ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 藁人形の呪いは丑の刻参りだけ?五寸釘と身代わり信仰の真相を徹底解説

藁人形の呪いは丑の刻参りだけ?五寸釘と身代わり信仰の真相を徹底解説

雨宮 理沙 雨宮 理沙 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

藁人形の呪いと聞くと、午前2時ごろの神社で、白装束の人物が御神木に藁人形を打ち付ける「丑の刻参り」を思い浮かべる人が多いのと考えられます。しかし、日本の民俗信仰における藁人形の役割は、特定の相手を呪うことだけではありません。古くから病気や災厄を引き受ける身代わり、厄除け、疫病送り、虫送りなど、地域や目的によって異なる使われ方をしてきました。

2026年現在、国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースや国立民族学博物館の標本資料、國學院大學の2024年の研究論文などを照らし合わせると、現在広く知られる藁人形の呪いは、複数の呪術や民間信仰が長い時間をかけて結びついたものだとわかります。午前1時から3時という時間の意味、五寸釘と御神木の関係、川へ流す風習や土に埋める習俗まで、その歴史と実態を整理します。

【藁人形の呪いの真相】実は呪いだけに使われていたわけではない

藁人形呪い

藁人形とは、稲わらを束ねたり編んだりして、人間や動物の姿に似せて作った民俗的な人形です。一般的には丑の刻参りの道具として知られていますが、日本の伝統的な信仰では、もっと幅広い意味を持っていました。

藁人形は人間の身代わりになる存在だった

日本の民俗信仰には、人間の姿を紙や木、草などで表現した「人形(ひとがた)」や「形代(かたしろ)」という考え方があります。

形代は、人間の罪や穢れ、病気、災厄などを移す対象として用いられてきました。人形に自分の身体の状態を託し、それを水に流すことで、自分から災いを遠ざけるという考え方です。

つまり、人形は単なる装飾品ではなく、人間の代わりに悪いものを引き受ける存在でもありました。

小学館の日本大百科全書や奈良文化財研究所の民俗・考古資料でも、古代から人形が祓いや呪術に使われていたことが紹介されています。

藁人形には大きく分けて4つの役割がある
  • 呪詛:憎しみや恨みの対象を人形に見立て、相手に災いが及ぶことを願う。
  • 身代わり:自分や家族の病気、災厄、穢れを人形に引き受けさせる。
  • 厄除け:集落に入り込むと考えられた疫病や悪いものを、人形に託して遠ざける。
  • 送りの儀礼:虫や疫病などを象徴する人形を村境や川へ送り出す。

このように、藁人形の意味は使用目的によって正反対になることさえあります。誰かを呪うための人形と、家族や集落を守るための人形が、同じ素材で作られていたのです。

【丑の刻参りの由来】藁人形と五寸釘はいつから結びついた?

丑の刻参りは、日本に伝わる代表的な呪術の一つです。一般的には、恨みを持つ相手に見立てた人形を神社の神木に打ち付ける行為として知られています。

しかし、その成立過程を調べると、丑の刻、女性の嫉妬、釘を打つ呪術、藁人形という要素が、異なる時代の伝承や文芸作品を通じて徐々に結びついていったことがわかります。

橋姫伝説と謡曲『鉄輪』が与えた影響

丑の刻参りの由来を語るうえで欠かせないのが、宇治の橋姫伝説です。

橋姫は、もともと橋を守る女神としての性格を持っていました。しかし、伝承の変化によって、嫉妬や怨念を抱く女性、さらには鬼へと変化する存在として描かれるようになります。

このイメージは、中世の『平家物語』剣の巻や謡曲『鉄輪(かなわ)』などにも登場します。

謡曲『鉄輪』では、愛する男性に捨てられた女性が貴船の宮に参り、嫉妬と怒りから鬼になろうとする姿が描かれています。頭に鉄輪を載せ、その脚に火をともすという印象的な姿も、後世の丑の刻参りのイメージに影響を与えました。

