「誰が通報したのか知られたくない」「近所の人に通報したことが伝わらないか心配」という人にとって、匿名性は大きな問題です。
結論からいえば、匿名による情報提供を受け付けた実例はありますが、すべての自治体で匿名通報が保証されているわけではありません。
匿名通報を受け付けてもらうには?自治体に電話する場合、最初に次のように確認するとよいでしょう。
「生活保護の不正受給が疑われる件について情報提供したいのですが、氏名や住所を明かさずに相談することはできますか」
確認したい項目は次のとおりです。
- 匿名での情報提供を受け付けているか。
- 氏名や電話番号の記入は必須か。
- 提供者の情報はどの部署で管理されるか。
- 対象者や第三者に通報者の情報が伝わる可能性はあるか。
- 追加確認が必要になった場合、匿名のまま対応できるか。
匿名であっても、対象者の情報や疑われる内容が具体的であれば、調査の手掛かりになる可能性があります。
匿名通報が実際の調査につながった事例大阪府河内長野市が2020年2月26日に公表した資料には、匿名の情報提供から不正受給の発覚に至った事例が記載されています。
同市の発表によると、2019年1月に匿名の人物から、受給者が就労収入を得ているとの情報が寄せられました。
その後、市は本人への事実確認を行うとともに、勤務先の事業所に調査を実施。2019年7月には給与台帳を入手し、未申告の就労収入を確認しました。
不正受給額は684万3,840円。市は生活保護法第78条に基づく徴収を決定し、同年11月25日に警察署へ告訴状を提出しました。2020年2月26日には元受給者が詐欺罪で逮捕されています。
この事例から分かるのは、匿名の情報提供でも、その後の行政調査につながる場合があるということです。
ただし、この事例をもって全国の自治体が同じ方法で匿名通報を受け付けると判断することはできません。
生活保護の不正受給通報フォームは全国共通なのか全国一律の専用通報フォームが用意されているわけではありません。
自治体独自の受付制度を利用する必要があります。
千葉市のようにウェブフォームを設けている自治体もありますが、フォームの入力項目や氏名の記載要否は個別に確認してください。千葉市の公式案内は、情報提供者に対して調査状況を回答する制度ではなく、情報を担当部署と共有して必要に応じて調査する仕組みです。
通報者の個人情報は守られる?ここでは、2種類の個人情報を分けて考える必要があります。
通報者の個人情報
通報者の氏名、電話番号、住所などがどのように管理されるかは、受付方法や自治体の取り扱いによって異なります。匿名受付の可否とあわせて確認することが大切です。
通報対象者の個人情報
生活保護を受給しているかどうかや、行政が調査しているかどうかは、個人情報に関わる事項です。
大阪市は、個人情報保護の観点から調査状況や結果について回答できないと案内しています。船橋市も2026年9月3日更新の公式回答で、受給の有無を含む対応の進捗状況を伝えられないと説明しています。
そのため、通報した人が調査結果を必ず知らせてもらえるわけではありません。
匿名性を重視する場合は、情報を提供する前に、通報者情報の取り扱いを担当窓口に確認することが現実的な対応です。
【5】生活保護の不正受給通報後はどうなる?行政調査の流れと実態

通報後、すぐに生活保護が停止されたり、対象者が警察に通報されたりするわけではありません。
福祉事務所は、提供された情報の具体性や信頼性、既存の記録などを踏まえて、調査の必要性を判断します。
通報後の基本的な調査の流れ
情報提供の受付
通報内容、対象者の情報、収入や資産に関する疑いなどを確認します。
情報の整理と調査の必要性の判断
既存の受給情報と照らし合わせ、具体的な確認が必要か検討します。
関係資料や収入状況の確認
必要に応じて課税情報、勤務先への照会、金融機関などへの資料提供依頼を行います。
本人への確認・訪問調査
本人から事情を聞き、収入や生活実態、世帯構成などを確認します。
行政上の判断
不正受給に当たるか、保護費の変更や徴収などが必要かを判断します。
必要に応じて刑事手続きへ
悪質な事案などでは、警察への相談や告訴・告発が検討される場合があります。
生活保護法第28条・第29条には、保護の決定や実施に必要な調査、官公署への資料提供依頼、銀行や雇用主などの関係者への報告要求に関する規定があります。
なお、第28条に基づく立入調査は犯罪捜査のために認められたものではありません。行政上の確認と警察による刑事捜査は、法的な目的が異なります。
不正受給はどのくらい発生している?厚生労働省が公表している生活保護法施行事務監査の実施結果報告では、令和5年度の不正受給件数は次のとおりです。
- 不正受給件数:2万3,786件
- 不正受給金額:約97億3,564万円
- 1件当たりの金額:約40万9,000円
- 告発等:132件
不正受給の内訳を見ると、令和5年度は稼働収入の無申告が1万2,306件で、全体の51.7%を占めています。
特に注目したいのは、不正受給の発見につながったきっかけです。
厚生労働省の同年度の集計では、発見契機の内訳は以下のようになっています。
- 照会・調査:89.9%(2万1,372件)
- 通報・投書:4.9%(1,156件)
- その他:5.3%(1,258件)
出典:厚生労働省「生活保護法施行事務監査の実施結果報告」。構成比は公表値。
この数字から読み取れるのは、通報だけが不正受給を発見する手段ではないということです。
税情報などの照会や行政による調査も、大きな役割を果たしています。
