植中朝日(うえなか・あさひ)は、どのような経歴を持つサッカー選手なのか。2001年11月1日生まれ、福岡県北九州市出身のプロサッカー選手で、2026年現在はJリーグ・ガンバ大阪に所属するフォワード(FW)だ。JFAアカデミー福島の男子9期生として育成を受け、V・ファーレン長崎、横浜F・マリノスを経て、2025年12月にガンバ大阪への完全移籍が発表された。
179cmの体格を生かしたプレーに加え、相手守備陣の背後を突く動きやゴール前での判断力が持ち味。U-23日本代表としてパリ2024オリンピックにも関わった実績を持つ。一方、2026年は左膝の負傷が競技生活に影響している。25歳を迎えた2026年11月2日時点の所属、経歴、プレースタイル、最新の出場状況まで整理する。
【植中朝日はどんな選手?】プロフィール・年齢・生年月日を一覧で紹介

植中朝日は、福岡県出身の日本人ストライカーだ。2026年11月2日時点で25歳。Jリーグ公式選手プロフィールでは、ガンバ大阪所属のFW、背番号14として登録されている。
基本プロフィールを整理すると、次のとおりだ。
- 名前:植中 朝日(うえなか あさひ)
- 英語表記:Asahi UENAKA
- 生年月日:2001年11月1日
- 年齢:25歳(2026年11月2日時点)
- 出身地:福岡県北九州市
- 出身地の詳細:北九州市門司区として紹介されている
- 身長:179cm
- 体重:75kg
- 血液型:A型
- 利き足:右足
- ポジション:FW
- 所属クラブ:ガンバ大阪
- 背番号:14
- 育成年代:JFAアカデミー福島U-15・U-18
生年月日は2001年11月1日。2024年のパリオリンピック開会式時点では22歳だったが、2026年11月1日に25歳の誕生日を迎えた。
出身地については、ガンバ大阪や横浜F・マリノスの公式プロフィールでは福岡県と記載されている。日本サッカー協会(JFA)の代表選手紹介では、本人が出身地を福岡県北九州市と回答している。門司区まで含めた出身地情報と、クラブ公式プロフィールの都道府県表記は区別して理解するとよい。
また、179cm・75kgという体格は、前線で相手DFと競り合う場面や、ゴール前でポジションを確保するうえで生かせる要素だ。身体能力だけでなく、ボールを受ける前の動き出しにも特徴がある。
【生い立ちと育成年代】JFAアカデミー福島9期生として歩んだ道
北九州市でサッカーを始めた少年時代植中朝日は福岡県で育ち、幼少期からサッカーに親しんできた。JFAの代表選手紹介によると、サッカーを始めたのは5歳のとき。きっかけは兄の影響だったという。
最初の所属クラブはミレニオ・アスレティッククラブ。その後、小倉南フットボールクラブジュニアでプレーした。地元の北九州市立白野江小学校に通っていた時期のサッカー経験が、プロへの第一歩につながっている。
2014年度にJFAアカデミー福島へ入校植中のキャリアを語るうえで欠かせないのが、JFAアカデミー福島だ。
日本サッカー協会の2019年9月4日付発表によると、植中は2014年度入校の男子9期生。U-15からU-18まで、継続的な育成環境でサッカーに取り組んだ。
経歴は以下のとおり。
- 2014~2016年:JFAアカデミー福島U-15
- 2017~2019年:JFAアカデミー福島U-18
中学年代では御殿場市立富士岡中学校、高校年代ではふたば未来学園高等学校に通いながら競技を続けた。
JFAアカデミー福島は、単にサッカーの技術を磨くだけの場所ではない。競技力の向上に加え、生活面やコミュニケーション能力なども含めた選手育成を重視している。
植中が約6年間にわたってこの環境で経験を積んだことは、プロとしての土台を考えるうえで要点だ。
FWというポジションを選んだ理由興味深いのは、植中自身がFWになったきっかけをJFAの選手紹介で明かしていることだ。
「JFAアカデミーに入った時にFWがいなかったから」
本人の回答からは、育成年代でのチーム事情が現在のポジションにつながったことが分かる。
また、自身の武器として挙げているのは「背後に抜け出すプレー」。単純に前線でボールを待つのではなく、相手DFの位置を見ながらスペースを見つける動きが、植中のプレーを理解する手掛かりになる。
【経歴・移籍年表】長崎から横浜F・マリノス、そしてガンバ大阪へ
植中朝日のプロキャリアは2020年に始まった。JFAアカデミー福島からV・ファーレン長崎へ加入し、J2で経験を積んだ後、J1の横浜F・マリノスへステップアップ。2025年12月にはガンバ大阪への完全移籍が正式発表された。