ただし、橋姫伝説そのものに、現代のような藁人形と五寸釘を組み合わせた儀礼が最初から登場するわけではありません。

藁人形と丑の刻参りは別々に発展していた

この点を詳しく検討しているのが、鳴海あかり氏による研究論文「いわゆる『丑の刻参り』の完成―妬婦・藁人形・呪釘―」です。2024年に國學院大學の『國學院雑誌』第125巻第3号で公開されました。

同論文によると、丑の刻に参るという観念や、神木に釘を打つ呪術は、藁人形が登場する以前から文献に見られます。

加えて、元禄期の浮世草子や江戸時代の読み物には、紙の人形や木偶を用いた呪詛の描写も確認できます。

藁人形が丑の刻参りの要素として明確に登場するのは、天明3年(1783年)刊行の『万載狂歌集』に関係する記録など、江戸時代後期の資料に見られるようになってからです。その後、1806年刊行の山東京伝『昔話稲妻表紙』などにも藁人形を使った呪詛の描写が登場します。

つまり、現在の丑の刻参りの姿は、古代から同じ形で受け継がれてきた完成済みの儀式ではありません。長い年月をかけて形成された文化的なイメージなのです。

1333年の千早城の戦いにも登場した藁人形

藁人形の歴史をさらに広い視点から見ると、呪術とは関係のない使われ方も確認できます。

『太平記』巻七には、1333年の千早城の戦いで、楠木正成が藁で作った人形に甲冑を着せ、敵兵を欺くために利用したという記述があります。

この人形は敵を混乱させるための軍事的な仕掛けであり、呪いの道具ではありません。

同じ藁人形でも、軍事的な偽装、信仰上の身代わり、呪詛の対象など、時代や目的によって役割が変化してきたことがわかります。

【午前1〜3時の謎】丑の刻参りと五寸釘・御神木の関係

丑の刻参りを象徴する要素として、午前1時から3時という時間、五寸釘、神社の御神木があります。それぞれには、日本の伝統的な時間観念や神木信仰、呪術的な象徴性が関係しています。

丑の刻は午前1時から午前3時まで

丑の刻は、十二支を使った昔の時刻表現です。

江戸時代以前から使われていた十二支による時刻では、1日を12の区分に分けていました。丑の刻は、現代の時計に置き換えると午前1時から午前3時に相当します。

ただし、丑の刻参りの伝承で特に重要視されるのは、この時間帯の中でも丑三つ時です。

セイコーミュージアム銀座の時刻解説によると、丑三つ時は午前2時から午前2時30分ごろに当たります。

昔の人々は、夜を陰の気が強まる時間と考え、丑三つ時を怪異や幽霊と結びつけていました。また、丑寅は北東の方角に当たり、鬼門として恐れられていたことも、丑の刻参りの神秘的な印象を強めた要因です。

五寸釘は呪詛を象徴する道具

五寸釘は、丑の刻参りの象徴として広く知られる釘です。五寸という長さは、約15センチに相当します。

呪術の考え方では、対象となる人間に見立てた形代に釘を打つことによって、その人に直接的な影響を与えると信じられていました。

これは、似た姿を持つものを通じて対象に作用させようとする「類感呪術」と関連づけて説明されます。

実際には、人形に釘を打つ行為が相手の身体や運命に超自然的な影響を与えるという科学的根拠はありません。五寸釘は、歴史的に形成された呪術の象徴として理解する必要があります。

なぜ神社の御神木が選ばれたのか

神社の境内にある大木は、古くから神聖な存在として扱われてきました。御神木は神霊が宿る木、あるいは神聖な領域を象徴する木として信仰の対象になっています。

丑の刻参りの伝承では、この神木が呪術の舞台として登場します。

國學院大學の鳴海あかり氏の研究では、柳田國男の議論にも触れながら、かつて杉の木に矢を射立てて神に奉る行為があったことが紹介されています。敬神の行為が後世には敵対的な行為として受け取られるようになった可能性も論じられています。

