村上慶太選手は、熊本県熊本市出身の左打ちの内野手です。兄の村上宗隆選手と同じく恵まれた体格を持ち、一塁手を中心にプレーしてきました。
2026年11月2日時点では21歳。誕生日を迎える11月11日には22歳になります。
主なプロフィールは次のとおりです。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 村上慶太(むらかみ・けいた) |
| 生年月日 | 2004年11月11日 |
| 年齢 | 21歳(2026年11月2日時点) |
| 出身地 | 熊本県熊本市 |
| 身長 | 190cm |
| 投打 | 右投左打 |
| ポジション | 内野手 |
| 出身高校 | 九州学院高校 |
| 大学 | 日本大学 |
| 所属 | 日本大学硬式野球部 |
| 兄 | 村上宗隆 |
| 将来の目標 | プロ野球選手 |
村上家は、友幸さん、宗隆選手、慶太選手の3兄弟です。
宗隆選手は次男、慶太選手は末っ子にあたります。宗隆選手は2000年2月2日生まれ、慶太選手は2004年11月11日生まれなので、年齢差は約4年9か月です。
2人の関係は、単に同じ野球選手というだけではありません。
2022年の甲子園出場時には、宗隆選手からLINEで激励を受けたことが報じられています。兄からは「甲子園は最高の場所やし、楽しんで来いよ」と声をかけられたといいます。
また、2023年に日本大学へ入寮した際には、兄から譲り受けたバット2本を持参しました。
兄の活躍を身近に感じながら、自分自身も野球選手として成長したいという思いがうかがえるエピソードです。
【九州学院高校時代】甲子園ベスト8と高校通算7本塁打の実績

村上慶太選手は、兄・宗隆選手と同じ熊本県の九州学院高校に進学しました。
小学校4年生から野球を始め、中学校では熊本東リトルシニアに所属。九州学院では1年秋からベンチ入りし、主に一塁手として経験を積みました。
高校時代の大きな目標は、兄と同じ甲子園の舞台に立つことでした。
2022年夏、4番打者として甲子園に出場2022年夏、慶太選手は九州学院の4番・一塁手として第104回全国高校野球選手権大会に出場しました。
初戦の帝京五戦では14対4で勝利。慶太選手は三塁打や二塁打を放ち、甲子園デビューを果たしました。
続く国学院栃木戦では、2ストライクに追い込まれた状況から中前適時打を放ち、チームの先制点を記録しています。
九州学院はこの試合にも4対0で勝利し、準々決勝へ進出。最終的にベスト8という結果を残しました。
甲子園での主な実績は以下のとおりです。
- 出場大会:2022年夏の甲子園
- 打順:4番
- 守備位置:一塁手
- 出場試合:3試合
- 打撃成績:12打数3安打
- チーム成績:ベスト8
慶太選手の高校時代を語るうえで欠かせないのが、高校通算7本塁打という数字です。
190cmという大柄な体格を生かした長打力が持ち味でした。
特に注目されたのが、2022年10月2日の栃木国体・聖光学院戦です。
この試合で左翼スタンドへのソロ本塁打を放ち、高校通算7本塁打に到達しました。高校生活最後の公式戦で見せた一発でもありました。
ただし、兄の宗隆選手が九州学院時代に高校通算52本塁打を記録していたことを考えると、打撃成績には大きな差があります。
慶太選手は兄と同じタイプの左打者として期待されましたが、高校時代から同じ数字を残していたわけではありません。
2022年ドラフトでは指名漏れ、日本大学への進学を決断2022年のドラフト会議では、慶太選手もプロ志望届を提出していました。
しかし、結果は指名漏れ。兄と同じタイミングでのプロ入りは実現しませんでした。
当時の報道によると、本人は育成指名ではなく、支配下での指名を希望していました。
その後、日本大学への進学を決断します。
高校卒業時点でプロ入りを諦めたというよりも、大学野球で実力を伸ばし、再びプロを目指す道を選んだと理解するのが自然です。
【日本大学野球部での歩み】東都大学野球2部で経験を積む
2023年春、慶太選手は日本大学硬式野球部に入部しました。