そのため、通報する側が無理に調査を進めたり、独自に対象者を監視したりする必要はありません。具体的な情報を適切な窓口に提供が必要です。
【6】生活保護法78条の返還徴収と85条の罰則は?違いを解説
生活保護の不正受給が認定された場合、生活保護法に基づく費用徴収や刑事罰が問題になります。
ここで理解しておきたいのが、第78条と第85条の違いです。
生活保護法第78条:不正受給した保護費の徴収第78条は、不実の申請やその他の不正な手段によって保護を受けた場合などに適用される規定です。
保護費を支出した自治体の長は、不正受給に当たる費用の全部または一部を徴収できます。
加えて、徴収する金額に対して最大40%に相当する金額を追加徴収できると定められています。
注意したいのは、40%が必ず加算されるわけではないことです。
法律上は40%以下であり、実際の徴収額は行政の判断によって決まります。
生活保護法第85条:刑事罰第85条は、不正な手段で生活保護を受けたり、他人に不正受給をさせたりした場合の罰則を定めています。
2026年11月現在の条文では、次の刑罰が規定されています。
3年以下の拘禁刑
または100万円以下の罰金
生活保護法第85条
2025年6月1日から刑法上の懲役・禁錮は拘禁刑に一本化されており、2026年の現行条文では「拘禁刑」という表記になっています。
第63条の返還と第78条の徴収は別物もう一つ重要なのが、第63条との違いです。
| 法律 | 主な適用場面 | 取り扱い |
|---|---|---|
| 第63条 | 急迫した事情などで、資力があるにもかかわらず保護を受けた場合 | 保護費相当額の全部または一部を返還 |
| 第78条 | 不実の申請や不正な手段による受給 | 保護費の徴収と最大40%以下の追加徴収 |
| 第85条 | 不正な手段による受給など | 拘禁刑または罰金 |
厚生労働省の実務資料でも、第63条は資力がある状態で保護を受けた場合、第78条はいわゆる不正受給を対象とする規定として区別されています。
つまり、収入や資産が後から判明した場合でも、すべてが自動的に第78条の不正受給になるわけではありません。
本人に不正な意図があったのか、どのような経緯で保護費が支給されたのかなど、個別の事情を踏まえて行政が判断します。
通報したら必ず逮捕されるのか?答えは、いいえです。
通報は調査のきっかけであり、犯罪の成立を確定させるものではありません。
行政が事実確認を行い、不正受給と判断した場合でも、すべてのケースで刑事告訴や逮捕に至るわけではありません。
第78条による徴収と第85条による刑事罰も、それぞれ異なる法的手続きです。
【生活保護不正受給の通報】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:生活保護の不正受給は匿名で通報できますか?
A1:匿名で情報提供を受け付けた自治体の実例はあります。ただし、全国共通の匿名通報制度があるわけではありません。受付窓口に匿名での相談が可能か、事前に確認してください。
Q2:証拠がなくても生活保護の不正受給を通報できますか?
A2:具体的な情報があれば、証拠書類がそろっていなくても情報提供の相談はできます。ただし、対象者や疑われる内容を特定できない情報は、調査につながりにくい場合があります。日時、場所、情報を知った経緯などを整理して伝えるとよいでしょう。
Q3:生活保護の不正受給を通報した後、調査結果を教えてもらえますか?
A3:原則として、対象者の受給状況や調査結果などの個人情報は回答されない場合があります。大阪市や船橋市も、個人情報保護の観点から調査の進捗や結果を回答できないと案内しています。
Q4:働いている生活保護受給者を通報すれば不正受給になりますか?
A4:働いていること自体は不正ではありません。就労収入を申告し、収入に応じて保護費が適正に調整されていれば問題ありません。未申告や虚偽申告が疑われる場合は、その具体的な事実を福祉事務所に伝えてください。
Q5:生活保護受給者に同居人がいる場合は不正ですか?
A5:同居人がいるだけでは不正受給とは判断できません。同一の住居で生活し、生計を一つにしているかなど、実際の世帯状況が重要です。届け出ていない世帯員がいる疑いがあれば、具体的な生活実態を伝えましょう。
生活保護の不正受給が疑われる場合、基本的な通報先は対象者の住所地を管轄する福祉事務所です。自治体によっては、生活支援課や社会援護課、専用のオンライン通報フォームでも情報提供を受け付けています。
通報時に押さえておきたい要点は次の5つです。
1. 対象者の居住地を管轄する福祉事務所を確認する。
2. 未申告収入、資産、同居人など、疑われる内容を具体的に整理する。
3. 自分で確認した事実と、推測や伝聞を区別する。
4. 匿名対応や通報者の個人情報の取り扱いを事前に確認する。
5. 調査や処分の判断は行政に委ね、独自の監視や個人情報の公開は行わない。
生活保護制度は、生活に困窮する人の最低限度の生活を保障するための社会保障制度です。不正受給への適切な対応は、制度の公平性を守るうえで欠かせません。
一方で、働いていること、車を所有していること、他人と交流していることだけで不正受給と決めつけることもできません。
通報の目的は、誰かを非難したり処罰を要求したりすることではなく、行政が正確な事実を確認できる情報を提供することです。
2026年も、匿名性や個人情報保護に配慮しながら、福祉事務所の適正な調査につながる具体的な情報提供が求められています。