このように、神木と釘を打つ行為の関係には、神への祈願や呪術的な信仰など、複数の背景が考えられます。

ただし、すべての御神木に同じ由来があるわけではありません。御神木を傷つける行為は、信仰の対象や地域の文化財を損なうことにもつながります。

【川へ流す・土に埋める風習】藁人形の身代わりと厄除けの意味

藁人形の民俗的な役割を理解するうえで、重要なのが川へ流す風習と土に埋める風習です。

丑の刻参りのように木に打ち付ける方法だけが、藁人形の扱い方ではありません。日本各地の民俗資料には、人形に病気や災厄を託し、集落の外へ送り出す事例が記録されています。

川へ流すのは災厄を遠ざけるため

川へ人形を流す風習は、形代や撫物(なでもの)の考え方と深く関係しています。

人形に身体をなでる、息を吹きかけるといった行為を通して、穢れや災厄を移し、その人形を水に流して遠ざけるという考え方です。

奈良文化財研究所の解説によると、平城京では人々が病気の原因となる穢れや災いを払うため、木や金属の人形を使用していました。人形に悪気を移し、水に流すという習俗が存在していたのです。

また、国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースには、徳島県で1940年に記録された疫病払いの藁人形の事例もあります。傷寒病にかかった際に「傷寒坊」という藁人形を作り、川へ流すと病気が治ると信じられていたという記録です。

これは、藁人形が単に他人を呪う道具ではなく、病気や災厄を移す対象でもあったことを示しています。

土に埋める風習にも複数の意味がある

藁人形を土に埋める行為も、地域や目的によって意味が異なります。

江戸時代の文学作品『昔話稲妻表紙』には、釘を打った藁人形が箱に入れられ、土中に埋められていたという描写があります。これは呪詛を題材とした物語の中の表現です。

一方、国際日本文化研究センターの民俗資料には、1937年の岐阜県の事例として、田畑の争いに関連して麦わらの人形を田に埋める習俗が記録されています。

さらに1984年の新潟県の伝承記録には、神社の木に打ち付ける例だけでなく、人形を川に流したり土に埋めたりする例も記されています。

このように、土に埋める行為は、呪詛の文脈にも、地域の信仰や災厄を処理する習俗にも登場します。

藁人形の用途と意味を比較

ここまで紹介した資料を整理すると、藁人形と人形信仰の関係は次のようになります。

種類・風習 人形の役割 扱われ方 主な意味
丑の刻参り 呪う相手の形代 神木と釘の伝承 相手への呪詛
形代・撫物 人間の身代わり 身体をなでて水に流す 穢れや災厄の除去
疫病送り 病気の象徴・身代わり 集落の外や川へ送る 疫病の退散
虫送り 害虫や災いを象徴する存在 村境や川へ送り出す 農作物の保護
土中への埋納 呪詛や災厄を託す対象 土中に納める 地域や儀礼によって異なる
国立民族学博物館に残る山形県村山市の藁人形資料

藁人形が民俗文化の一部として記録されていることを示す資料として、国立民族学博物館の所蔵品も注目されます。

同館の標本資料目録には、標本番号H0021635として「藁人形(藁馬)」が登録されています。受入年度は1975年で、資料の寸法は幅48センチ、奥行27センチ、高さ6.3センチ、重量42グラムです。

関連する資料写真の説明では、山形県村山市で1970年代に収集された藁人形として紹介されています。一方、博物館の標本目録そのものでは地域欄が「日本国<使用>」と記載されており、写真の説明と目録の記載には情報の粒度に違いがあります。