大学では、東都大学野球という高い競技レベルの環境に身を置くことになります。
入学当初の日大は1部リーグに所属しており、後にプロ入りする実力派投手とも対戦しました。
1年春にリーグ戦デビュー慶太選手は大学1年春、代打としてリーグ戦に初出場しました。
2打席目には初安打となる適時打を記録しています。
しかし、その後は思うように出場機会を確保できませんでした。
全国の強豪高校から実力者が集まる大学野球では、レギュラー争いも激しくなります。高校時代に甲子園へ出場した選手であっても、大学で同じように活躍できるとは限りません。
慶太選手も、技術面や試合への対応力を磨く必要に迫られました。
「村上宗隆の弟」という立場が生んだプレッシャー2026年9月8日付の高校野球ドットコムのインタビュー記事では、大学生活で感じてきた苦労について本人が語っています。
特に大きかったのが、兄の存在です。
宗隆選手は2022年にNPB史上最年少の三冠王を達成し、日本を代表する打者へと成長しました。
その弟である慶太選手にも、周囲から自然と比較の目が向けられました。
本人は、兄の弟として期待されることには良い面もあった一方、練習試合などで兄と結び付けられることが多く、プレッシャーを感じていたと振り返っています。
大学野球で結果が出ない時期には、野球を続けること自体に迷いが生じたこともあったそうです。
そんな慶太選手を支えたのが、日大の片岡昭吾監督でした。
監督からは、試合に出られない時期にも見守られ、野球に集中するよう励まされたといいます。
また、慶太選手自身も、結果だけを追い求めるのではなく、野球を楽しむ気持ちを取り戻そうと考えるようになりました。
大学2年秋からはリーグ戦での出場機会も再び増えています。
【2026年最新】村上慶太の大学最終シーズンと現在の成績
2026年は慶太選手にとって日本大学での最終学年です。
大学4年生として迎えた春季リーグ戦、そして最後の秋季リーグ戦は、これまでの経験を結果につなげる重要なシーズンとなりました。
副主将に就任、春季リーグでは4番も経験2026年1月のスポーツニッポンの報道によると、慶太選手は新チームで副主将に就任しました。
身長190cm、体重96kgの大型内野手として、チームを引っ張る役割も担っています。
本人は打撃を自分の持ち味と考えており、レギュラーを獲得してチームに貢献することを目標に掲げていました。
春季リーグ戦では、3試合で4番打者を務めるなど、スタメンでの出場機会も増加しました。
ただし、チームは1部復帰を果たせず、本人も春の結果には悔しさを残しています。
2026年秋季リーグでの出場状況9月8日には、大学生活最後となる秋季リーグ戦が開幕しました。
10月6日の駒澤大学戦では、今秋初めてスタメンに起用されています。
打順は8番、守備は指名打者でした。
結果は2打数無安打。2回にはフルカウントから三邪飛、5回には右飛に倒れ、8回の打席では代打が送られました。
この試合の結果だけで選手としての能力を判断することはできませんが、大学最後のシーズンにおいても、出場機会をつかむための競争が続いていたことが分かります。
一球速報.comに掲載された対象大会の2026年集計では、17試合で打率.194、36打数7安打、3打点という記録が確認できます。これは掲載対象となった大会の集計であり、すべての練習試合などを含む通算成績ではありません。
兄・宗隆に進路を相談していた2026年10月6日のデイリースポーツの報道では、慶太選手が兄に進路について相談していたことも明らかになりました。
宗隆選手から受けた助言は、弟自身の意思を尊重するものでした。
慶太選手によれば、兄からは「おまえのやりたいことをやれ」と伝えられ、社会についてもしっかり勉強するよう勧められたそうです。
兄弟だからこそ、野球の厳しさもプロの世界の現実も理解しているのでしょう。
慶太選手は同じ記事の中で、大学卒業後について「野球は続けます」と明言しています。
この発言は、2026年の進路を考えるうえで非常に重要な情報です。
