「ナイツの塙宣之とはなわは、本当に兄弟なの?」と気になっている人は少なくありません。実は、2人は同じ塙姓を持つだけでなく、同じ両親のもとに生まれた実の兄弟です。お笑いタレントのはなわが次男、漫才コンビ・ナイツの塙宣之が三男にあたります。
2026年には、福島県塙町を舞台にしたチバテレの特別番組「はなわ兄弟」で共演。加えて、NHK佐賀でも兄弟旅行番組への出演が確認されています。出生地が埼玉県春日部市と千葉県我孫子市に分かれている理由や、2人が佐賀県で青春時代を過ごした経緯など、意外と知られていない家族の歴史も明らかになっています。
【結論】ナイツ塙宣之とはなわは本当の兄弟!塙家は3人兄弟だった

結論からいえば、ナイツの塙宣之とはなわは、血縁関係のある実の兄弟です。
2人の関係については、2026年2月に塙宣之が自身のYouTubeチャンネル「ナイツ塙会長の自由時間」で家族構成を説明したことが改めて話題になりました。
塙家は3人兄弟で、長男は一般人、次男が芸人のはなわ、三男がナイツの塙宣之という構成です。
はなわの本名は塙尚輝兄のはなわは、1976年7月20日生まれ。本名は塙尚輝(はなわ・なおき)です。所属事務所のケイダッシュステージ公式プロフィールにも、本名として掲載されています。
弟の塙宣之は1978年3月27日生まれ。お笑いコンビ「ナイツ」のボケ担当として知られ、兄とは約1年8か月の年齢差があります。
芸名が「はなわ」と「塙宣之」で異なるため、テレビ番組で2人が並んでいても、兄弟だと気づかない視聴者がいるのも不思議ではありません。
加えて、2人はそれぞれ異なる芸風で活動しています。兄は音楽とお笑いを組み合わせたコミックソングやバラエティー出演、弟は独特の言葉選びを生かした漫才で知られています。
塙家の家族構成は父・母・3人の息子塙家の兄弟構成を整理すると、次のようになります。
- 長男:一般人。芸能活動は公表されていない。
- 次男:塙尚輝。芸名は「はなわ」。
- 三男:塙宣之。お笑いコンビ「ナイツ」のメンバー。
2026年の塙宣之の説明でも、長男は一般の人であり、次男がはなわ、自身が三男であることが語られています。
なお、長男は芸能人ではないため、名前や詳しいプロフィールを兄弟と同じように扱う必要はありません。公に確認できる家族関係と、一般人としてのプライバシーは分けて考えるべきでしょう。
【プロフィール比較】はなわとナイツ塙宣之の経歴・出生地一覧
2人のプロフィールを比較すると、同じ家族でありながら、出生地や芸能活動の方向性が異なることが分かります。
| 比較項目 | はなわ(次男) | 塙宣之(三男) |
|---|---|---|
| 本名 | 塙尚輝 | 塙宣之 |
| 生年月日 | 1976年7月20日 | 1978年3月27日 |
| 年齢(2026年11月時点) | 50歳 | 48歳 |
| 兄弟順位 | 次男 | 三男 |
| 出生地 | 埼玉県春日部市 | 千葉県我孫子市 |
| 公式プロフィールの出身地 | 佐賀県 | 千葉県 |
| 主な活動 | お笑い・歌手・タレント | 漫才師・タレント・漫才協会会長 |
| 所属 | ケイダッシュステージ | マセキ芸能社 |
この比較で特に注目したいのが、出生地とプロフィール上の出身地が必ずしも一致していない点です。
はなわの所属事務所プロフィールでは出身地が佐賀県とされています。一方、塙宣之についてはマセキ芸能社の公式プロフィールで千葉県と記載されています。
これは単純な矛盾ではありません。生まれた場所、幼少期を過ごした場所、本人が故郷として認識している地域、芸能活動で使用するプロフィール上の出身地は、それぞれ異なる意味を持つからです。
特に、塙兄弟の場合は子どもの頃に複数回の引っ越しを経験しており、出生地だけで育った場所を判断できません。
【出身地の違い】はなわは春日部生まれ、塙宣之は我孫子生まれ!佐賀で過ごした理由
兄弟の出身地が異なる理由は、父親の仕事に伴う引っ越しにあります。
2026年2月28日付のスポーツニッポンやデイリースポーツは、塙宣之が自身のYouTubeチャンネルで明かした家族の移住歴を報じています。
兄弟が生まれた場所はそれぞれ違っていた塙家は最初、東京都東村山市で暮らしていました。そこで長男が誕生します。
