高木菜那(たかぎ なな)
元スピードスケート日本代表・スポーツ解説者
- 生年月日:1992年7月2日
- 出身地:北海道中川郡幕別町
- 年齢:34歳(2026年11月現在)
- 最終学歴:北海道帯広南商業高校
- 主な所属:日本電産サンキョー
- 競技:スピードスケート
- 五輪メダル:金2・銀1
高木菜那さんは、北海道中川郡幕別町で生まれました。妹の美帆さんとともにスピードスケート界で活躍したことで知られていますが、競技を始めたきっかけは兄の存在でした。
本人の公式プロフィールによると、7歳のときに兄の影響でスピードスケートを始めています。
幼少期から競技一筋だったわけではありません。2023年のインタビューでは、水泳やサッカー、ダンスなどにも取り組んでいたことを明かしています。
その後、スケートへの取り組みを本格化させ、全国中学校スケート大会の女子1000メートルで優勝。北海道帯広南商業高校に進学すると、国際大会でも実績を残すようになりました。
高校時代から頭角を現した競技人生高校時代の大きな実績が、2010年世界ジュニアスピードスケート選手権です。
妹の美帆さんらとともに女子チームパシュートに出場し、銀メダルを獲得しました。
高校卒業後は日本電産サンキョーに所属。競技に集中できる環境で実力を伸ばし、2014年ソチ冬季オリンピックで初めて日本代表に選出されます。
ここからソチ、平昌、北京と、3大会連続の冬季オリンピック出場を果たすことになります。
【経歴・オリンピック成績】平昌五輪の金メダル2冠と北京五輪の銀メダル

高木菜那さんの競技人生を語るうえで欠かせないのが、2018年平昌オリンピックです。
女子団体パシュートと女子マススタートの2種目で金メダルを獲得し、日本女子選手として同一大会で初めて2つの金メダルを手にしました。
特に注目されたのが、団体パシュートでのチームワークです。
団体パシュートは複数の選手が隊列を組み、互いの風の抵抗を減らしながら滑走する競技です。個人のスピードだけでなく、先頭交代のタイミングや隊列の維持、最後まで速度を落とさない連携が勝敗を左右します。
高木さんは妹の美帆さん、佐藤綾乃さんとともに、この種目で金メダルを獲得しました。
一方、マススタートでは選手が同時にスタートし、ゴールした順位を競います。単純なタイム競争ではなく、位置取りや集団の動きを読む判断力も必要です。
異なる特徴を持つ2種目で頂点に立ったことが、平昌大会の大きな価値でした。
高木菜那のオリンピック成績・年表JOCの公式選手記録をもとに、3大会の成績をまとめました。
出典:日本オリンピック委員会、本人公式プロフィール、各大会の報道記録。
平昌五輪で獲得した2つの金メダルの価値平昌大会では、団体パシュートでオリンピックレコードを記録しました。
加えて、マススタートでは新種目の初代女王となりました。
この2冠は、単にメダルの数が多いという話ではありません。
団体戦で求められる連携力と、個人の判断力が問われるマススタートの両方で結果を残したことに意味があります。
高木菜那さんは、異なる競技特性に対応できる選手として、日本のスピードスケート史に名前を刻みました。
北京五輪では銀メダルを獲得2022年北京オリンピックは、高木さんにとって3度目の五輪でした。
目標は平昌大会に続く金メダル。しかし、女子団体パシュートでは最終局面で転倒があり、結果は銀メダルとなりました。
マススタートでも転倒によって1回戦敗退となり、平昌大会とは異なる厳しい結果を経験します。
それでも、団体パシュートでは銀メダルを獲得。JOCの記録では、1500メートルでも8位入賞を果たしています。
五輪3大会を通じて獲得したメダルは、金2個、銀1個の合計3個です。
【高木菜那の引退理由】2022年4月に現役を退いた本当の背景
高木菜那さんは、北京オリンピックを終えた2022年4月5日に現役引退を発表しました。
引退発表の際に注目されたのは、平昌五輪の2冠という輝かしい実績だけではなく、妹の美帆さんと比較され続けてきた競技人生について、自分自身の言葉で振り返ったことでした。
理由1:妹の姉ではなく、自分自身として戦えた高木菜那さんの競技人生には、常に妹・美帆さんの存在がありました。