【噂の真相を検証】村上慶太の退学説・喫煙問題・プロ志望届
村上慶太選手について検索すると、日本大学を退学したという説や喫煙問題に関する情報が見つかります。
これらは、本人の現在を知りたい読者が特に気にする話題です。
しかし、公開されている資料を時系列で整理すると、確認できる事実は異なります。
日本大学を退学したという情報は事実なのか?2026年9月の高校野球ドットコムの記事では、慶太選手は日本大学4年生として紹介されています。
加えて、同年10月6日のデイリースポーツも、日大4年の内野手として試合出場や卒業後の進路について報じています。
日本大学野球部の公式選手紹介ページにも、村上慶太選手の名前が掲載されています。
これらの情報から、少なくとも2026年秋の時点で大学野球部の選手として活動していたことが確認できます。
退学を裏付ける大学側の公式発表や信頼できる報道は確認されていません。
喫煙問題と村上慶太の関係は?噂の背景として考えられるのが、2023年7月に日本大学野球部が公表した部員の喫煙問題です。
同部の公式発表では、20歳未満の部員2人による喫煙行為が判明し、当該部員を無期限の活動停止処分としたことが説明されています。
ただし、大学は教育的配慮とプライバシー保護を理由に、当該部員の氏名を公表していません。
そのため、この問題に村上慶太選手が関係していたと断定できる公的資料はありません。
匿名で公表された部員の不祥事と、特定の選手の名前を結び付けることはできないというのが実情です。
2026年のプロ志望届は提出した?ここは、2022年と2026年を混同しないことが大切です。
慶太選手は高校3年時の2022年にはプロ志望届を提出しましたが、ドラフトでは指名されませんでした。
一方、2026年の大学最終学年では状況が異なります。
高校野球ドットコムが2026年10月9日に報じたところによると、大学生のプロ志望届は10月8日に締め切られ、慶太選手は提出者に含まれていませんでした。
つまり、2026年のNPBドラフトに向けてプロ志望届を提出する選択はしなかったということです。
一方で、10月6日には卒業後も野球を続ける意向を示しています。
噂と確認できる事実の比較| 検索される話題 | 確認できる事実 | 現時点での判断 |
|---|---|---|
| 日本大学を退学した | 2026年秋に4年生として試合出場 | 退学を裏付ける情報なし |
| 喫煙問題に関与した | 2023年に大学が部員2人の喫煙を公表。氏名は非公表 | 慶太選手との関係は確認できない |
| 2022年にプロ志望届を提出した | 高校3年時に提出 | 事実 |
| 2022年のドラフトで指名された | 指名されなかった | 大学進学を選択 |
| 2026年にプロ志望届を提出した | 10月8日の締め切り時点で提出なし | 事実 |
| 大学卒業後に野球を辞める | 10月6日に野球継続の意思を表明 | 引退を示す情報なし |
このように、退学説や喫煙問題と、2026年現在の選手としての活動は分けて考える必要があります。
【兄弟の野球実績を比較】村上宗隆と村上慶太の違い
村上兄弟は、同じ熊本県で野球を始め、九州学院を経由するなど共通点があります。
一方、プロ入りまでの道のりや実績には違いがあります。
| 比較項目 | 村上宗隆 | 村上慶太 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 2000年2月2日 | 2004年11月11日 |
| 出身高校 | 九州学院 | 九州学院 |
| 高校通算本塁打 | 52本 | 7本 |
| 甲子園 | 出場経験あり | 2022年夏にベスト8 |
| 高校卒業後 | NPBドラフト1位 | 日本大学へ進学 |
| 大学野球 | なし | 日本大学 |
| 2026年の所属 | シカゴ・ホワイトソックス | 日本大学野球部での最終学年 |
| 主な実績 | NPB最年少三冠王、56本塁打 | 甲子園ベスト8、副主将 |
| 今後の方向性 | MLBでプレー | 卒業後も野球を継続する意向 |