所属クラブの変遷だけでなく、各年代の実績を並べると、選手としての成長過程が見えてくる。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 2001年11月1日 | 誕生 | 福岡県出身 |
| 2014年度 | JFAアカデミー福島 | 男子9期生として入校 |
| 2017~2019年 | JFAアカデミー福島U-18 | 高校年代で競技力を磨く |
| 2019年9月 | 長崎への加入内定 | 2020シーズンからの加入が発表される |
| 2020~2022年 | V・ファーレン長崎 | 2021年J2で19試合10得点 |
| 2022年12月27日 | 横浜F・マリノスへの完全移籍発表 | J1へのステップアップ |
| 2023年 | 横浜F・マリノス | J1リーグ9試合3得点 |
| 2024年 | 横浜F・マリノス・U-23日本代表 | J1リーグ34試合3得点。パリ五輪代表 |
| 2025年 | 横浜F・マリノス | J1リーグ33試合8得点 |
| 2025年12月20日 | ガンバ大阪への完全移籍発表 | 新たな挑戦をスタート |
| 2026年 | ガンバ大阪 | J1リーグ3試合1得点。左膝を再び負傷 |
2019年9月、日本サッカー協会は植中と同じJFAアカデミー福島男子9期生の加藤聖が、2020シーズンからV・ファーレン長崎に加入することを発表した。
プロ1年目の2020年はJ2リーグ2試合に出場。翌2021年には19試合10得点を記録し、得点力を示した。2022年も28試合5得点を挙げている。
JFAアカデミーで磨いた技術を、実際のプロの試合で結果につなげた時期だ。特に2021年の二桁得点は、若手FWとして存在感を高める実績になった。
横浜F・マリノスへの移籍とJ1での飛躍2022年12月27日、横浜F・マリノスは植中の完全移籍加入を発表。2023年からJ1の舞台でプレーすることになった。
Jリーグ公式記録によると、J1リーグでの成績は2023年が9試合3得点、2024年が34試合3得点、2025年が33試合8得点。2025年には出場機会を増やし、得点面でもキャリアの成長を示した。
また、2024年にはU-23日本代表としてパリ2024オリンピックの代表メンバーに名を連ねた。日本代表は大会で5位に入賞している。
2025年12月、ガンバ大阪への完全移籍が決定2025年12月20日、ガンバ大阪は横浜F・マリノスから植中朝日を完全移籍で獲得したと正式発表した。横浜F・マリノス側も同日に移籍を公表している。
横浜FMで過ごした3年間について、植中はJ1のトップレベルで得た経験やACL決勝という大舞台を振り返り、クラブやサポーターへの感謝を伝えた。
一方、ガンバ大阪加入時には、タイトル獲得とゴールへの意欲を明確にしている。
「青黒のユニフォームを着て、タイトルを獲る為に、多くのゴールを決めチームの勝利に貢献したいと思っています」
このコメントから読み取れるのは、新天地で得点という具体的な結果を残し、チームの目標達成に貢献したいという姿勢だ。移籍の背景にある個人的な事情や契約条件について、クラブの公式発表は詳細を明らかにしていない。
【プレースタイルを分析】植中朝日の武器は裏への抜け出しと得点感覚
植中朝日の特徴を理解するうえで注目したいのは、ボールを持っているときだけではなく、ボールを受ける前の動きだ。
1. 相手DFの背後を狙う動きJFAの選手紹介で本人が武器として挙げたのは、背後への抜け出しである。
FWにとって、相手センターバックの視野から外れる動きや、守備ラインの裏側にできたスペースを突くタイミングは重要だ。植中の特徴は、こうしたオフ・ザ・ボールの動きにある。
味方が前を向いた瞬間に走り出すことで、相手守備陣に対応を迫り、ゴールにつながるスペースを作ることができる。
2. 左右両足からのシュート横浜市の公式発表資料では、植中についてゴール前でパスを受ける前の動きが魅力であり、左右両足から正確なシュートを打てる選手と紹介されている。
利き足は右足だが、左足でもシュートを狙えることはFWとしての強みになる。シュートコースを限定されにくく、相手DFやGKにとって守り方を予測しにくいからだ。
3. FWと攻撃的な中盤の役割現在のガンバ大阪ではFWとして登録されている。一方、2024年のJFA代表選手紹介ではMFとして掲載されていた。
これは登録上のポジションや大会ごとの起用方法による違いとして捉えたい。FWという基本的な役割を持ちながら、攻撃的な位置でプレーする可能性もあるため、単純なセンターフォワードという分類だけではプレーの全体像を捉えきれない。
植中の評価では、得点数だけでなく、前線での動き出し、味方との連係、相手守備を動かす能力にも注目する必要がある。
【2026年最新】ガンバ大阪での現在地と負傷状況
