっちをお向きよソフィア』『瞳いっぱいの涙』『赤道小町ドキッ』など、代表曲も収められています。
DVDには、近年のライブ活動の拠点となっている東京・BLUE MOODでのライブ映像を収録。長年のファンにとっても、山下の音楽の歩みを振り返る内容となっています。
新曲『もっとやさしく』と2026年の活動2026年6月には、新曲『もっとやさしく』のミュージックビデオも公開されました。
加えて、同曲のメッセージに関連して、11月13日のワールド・カインドネス・デーに向けた写真投稿企画も実施。日常にある優しい瞬間を集め、映像作品として公開する取り組みが行われています。
公式サイトの2026年10月更新情報にも、同企画やライブ情報が掲載されています。
OBSラジオのレギュラー番組もスタート2026年10月2日には、OBSラジオでレギュラー番組『KUMIKO YAMASHITA~大事なものはなくならない~』がスタートしました。
放送は毎週金曜日の21時から21時30分。山下が故郷の大分から、日常で感じる大切なものや人とのつながり、音楽や思い出について語る番組です。
OBSラジオの番組改編発表でも、新番組として正式に紹介されています。radikoやポッドキャストでも配信されており、ライブステージとは異なる山下の言葉に触れられる機会となっています。
また、2026年10月には東京でのライブや、歌手の大澤誉志幸、杏子との公演も予定されていました。長年の音楽仲間との共演を含め、現在もステージ活動を続けています。
こうした動きを見ると、山下久美子の現在は、過去の恋愛や離婚を振り返るだけの時期ではありません。45年にわたる音楽キャリアを土台に、新しい作品やファンとの交流を広げている段階です。
【山下久美子と布袋寅泰】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山下久美子と布袋寅泰はいつ結婚し、いつ離婚しましたか?
A1:二人は1986年に結婚し、1997年11月に離婚しました。離婚日はCDJournalの記録では1997年11月14日とされています。
Q2:山下久美子と布袋寅泰の離婚理由は今井美樹との不倫だったのですか?
A2:1996年に布袋と今井の関係をめぐる不倫報道があり、離婚の大きな背景として取り上げられました。ただし、夫婦関係のすべての事情が公表されているわけではありません。山下の自伝『ある愛の詩』には、本人の視点から出会いと別れが綴られています。
Q3:山下久美子と今井美樹は友人だったのですか?
A3:当時の芸能報道や2026年の女性週刊誌の記事では、互いに悩みを相談し合う親しい友人関係だったと伝えられています。ただし、二人の友情の詳細について、本人たちがすべてを公表しているわけではありません。
Q4:山下久美子には双子の娘がいるのですか?
A4:はい。山下には双子の娘がいます。2020年に娘たちが成人を迎えたことを、本人が2021年のENCOUNTのインタビューで振り返っています。山下はシングルマザーとして二人を育ててきました。
Q5:山下久美子の自伝『ある愛の詩』はいつ出版されましたか?
A5:2002年6月7日に幻冬舎から発売されました。布袋との出会いと別れ、二人の娘との生活などを綴った山下初の手記です。
Q6:山下久美子は2026年現在も歌手活動をしていますか?
A6:はい。2026年4月に45周年記念ベストアルバム『大事なものはなくならない。』を発売し、6月には新曲『もっとやさしく』のミュージックビデオを公開しました。10月からはOBSラジオのレギュラー番組にも出演しています。
山下久美子と布袋寅泰は、音楽制作を通じて出会い、1986年に結婚しました。しかし、1996年に布袋と今井美樹をめぐる不倫報道があり、1997年11月に離婚。その後、布袋は1999年に今井と再婚しています。
この一連の出来事は、当時の音楽界や芸能ニュースに大きな影響を与えました。特に、山下と今井が親しい友人関係だったと伝えられていたことから、現在まで語り継がれる話題となっています。
一方、山下は2002年に『ある愛の詩』を出版し、自身の人生を振り返りました。その後は双子の娘を育てながら音楽活動を続け、2020年にはデビュー40周年、2026年には45周年という節目を迎えています。
今回のテーマを理解するうえで押さえておきたいのは、次の3点です。
- 歴史的事実:1986年の結婚、1997年の離婚、1999年の布袋と今井の再婚。
- 報道と本人の記録:不倫報道は当時の出来事として確認できる一方、夫婦の内情は山下の自伝など複数の視点から理解する必要がある。
- 現在の評価:山下はシングルマザーとしての人生を歩みながら、2026年も歌手・ラジオパーソナリティーとして活動している。
特に注目したいのは、山下久美子の音楽人生が、布袋との結婚よりも前に始まり、離婚後も途切れることなく続いている点です。『赤道小町ドキッ』で知られる1980年代のロックシンガーという原点から、母親としての生活、そして45周年の新しい作品まで、その歩みには一貫した音楽への情熱があります。
過去の不倫報道や離婚だけに注目すると、山下久美子というアーティストの本来の姿を見失いかねません。2026年の新曲やラジオ番組にも耳を傾けることで、彼女が今も自分の言葉と歌で活動を続けていることが見えてきます。
山下久美子と布袋寅泰の関係を振り返ることは、単なる芸能スキャンダルの再検証ではありません。それぞれが歩んできた音楽人生と、一人の女性が結婚、別れ、子育てを経て自分らしい人生を築いてきた過程を知ることでもあるのです。