宗隆選手は2017年のドラフトで東京ヤクルトスワローズから1位指名を受け、2018年にプロ入りしました。
2021年にはリーグMVPを獲得し、2022年には打率.318、56本塁打、134打点を記録。22歳で史上最年少の三冠王に輝いています。
NPB公式の個人成績によると、2025年シーズン終了時点での通算成績は次のとおりです。
- NPB通算本塁打:246本
- NPB通算打点:647打点
- NPB通算試合数:892試合
- NPB通算打率:.270
その後、シカゴ・ホワイトソックスへ移り、MLBで新たな挑戦を始めました。
慶太は兄と同じ成功を目指すべきなのか慶太選手を評価する際、兄の実績だけを基準にするのは適切ではありません。
宗隆選手は高校卒業後すぐにプロ入りした一方、慶太選手は大学で4年間経験を積む道を選びました。
高校通算本塁打にも差がありますが、大学での打撃経験、守備力、競争環境など、評価すべき要点は複数あります。
慶太選手の特徴は、190cmの体格を生かした左打ちの長打力と、チームを盛り上げる声、そして副主将を務めるリーダーシップです。
大学時代には、兄との比較に苦しみながらも、競技を続ける中で自分なりの野球観を築いてきました。
兄と同じ成績を残すことだけが成功ではありません。自分自身の強みを生かして野球を続けられる環境を見つけることが、次のステップになります。
【村上宗隆の弟に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:村上宗隆の弟の名前は何ですか?
A1:村上慶太(むらかみ・けいた)です。2004年11月11日生まれで、2026年11月2日時点では21歳。日本大学の硬式野球部で内野手としてプレーしています。
Q2:村上慶太は現在何をしていますか?
A2:2026年秋は日本大学4年生として東都大学野球2部リーグでプレーしていました。大学卒業後も野球を続ける意向を明らかにしています。
Q3:村上慶太の高校通算本塁打は何本ですか?
A3:高校通算7本塁打です。2022年夏には九州学院の4番打者として甲子園に出場し、チームのベスト8進出に貢献しました。
Q4:村上慶太は日本大学を退学したのですか?
A4:退学を裏付ける公式発表は確認されていません。2026年9月から10月にかけても、日大4年生の選手として試合出場や進路について報道されています。
Q5:村上慶太は2026年のプロ野球ドラフトに参加しましたか?
A5:2026年10月8日の提出期限までにプロ志望届を提出していません。2026年のNPBドラフトを目指す選択はせず、卒業後も野球を続ける意向を示しています。
Q6:村上慶太は兄の村上宗隆と同じ高校ですか?
A6:はい。2人とも熊本県の九州学院高校出身です。宗隆選手は高校通算52本塁打、慶太選手は7本塁打を記録しています。
村上宗隆選手の弟・村上慶太選手は、兄と同じ九州学院高校で甲子園を経験し、日本大学で大学野球に取り組んできた内野手です。
2026年11月2日時点で21歳。大学4年生として最後のシーズンを迎え、副主将としてチームを支えながら、自身の打撃と向き合ってきました。
今回の要点は次の4つです。
- 兄弟関係: 宗隆選手は約4年9か月年上の兄で、慶太選手は3兄弟の末っ子。
- 高校時代: 九州学院で甲子園ベスト8、高校通算7本塁打。
- 大学時代: 日本大学で東都大学野球を経験し、2026年は副主将を務めた。
- 今後の進路: 2026年のプロ志望届は提出せず、卒業後も野球を続ける意向を表明。
特に注目したいのは、兄の実績にとらわれず、自分自身の野球人生を選ぼうとしている点です。
2026年のNPBドラフトでは指名を目指す形を取りませんでしたが、野球を続けるという本人の意思は明確になっています。社会人野球や独立リーグなど、どのような環境で競技を続けるのかは、今後の発表が待たれるところです。
村上宗隆の弟という肩書だけでは語り尽くせない村上慶太選手。大学野球で培った経験を次のステージでどう生かすのか、今後の動向に注目が集まります。