背番号14で新たな挑戦2026年11月2日現在、Jリーグ公式選手プロフィールでは、植中朝日はガンバ大阪のFW、背番号14として掲載されている。
新天地での2026/27シーズンは、開幕直後の浦和レッズ戦で途中出場し、31分間のプレーで1得点を記録した。続く水戸ホーリーホック戦では90分、名古屋グランパス戦では63分間プレーしている。
Jリーグ公式プロフィールの2026年11月2日更新データでは、リーグ戦の成績は以下のとおりだ。
- 出場試合数:3試合
- 得点:1得点
- アシスト:0
- 初出場:2020年9月2日
- Jリーグ初得点:2021年9月14日
ただし、2026年の植中を語るうえでは、負傷の経緯を外せない。
2026年1月に左膝を手術、8月に再び負傷ガンバ大阪は2026年1月30日、植中の負傷について公式発表した。1月20日に負傷し、診断名は左膝内側半月板損傷。同月30日に手術が終了したと報告している。
その後、リハビリを経て公式戦に復帰。8月7日の浦和レッズ戦で途中出場から得点を挙げ、8月15日の水戸戦、8月22日の名古屋戦では先発出場した。
しかし、8月26日に行われた天皇杯2回戦のレイラック滋賀戦で再び負傷。ガンバ大阪は9月7日、左膝内側半月板損傷と診断されたことを発表した。
この2度目の負傷について、クラブの発表には全治期間の記載がない。2026年11月2日時点で確認できるJリーグ公式のリーグ戦出場履歴も8月22日の名古屋戦までとなっている。
したがって、現在の競技状況を判断する際には、移籍や選手登録の情報だけでなく、負傷からの復帰状況を確認することが欠かせない。
【プロの結論】植中朝日の評価で注目すべき3つのポイント植中朝日の選手としての価値を考えるなら、次の3点が評価基準になる。
第一に、得点力。長崎時代の2021年にはJ2で10得点、横浜FM時代の2025年にはJ1で8得点を記録している。カテゴリーやクラブが変わっても得点を積み重ねてきた実績は評価できる。
第二に、攻撃時のポジショニング。本人が武器として挙げる背後への抜け出しは、味方のパスを引き出すだけでなく、相手守備の配置を崩すうえでも重要だ。得点数に表れにくい貢献にも注目したい。
第三に、コンディションの回復。2026年は移籍初年度に左膝の手術を経験し、復帰後に同じ部位を再び負傷した。今後の評価では、継続的に試合へ出場できる状態を取り戻せるかが大きなポイントになる。
ガンバ大阪が期待するのは、単なる新加入FWではなく、J1での経験と得点実績を持つ攻撃の選択肢だ。完全復帰後にどのような役割を担うのかが、次の注目点となる。
【植中朝日のプロフィール・現在】よくある質問(FAQ)
Q1:植中朝日の年齢と生年月日は?
A1:2001年11月1日生まれ。2026年11月2日時点で25歳だ。
Q2:植中朝日の出身地はどこ?
A2:福岡県北九州市出身。門司区出身として紹介されることもある。JFAの選手紹介でも本人が北九州市出身と回答している。
Q3:植中朝日は現在どこのチームに所属している?
A3:2026年11月2日時点のJリーグ公式プロフィールではガンバ大阪所属。ポジションはFW、背番号は14だ。2025年12月20日に横浜F・マリノスからの完全移籍が発表された。
Q4:植中朝日の負傷状況は?
A4:2026年1月に左膝内側半月板損傷で手術を受けた後、8月に公式戦復帰。しかし、8月26日の天皇杯で同じ部位を再び負傷し、9月7日にガンバ大阪が診断結果を発表した。公式発表では全治期間は明らかにされていない。
Q5:植中朝日はパリオリンピックに出場した?
A5:2024年のパリ2024オリンピック男子サッカー日本代表メンバーに名を連ねた。日本代表は大会で5位に入賞している。
植中朝日は、2001年11月1日生まれ、福岡県北九州市出身の25歳。JFAアカデミー福島男子9期生として育ち、V・ファーレン長崎でプロキャリアをスタートさせた後、横浜F・マリノスを経てガンバ大阪へ完全移籍したFWだ。
J2での二桁得点、J1での出場経験、パリ2024オリンピック代表という経歴は、着実にステップアップしてきたことを示している。特に、相手の背後を狙う動きや左右両足からのシュートは、植中を理解するうえで押さえておきたい特徴だ。
一方、2026年は左膝内側半月板の負傷が大きな課題となった。復帰戦で得点を挙げた直後の再負傷という経緯もあり、今後はコンディションの回復と継続的な出場が重要になる。
植中朝日を評価するなら、過去の得点実績だけでなく、復帰後のプレー、出場時間、前線での貢献度を合わせて見ることが大切だ。ガンバ大阪の背番号14が再びピッチで持ち味を発揮し、チームの勝利にどれだけ貢献できるか。今後の動向に注目したい。