重要なのは、この資料が「呪いの道具」として登録されているわけではないことです。藁人形という名称だけで、すべての資料を丑の刻参りと結びつけることはできません。

博物館に収蔵されていること自体が、藁人形が地域の生活や信仰、儀礼を理解するための民俗資料として扱われていることを示しています。

【2026年現在】藁人形の呪いは今も存在する?実際の事件と現状

藁人形の呪いは、単なる昔話として完全に消えたわけではありません。現代でも、藁人形を神社の木に打ち付ける行為や、相手を威嚇する目的で人形を使用する事件が報道されています。

2022年・千葉県松戸市で発生した藁人形事件

現代の事例として広く報じられたのが、2022年6月の千葉県松戸市の事件です。

千葉県警松戸東署は2022年6月15日、松戸市内の神社の神木に藁人形を打ち付けたとして、当時72歳の男性を建造物侵入と器物損壊の疑いで逮捕しました。

報道によると、藁人形の頭部にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領の顔写真が貼られ、胸の部分には「抹殺祈願」などと記された紙が挟まれていました。

また、2022年5月以降、松戸市内の10カ所以上の神社で同様の被害が確認されていたと報じられています。

この事件では、藁人形という古くからの呪術的な象徴が、現代の国際政治に対する抗議や個人の意思表示と結びついていた点も特徴的でした。

逮捕後は不起訴処分になっている

この事件について見落としてはならないのが、その後の司法上の経緯です。

NHKの2022年6月27日の報道によると、逮捕された男性は同日付で不起訴処分となりました。検察は不起訴の理由を公表しておらず、器物損壊については神社側が告訴を取り下げたと伝えられています。

したがって、この事件は逮捕された事実だけを取り上げて有罪事件として扱うことはできません。

2025年にも神職経験者による目撃談が紹介された

2025年12月30日には、神道学者の三橋健氏がPRESIDENT Onlineで、神職として勤務していた時代に神社の御神木に打ち付けられた藁人形を発見した経験を紹介しています。

記事では、境内の神木に人形が打ち付けられていたことや、取り除いた後に再び同じ場所で見つかったことなどが回想されています。

これは神職経験者による過去の目撃談であり、2025年に全国で丑の刻参りが増加したことを示す統計ではありません。ただし、藁人形の呪いが現代の人々にも認識され続けていることを考える材料にはなります。

呪いが実在することと、呪いが効くことは別問題

ここで区別したいのは、藁人形を使った行為が現実に存在することと、その行為によって相手に超自然的な災いが起こることは別だという点です。

前者については、歴史資料や民俗伝承、現代の事件報道によって確認できます。一方、後者については、呪いによって対象者の健康や生命に影響が及ぶという科学的な証拠は確立されていません。

現代に残る藁人形の呪いは、超自然的な力の実証というよりも、人間の怒りや恨み、恐怖、信仰が形になって現れる文化的な現象として捉えることができます。

【噂と事実を検証】藁人形の呪いでよくある5つの誤解

藁人形の呪いには、昔話や怪談、映画、漫画などによって広まったイメージが数多くあります。しかし、民俗資料と照らし合わせると、一般的なイメージと実際の伝承には違いがあります。

誤解1:藁人形は必ず人を呪うために使う

これは大きな誤解です。藁人形には、疫病払い、厄除け、虫送り、身代わりなど、さまざまな用途がありました。呪詛はその一つにすぎません。

誤解2:丑の刻参りは必ず午前2時ちょうどに行う

丑の刻は午前1時から3時までの時間帯です。丑三つ時が午前2時から2時30分ごろに相当するため、両者が混同されやすくなっています。

誤解3:藁人形と五寸釘は古代からセットだった

國學院大學の2024年の研究では、釘を使う呪術と丑の刻参りの伝承、藁人形の使用が段階的に結びついていったことが論じられています。古代の人形による呪詛が、そのまま現代の丑の刻参りだったわけではありません。