美帆さんは15歳で2010年バンクーバー五輪に出場した早熟の才能を持つ選手です。
一方の菜那さんは、妹と比較されることに長く苦しんできました。
姉として妹を応援する気持ちと、同じ競技者として勝ちたいという気持ちは、必ずしも一致しません。
2022年4月の引退会見では、北京五輪で自分自身の意志を持って戦えたことが、引退を決断した理由の一つだと説明しています。
2022年の引退を伝えた共同通信の記事でも、妹の姉ではなく、高木菜那として競技に向き合えたという本人の思いが紹介されました。
理由2:競技以外の新しい人生に期待があったもう一つの大きな理由が、引退後の人生に対する期待です。
高木さんは引退会見で、第二の人生を考えたときにワクワクしたことを理由として挙げました。
スケートを嫌いになったわけでも、競技を続けられないほどのけがを負ったわけでもありません。
実際、引退を決めるまでには続行を考えた時期もあり、最後の大会を終えた後も迷いがあったことを明かしています。
30歳という節目や、周囲の競技環境の変化も重なりました。
2022年の引退インタビューでは、長年スケートに集中してきたからこそ、これまで知らなかった世界に飛び込んでみたいという思いがあったと語っています。
引退後に感じた空白と新しい挑戦引退すればすぐに新しい生活に順応できるわけではありません。
2023年のCHANTO WEBのインタビューでは、競技生活を終えた直後に、スケートに戻りたいと思ったことが何度かあったと振り返っています。
毎日トレーニングを続けてきた生活から離れ、休みが続くと何をすればよいのか分からなくなることもあったそうです。
これはトップアスリートのセカンドキャリアを考えるうえでも興味深い部分です。
長期間にわたって一つの目標を追い続けてきた選手にとって、引退は職業の変更だけではありません。日々の生活習慣や目標設定、自己評価の基準そのものが変わる出来事です。
高木さんはその空白を経て、テレビやイベント、講演など新しい活動に取り組んでいきました。
【高木菜那の現在・2026年最新】五輪解説やテレビ出演、講演活動で活躍
2026年11月現在、高木菜那さんはスポーツ解説者としての活動を軸に、テレビ出演やイベント、講演など幅広い仕事に携わっています。
特に大きな転機となったのが、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックです。
2026年ミラノ・コルティナ五輪で初めて競技解説を担当高木さんは2025年12月、自身の公式発信を通じて、2026年のミラノ・コルティナ五輪でスピードスケートの解説を担当することを発表しました。
本人によると、担当したのは女子10000メートル以上、男子1500メートル以上の放送対象種目です。
引退後、日本国内の主要大会では解説経験がありましたが、五輪での競技解説は初めてでした。
2026年2月7日放送のTOKYO FM「SPORTS BEAT」では、解説者として大会に参加する理由について、妹の滑りに声を乗せたいという思いがあったことを明かしています。
また、実際の大会では14種目中11種目を担当。
2月23日には自身のSNSで大会を振り返り、競技者としてではなく、別の立場から初めてオリンピックに関わった経験について総括しました。
選手として3大会を経験した人物が、今度は競技の魅力を伝える側になったことは、大きなキャリアの転換点です。
2026年10月の最新出演・活動情報本人の公式サイトに掲載された2026年10月の活動情報を見ると、秋以降もテレビやスポーツ解説の仕事が続いています。
| 時期 | 活動内容 | 番組・イベント |
|---|---|---|
| 2026年10月12日・14日 | テレビ出演 | 日本テレビ「ZIP!」 |
| 2026年10月16日 | テレビ出演 | 読売テレビ「ニュースto」 |
| 2026年10月23〜25日 | 競技解説 | NHK「全日本スピードスケート距離別選手権」 |
| 2026年10月24日 | イベント出演予定として告知 | 産業フェアin信州 |