その後、家族は埼玉県春日部市の武里団地へ転居。ここで生まれたのが次男のはなわです。
さらに千葉県我孫子市にマイホームを購入して引っ越し、そこで三男の塙宣之が誕生しました。
つまり、兄弟3人はそれぞれ異なる場所で生まれています。
1988年、父親の転勤で佐賀県へ塙家の生活を大きく変えたのが1988年です。
父親が証券会社の九州にある子会社で責任者を務めることになり、家族全員で佐賀県へ移住しました。
当時、はなわは小学6年生、塙宣之は小学5年生。2人とも小学校高学年という、多感な時期に佐賀県での生活を始めています。
この引っ越しが、後にはなわの代表曲「佐賀県」につながる重要な出来事となりました。
佐賀県で暮らした期間は兄が約7年、弟が約8年興味深いのは、兄弟が佐賀県で過ごした期間にも違いがあることです。
2026年2月の塙宣之の説明によると、はなわが佐賀県で暮らした期間は約7年間。一方、塙宣之は約8年間でした。
兄のはなわは1995年に高校を卒業し、東京アナウンス学院へ進学しています。そのため、佐賀での生活を終えて東京で芸能活動へ進むことになりました。
弟の塙宣之も佐賀で学生時代を過ごし、地元の高校を卒業後、創価大学へ進学。大学では落語研究会に所属し、後のお笑い活動につながる経験を積みました。
こうして振り返ると、佐賀県は兄弟にとって単なる転居先ではありません。芸人としての人生が始まる前の、人格形成や青春時代を共有した土地だったのです。
【佐賀県の歌の真相】はなわが佐賀出身として知られるようになった理由
はなわの名前を全国に広めた代表作といえば、2003年に発売されたコミックソング「佐賀県」です。
佐賀県の特徴や県民性をユーモラスに取り上げた楽曲で、当時の音楽シーンでも大きな注目を集めました。
2003年「佐賀県」が大ヒット、紅白歌合戦にも出演ビクターエンタテインメントの公式プロフィールによると、「佐賀県」はオリコン週間ランキングで最高5位、推定売上約25万枚を記録しました。
加えて、2003年の第54回NHK紅白歌合戦にも出演。はなわは一躍、全国区の人気タレントとなりました。
この楽曲がヒットしたことで、はなわと佐賀県の結びつきは非常に強くなります。
本人の芸能活動においても佐賀県は重要な看板となり、現在に至るまで地域の魅力を発信する存在として認識されています。
実際の出生地は埼玉県なのに、なぜ佐賀出身なのかここが検索ユーザーにとって最も混乱しやすい部分です。
はなわは埼玉県春日部市で生まれ、その後、千葉県我孫子市を経て佐賀県へ移住しました。出生地だけを基準にすれば埼玉県生まれです。
しかし、佐賀県で高校生活まで過ごし、芸能活動でも佐賀をテーマにした作品で大成功を収めました。
そのため、本人のプロフィールでは佐賀県が出身地として掲載されています。
2024年8月に放送されたフジテレビ系「だれかtoなかい」でも、兄弟は出身地をめぐる話題で共演しました。
このとき、はなわは埼玉県生まれであることを認めながらも、思春期を過ごした佐賀県への愛着を語っています。
弟の塙宣之は千葉県我孫子市出身を公言しており、兄弟間で出身地の捉え方が異なることも笑いに変えていました。
「埼玉県のうた」も手がけたはなわはなわと埼玉県の関係を象徴するもう一つの作品が、2019年に発売された「埼玉県のうた」です。
この楽曲は映画「翔んで埼玉」の主題歌に起用されました。
春日部市生まれという出生地にちなんだ楽曲でもあり、2026年に塙宣之が兄の出生地について説明した際にも、この作品とのつながりが話題になりました。
佐賀県を代表するコミックソングで知られながら、埼玉県をテーマにした楽曲も発表している点は、はなわの経歴を理解するうえで興味深い部分です。
【兄弟エピソード】ナイツ塙の下積み時代を支えた兄・はなわ
兄弟の関係を知るうえで欠かせないのが、塙宣之が売れない時代に経験したエピソードです。
2人はともに芸人を目指しましたが、全国的なブレークを先に果たしたのは兄のはなわでした。
2004年ごろ、兄から芸人を辞めるよう勧められた2023年8月、塙宣之は鬼越トマホークのYouTubeチャンネルに出演し、若手時代の兄との出来事を振り返りました。
当時、ナイツは2000年に結成されていたものの、まだ大きな成功をつかめず、長い下積み生活を送っていました。