誤解4:川へ流す人形もすべて呪いの道具である

川へ流す人形には、穢れや病気を引き受ける形代や、疫病を遠ざけるための送りの儀礼があります。呪詛とは目的が異なります。

誤解5:藁人形を使えば必ず呪いが成立する

呪術の効果が科学的に証明されているわけではありません。伝承に記された願いの成就や祟りの話も、信仰や物語の記録として理解する必要があります。

なお、神社の木に釘を打ち込む行為や、相手の名前を書いた人形を送り付ける行為は、状況によって器物損壊、建造物侵入、脅迫などの法的問題につながります。伝承を調べることと、実際に再現することは明確に分けるべきです。

【藁人形呪いに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:藁人形の呪いで有名な丑の刻参りは何時に行われるものですか?
A1:丑の刻は午前1時から午前3時ごろです。特に丑三つ時は午前2時から2時30分ごろを指します。夜は陰の気が強まるという昔の時間観念や、丑寅の鬼門信仰が背景にあります。

Q2:藁人形を川に流したり土に埋めたりするのはなぜですか?
A2:川へ流す場合は、形代に穢れや病気などを移して遠ざけるという意味があります。土に埋める場合は、呪詛や災厄を人形に託すなど、地域や儀礼によって意味が異なります。すべてが同じ目的ではありません。

Q3:藁人形の呪いは2026年現在も行われていますか?
A3:現代でも藁人形を神社の木に打ち付けた事件や、神職経験者による目撃談が報告されています。ただし、全国的な実施状況を示す統計はなく、一般的な風習として広く行われているとは断定できません。また、呪いの超自然的な効果も科学的に確認されていません。

藁人形の呪いは、丑の刻参りや五寸釘だけで説明できるものではありません。

その背景には、古代から続く形代信仰、病気や災厄を人形に移す祓いの思想、地域社会で行われてきた疫病送りや虫送り、そして江戸時代に形成された丑の刻参りの文化があります。

今回確認した歴史的な流れを整理すると、特に重要なのは次の4点です。

  • 古代:木や草などで作られた人形が、祓いや呪詛の対象として使われていた。
  • 中世:橋姫伝説や謡曲『鉄輪』などを通して、嫉妬や怨念と丑の刻参りのイメージが結びついた。
  • 江戸時代:釘を打つ呪術に人形の要素が加わり、藁人形を使う形式が定着していった。
  • 現代:民俗資料や博物館の収蔵品、事件報道などを通して、その文化的な痕跡が確認できる。

とりわけ注目したいのは、国立民族学博物館に収蔵されている藁人形のように、呪いとは異なる用途を持つ資料が残されていることです。藁人形を一律に恐怖の象徴として扱うと、日本の民俗信仰が持っていた身代わりや厄除けの意味を見落としてしまいます。

藁人形の本質を理解するためには、誰かを呪うための道具という一面的な見方から離れ、人間が災厄や病気、恨みと向き合うために生み出してきた文化的な存在として捉えることが大切です。

2026年以降も、地域に残る藁人形や人形送りの風習、博物館の民俗資料を調べることで、丑の刻参りだけでは見えてこない日本の伝統的な呪術と信仰の実像が明らかになっていくでしょう。

主な参照資料

- 國學院大學・鳴海あかり「いわゆる『丑の刻参り』の完成―妬婦・藁人形・呪釘―」(2024年)
- 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」
- 国立民族学博物館「標本資料目録」
- 奈良文化財研究所「ケガレや災いを払う人形」
- セイコーミュージアム銀座「うしみつ(丑三つ)時」
- 千葉日報・共同通信(2022年6月15日、松戸市の藁人形事件)
- NHK(2022年6月27日、同事件の不起訴処分)
- PRESIDENT Online(2025年12月30日、三橋健氏の神職経験に関する回想)

同じカテゴリの記事

雨宮 理沙
デジタルマーケター 雨宮 理沙
プロフィールを見る →

レーベル公式のリリースとライブ主催者の発表を一次情報とし、セットリストや動員は公式発表で再確認します。

おすすめの関連記事