| 2026年10月31日 | テレビ生出演予定として告知 | 日本テレビ「Going!」 |
出典:高木菜那公式サイトの2026年10月掲載情報。
特にNHKの全日本スピードスケート距離別選手権で3日間の解説を担当したことは、引退後も競技現場との関係が続いていることを示しています。
現役時代の経験を生かし、選手の技術やレース展開を視聴者に伝える役割を担っています。
講演活動では競技経験を教育・企業分野へ高木菜那さんは、全国の教育機関や企業を対象に講演活動も行っています。
本人の公式プロフィールにも、講演活動が現在の主な仕事の一つとして記載されています。
講演テーマとして生かせる経験は多岐にわたります。
- 長期間にわたって目標を追い続ける姿勢
- 失敗や挫折から立ち直るための考え方
- 自分と他人を比較することとの向き合い方
- チームワークと個人の役割
- 現役引退後のキャリア形成
2026年10月には、長野市の産業フェアin信州で「なな転び八起き〜私がいま伝えたいこと〜」というイベントへの出演も公式サイトで告知されていました。
平昌五輪の金メダリストという実績だけでなく、競技人生で経験した葛藤や引退後の挑戦も、講演活動の価値につながっています。
テレビや自転車関連の活動にも広がる高木さんはスポーツ番組だけでなく、バラエティーや情報番組にも出演しています。
2025年のインタビューでは、NHKの自転車番組「チャリダー」への出演や、自転車関連の仕事についても紹介されました。
現役時代から自転車をトレーニングに取り入れており、3〜4時間走ることもあったと話しています。
スピードスケートで培った身体感覚やスポーツへの理解が、別の競技分野でも生きているのです。
このように、2026年の高木菜那さんは、単に元五輪選手としてメディアに登場するだけではありません。
競技経験を専門知識として発信し、スポーツの魅力を幅広い層に届ける立場へと変化しています。
【高木菜那と高木美帆の姉妹関係】仲は良い?競技人生での葛藤と2026年の近況
高木菜那さんを検索すると、妹の高木美帆さんの名前も頻繁に登場します。
2人は姉妹であり、同じスピードスケート競技に取り組んできたアスリートです。
しかし、同じ競技で活躍する姉妹だからこそ、単純な仲良しエピソードだけでは語れない関係性もありました。
妹・高木美帆は2歳年下の五輪メダリスト妹の高木美帆さんは1994年5月22日生まれ。
菜那さんとは約2歳の年齢差があります。
美帆さんは2010年バンクーバー五輪に15歳で出場。その後、平昌、北京、ミラノ・コルティナと五輪に出場してきました。
平昌大会では姉妹がチームパシュートで一緒に金メダルを獲得しています。
北京大会でも2人は同じ種目で銀メダルを獲得しました。
姉妹仲は悪い?比較されることへの葛藤ネット上では、姉妹の仲や現役時代の関係について関心が集まることがあります。
2023年のインタビューで菜那さんは、妹との関係について率直に語っています。
美帆さんとは昔から仲が良かった一方で、競技成績を比較されることはつらかったと振り返りました。
妹が自分より先に注目され、世界の舞台で活躍する姿を見て、複雑な感情を抱いた時期もあったそうです。
ただし、これは姉妹の不仲を意味するものではありません。
本人は姉妹の関係を、どこにでもいる普通の姉妹だったと説明し、現在はとても仲が良いと話しています。
重要なのは、菜那さんが妹を単なるライバルとして見ていたわけではないということです。
同じ競技に取り組む以上、勝ちたいという気持ちが生まれる一方で、家族として応援したい気持ちもあった。その両方を抱えて競技を続けてきたのです。
2026年ミラノ・コルティナ五輪では姉が解説者、妹が選手2026年のミラノ・コルティナ五輪では、姉妹の関係に新しい形が生まれました。
菜那さんは解説者として現地に入り、美帆さんは選手として大会に出場しました。
2026年2月のTOKYO FMのインタビューでは、菜那さんが妹の競技を解説する立場を選んだ理由について語っています。
現役時代は同じ舞台で競い合っていた2人ですが、今回は姉として妹の滑りを伝える立場になりました。