一方、兄のはなわは2003年の「佐賀県」のヒットで人気者となり、テレビ出演が急増していました。
そんな2004年ごろ、兄は弟を呼び出し、芸人を辞めることを勧めたといいます。
その際、はなわは自身の後頭部にできた円形脱毛症を見せ、売れることに伴う強いストレスについて弟に伝えました。
これは単純に弟の夢を否定したという話ではありません。先に成功した兄が、芸能界の厳しさを身をもって知り、弟が同じ世界で生きていけるのかを心配した出来事として紹介されています。
それでも塙宣之は芸人を続ける道を選び、その後、ナイツの「ヤホー漫才」で人気を獲得しました。
売れた兄と売れない弟の間にあったお金のエピソード2018年に放送された日本テレビ系「誰だって波乱爆笑」では、兄弟の金銭にまつわる思い出も紹介されました。
「佐賀県」がヒットした当時、塙宣之は兄の銀行口座に見たことのない金額が入っていることに驚いたそうです。
弟が5000円を借りると、兄は気軽に貸してくれることが続いていました。しかし、あるとき10万円を借りようとしたところ、はなわは金額の大きさを理解しているのかと弟を叱ったといいます。
はなわは、真面目な弟がお金の使い方を誤らないようにという思いから叱ったことを説明しています。
このエピソードからも、単に仲が良いだけではなく、兄が弟の将来を心配し、必要なときには厳しい態度を取っていたことが伝わります。
兄弟それぞれが異なる時期に売れたからこそ、芸能界の厳しさや成功の重みを共有できる関係なの可能性があります。
【2026年最新】チバテレ特番「はなわ兄弟」で福島県塙町に共演
2026年の兄弟関係を語るうえで外せないのが、千葉テレビ放送(チバテレ)の特別番組「はなわ兄弟」です。
2026年2月19日の日刊スポーツの報道で番組出演が発表され、兄弟が福島県塙町でロケを行ったことが明らかになりました。
チバテレ「はなわ兄弟」の放送日・番組内容番組の放送情報は次のとおりです。
- 番組名:はなわ兄弟
- 放送局:千葉テレビ放送(チバテレ)
- 初回放送:2026年3月7日(土)19時
- 再放送:2026年3月14日(土)18時30分
- 出演者:はなわ、ナイツ塙宣之
- ロケ地:福島県東白川郡塙町
チバテレの公式番組表にも、3月7日19時から「はなわ兄弟」が掲載されています。再放送についても3月14日18時30分の放送が確認できます。
番組終了後はチバテレ公式YouTubeチャンネルでの配信も案内されていました。
なぜ福島県塙町がロケ地に選ばれたのか最大の見どころは、兄弟の名字と同じ「塙」という名前を持つ福島県塙町を訪れたことです。
同じ名前の町を兄弟で巡るという企画には、偶然の面白さと地域観光の魅力を組み合わせた狙いがあります。
ロケはJR水郡線の磐城塙駅からスタートしました。
その後、観光協会で町の歴史や特徴を聞き、塙代官所跡や町中を散策。さらに道の駅はなわでは地元の名産品やグルメを楽しみました。
奥久慈塙蒸留所では酒蔵見学や試飲も行い、塙町の焼酎の魅力に触れています。
兄弟が制作した「塙町の歌」にも注目番組の大きな見どころとなったのが、兄弟によるオリジナル楽曲の制作です。
旅の最後には、2人が塙町をテーマにした「塙町の歌」を制作し、町民の前で披露しました。
音楽を得意とする兄のはなわと、漫才で言葉を操る弟の塙宣之。2人の異なる個性が一つの作品にまとまる企画です。
2026年1月16日には、福島県塙町の湯遊ランドはなわで「塙町スペシャルティータイム:はなわ兄弟による塙町ソング即興披露会」も開催されました。
塙町地域創生事業推進協議会の告知によると、このイベントでは町産のセージハーブティーの試飲とともに、兄弟が塙町の歌を披露する企画が実施されました。
つまり、2026年の塙町との関わりはテレビ番組のロケだけではありません。地域イベントにも参加し、音楽を通じて町の魅力を伝える活動につながっていました。
なお、ケイダッシュステージの公式出演履歴には、3月27日のNHK佐賀「はなわ&ナイツ塙の兄弟旅行」も掲載されています。2026年はチバテレだけでなく、佐賀県に関連する兄弟番組への出演も続きました。
【2026年現在の活動】はなわとナイツ塙宣之はそれぞれ何をしている?