美帆さんは同大会で女子500メートル、1000メートル、チームパシュートの3種目で銅メダルを獲得しています。
これは、姉妹の競技人生を振り返るうえで象徴的な出来事です。
かつては同じリンクで競い、同じチームで金メダルを目指した2人が、それぞれ異なる立場で同じ五輪に関わったのです。
【プロの結論】高木菜那の引退後から見えるアスリートの新しいキャリア
高木菜那さんのキャリアを振り返ると、特に注目したいのは、現役引退を単なる競技生活の終了にしなかったことです。
平昌五輪で2冠を達成し、北京五輪でもメダルを獲得した選手が、競技から離れた後もスポーツの世界に関わり続けています。
そこには3つのポイントがあります。
1. 競技実績が解説者としての専門性になる現役選手と解説者では、求められる能力が異なります。
現役時代は自分の結果を出すことが最優先ですが、解説者は選手の動きや競技の特徴を視聴者に伝えなければなりません。
高木さんの場合、五輪3大会への出場経験に加え、団体パシュートとマススタートの両方で金メダルを獲得しています。
この経験は、レース展開や選手の心理を説明するうえで大きな強みです。
2. 挫折や比較の経験も発信価値になる高木さんの競技人生は、華やかなメダル獲得だけではありません。
妹との比較、けがに苦しんだ時期、北京五輪での転倒、引退直後の空白感など、さまざまな経験がありました。
だからこそ、講演活動で伝えられる内容にも幅があります。
勝つことだけではなく、自分自身を認めることや、次の目標を探すことも、競技人生から得られる重要なテーマです。
3. 引退後の活動は一つの職業に限定されない高木さんは解説、テレビ出演、イベント、講演、自転車関連の活動など、複数の分野に携わっています。
トップアスリートのセカンドキャリアは、指導者やコーチだけではありません。
本人の専門性や経験を生かし、情報発信や教育、スポーツ普及などに活動領域を広げる選択肢もあります。
高木菜那さんの現在は、競技を離れた後もアスリートとして培った経験を社会に還元できることを示す一例です。
【高木菜那に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:高木菜那さんは2026年現在何歳ですか?
A1:1992年7月2日生まれで、2026年11月現在は34歳です。北海道中川郡幕別町出身で、元スピードスケート日本代表です。
Q2:高木菜那さんのオリンピックの金メダルは何個ですか?
A2:金メダル2個、銀メダル1個の合計3個です。2018年平昌五輪では女子団体パシュートとマススタートで金メダルを獲得し、2022年北京五輪では女子団体パシュートで銀メダルを獲得しました。
Q3:高木菜那さんはなぜ引退したのですか?
A3:2022年北京五輪を終え、自分自身の名前で競技に向き合えたという達成感と、第二の人生への期待が重なったためです。2022年4月5日に引退を発表しました。けがによって競技を続けられなくなったという理由ではありません。
高木菜那さんは、2018年平昌五輪の2冠、2022年北京五輪の銀メダルという輝かしい実績を残し、2022年4月に現役を引退しました。
引退理由には、妹の高木美帆さんとの比較を乗り越え、自分自身として戦えたという達成感と、新しい人生への期待がありました。
2026年にはミラノ・コルティナ五輪で競技解説を担当。14種目中11種目を受け持ち、現役時代の経験を生かしてスピードスケートの魅力を伝えました。
加えて、テレビ出演やNHKの競技解説、全国の教育機関・企業での講演活動など、活躍の場を広げています。
高木菜那さんの魅力は、金メダルを獲得した過去だけではありません。競技者としての成功や葛藤を経験し、引退後も自分の新しい役割を見つけていることにあります。
2026年以降も、解説者・講演者としてどのような言葉でスポーツの魅力を届けていくのか。 競技人生を終えた高木菜那さんの新しい挑戦にも注目が集まります。
主な参考資料:高木菜那公式サイト、日本オリンピック委員会、日刊スポーツ、共同通信、GOETHE、CHANTO WEB、TOKYO FM、BIORACERインタビュー。