兄弟での共演が話題になる一方、2人は現在もそれぞれの得意分野で芸能活動を続けています。
はなわは音楽・テレビ・ラジオ・YouTubeで活動はなわは、歌手活動とバラエティー出演を両立するタレントです。
所属事務所の2026年出演情報では、日本テレビ系「有吉ゼミ」、チバテレ「はなわのシャカリキ!」、メ~テレの番組などへの出演が確認できます。
ラジオではNACK5「FAV FOUR」などに出演。YouTubeでは「はなわチャンネル」を通じて、音楽や日常の話題を発信しています。
また、「佐賀県」だけでなく「埼玉県のうた」や家族を題材にした楽曲など、音楽活動の幅も広がっています。
ナイツ塙宣之は漫才協会会長としても活躍弟の塙宣之は、漫才コンビ・ナイツとしての活動に加え、漫才界を支える立場でも仕事をしています。
2023年から漫才協会の会長を務め、M-1グランプリの審査員としても知られています。
ナイツは2008年から2010年までM-1グランプリで3年連続決勝進出。2011年のTHE MANZAIでは準優勝を果たしました。
2026年もTBSラジオ「土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送」やニッポン放送「ナイツ ザ・ラジオショー」などに出演し、漫才以外の活動も継続しています。
また、塙宣之は漫才協会の運営や若手芸人の育成にも取り組んでおり、単なる人気芸人にとどまらない役割を担っています。
兄弟共演が持つ2026年の意味2026年の「はなわ兄弟」は、兄弟であることを改めて紹介するだけの番組ではありません。
兄は音楽を使った地域発信、弟は漫才で培ったトーク力と進行力を生かすことで、それぞれの専門性が自然に組み合わさっています。
しかも、福島県塙町という地域を舞台にすることで、芸能人の家族関係を紹介する企画から、観光や地域活性化を伝える番組へと広がっています。
兄弟の共通点である「塙」という名字を入り口に、佐賀県、埼玉県、千葉県、福島県という複数の地域が結びついている点も興味深いところです。
今後も兄弟それぞれの個人活動を軸にしながら、音楽や旅番組などでの共演が期待されます。
【ナイツ塙とはなわの兄弟関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ナイツの塙宣之とはなわは本当の兄弟ですか?
A1:はい、実の兄弟です。はなわが次男で、本名は塙尚輝。ナイツの塙宣之が三男です。2人の間には一般人の長男がいます。
Q2:はなわと塙宣之はどちらが兄ですか?
A2:はなわが兄です。1976年7月20日生まれで、弟の塙宣之は1978年3月27日生まれです。約1年8か月の年齢差があります。
Q3:はなわは佐賀県生まれではないのですか?
A3:出生地は埼玉県春日部市です。父親の転勤によって佐賀県へ引っ越し、約7年間生活しました。芸能活動では佐賀県を出身地として紹介しており、代表曲「佐賀県」のヒットによって佐賀との結びつきが全国的に知られるようになりました。
Q4:ナイツ塙宣之の出身地はどこですか?
A4:千葉県我孫子市です。公式プロフィールでも千葉県出身とされています。小学5年生のときに家族で佐賀県へ引っ越し、約8年間暮らしました。
Q5:2026年の「はなわ兄弟」はいつ放送されましたか?
A5:チバテレでは2026年3月7日(土)19時に初回放送され、3月14日(土)18時30分に再放送されました。福島県塙町を兄弟で巡り、町の魅力やグルメを紹介する番組です。
Q6:2026年も兄弟でテレビ出演していますか?
A6:はい。チバテレの「はなわ兄弟」のほか、NHK佐賀の「はなわ&ナイツ塙の兄弟旅行」への出演も所属事務所の公式出演履歴に掲載されています。
ナイツの塙宣之とはなわは、同じ塙家に生まれた実の兄弟です。はなわが次男、塙宣之が三男で、2人の間には一般人の長男がいます。
兄弟の出生地が異なるのは、父親の仕事に伴って家族が転居したためです。はなわは埼玉県春日部市、塙宣之は千葉県我孫子市で生まれ、その後、1988年に家族で佐賀県へ移住しました。
はなわは2003年の「佐賀県」の大ヒットで全国的な知名度を獲得。弟の塙宣之もナイツとして漫才界で成功し、現在は漫才協会会長として活動しています。
そして2026年には、福島県塙町を舞台にしたチバテレ特番「はなわ兄弟」で共演。兄弟で町を巡り、オリジナル楽曲「塙町の歌」を披露するなど、2人ならではの企画が実現しました。
兄弟関係を正しく理解するための要点は、出生地と出身地を区別すること、そして2人が別々の芸能活動を続けながら実の兄弟として共演していることです。
佐賀県で過ごした青春時代、芸人としての成功、互いを思いやる兄弟エピソード。こうした背景を知ると、2026年の「はなわ兄弟」という番組も、単なる兄弟旅とは違った魅力を持って見えてきます。
主な参照資料・報道: ケイダッシュステージ公式プロフィール、マセキ芸能社公式プロフィール、ビクターエンタテインメント、スポーツニッポン、日刊スポーツ、チバテレ公式番組表、福島県塙町の公式告知資料。