24時間テレビのチャリティーマラソンは、1992年に初代ランナーの間寛平が挑戦して以来、34年以上にわたって続く看板企画です。歴代ランナーには、間寛平、イモトアヤコ、はるな愛、ヒロミ、やす子、SUPER EIGHTの横山裕など、幅広いジャンルの著名人が名を連ねています。2026年8月29日・30日に放送された第49回では、俳優の星野真里がランナーを務め、80kmを完走。加えて、星野の思いから生まれた「できた!を増やす子ども募金」は、10月26日の公式発表で4億1,224万6,566円に達しました。
一方、歴代最長距離の600kmを走った間寛平の挑戦は、実際には7日間にわたる特別企画です。24時間以内の最長記録は別に存在します。また、マラソンの距離の決め方、ワープ疑惑ややらせ疑惑、寄付金の具体的な使い道など、視聴者が気になる問題も少なくありません。1992年から2026年までの歴史を振り返りながら、最新の募金実績と企画の実態を整理します。
【2026年最新】24時間テレビのマラソンは星野真里が80kmを完走!

2026年の『24時間テレビ49 愛は地球を救う』は、8月29日・30日に放送されました。今回のチャリティーマラソンランナーに選ばれたのは、俳優の星野真里です。
番組のテーマは「わたしの家族の話~あなたは誰を想う?~」。星野は、自身の経験を通じて、障がいの有無にかかわらず、すべての子どもが自分の可能性を広げられる社会を目指すという思いを伝えました。
星野真里の走行距離は80km!ゴールは8月30日午後8時42分星野は8月29日午後8時53分ごろ、神奈川県横浜市の日産スタジアムからスタートしました。目指したのは、東京・両国国技館に設けられたゴールです。
翌30日午後8時42分、星野は予定されていた80kmを走破して完走しました。スタートからゴールまでは約23時間49分です。
ゴール直前には、客席で待っていた娘の姿を見つけ、ゴールテープより先に娘のもとへ駆け寄って抱き合いました。親子の抱擁は今回のマラソンを象徴する場面となりました。
日刊スポーツなどの報道によると、星野は完走後、無事にゴールできたことへの安堵を語っています。2日目の昼ごろには膝が思うように動かなくなるほどの痛みも感じていたと明かしました。
星野真里が走る理由と「できた!を増やす子ども募金」今回の企画の背景には、星野が2024年に公表した長女の先天性ミオパチーがあります。先天性ミオパチーは、生まれつき筋肉に異常があり、筋力の低下などが生じる難病です。
星野は、娘が電動車いすを利用するようになったことで、それまで難しかったことが実現できるようになった経験を大切にしてきました。
その経験をより多くの子どもたちに広げたいという願いから設けられたのが、目的別募金の「できた!を増やす子ども募金」です。
単にランナーが長距離を走ることだけを目的とするのではなく、子どもたちが自分の意思で行動し、挑戦できる環境を支えることに重点が置かれました。
星野の挑戦は、従来の個人ランナーによるチャリティーマラソンに、具体的な子ども支援という目的を結びつけた企画として注目されました。
【歴代一覧】1992年の間寛平から2026年の星野真里まで走行距離を比較
24時間テレビのマラソン企画が始まったのは1992年の第15回です。番組自体は1978年に始まっていますが、初期の放送には現在のようなチャリティーマラソンはありませんでした。
初代ランナーを務めたのは間寛平です。その後、芸人、俳優、アイドル、アナウンサー、スポーツ選手など、さまざまな分野からランナーが選ばれてきました。
1992年~2026年の歴代ランナーと走行距離一覧以下は、各年の主な走者と公表された走行距離を整理した一覧です。リレーや複数人による企画は、個人の走行距離ではなくチーム全体の合計を記載しています。
| 年 | 歴代ランナー | 走行距離・形式 |
|---|---|---|
| 1992年 | 間寛平 | 153km・途中終了 |
| 1993年 | 間寛平 | 200km |
| 1994年 | ダチョウ倶楽部 | 100km・グループ企画 |
| 1995年 | 間寛平 | 約600km・7日間 |
| 1996年 | 赤井英和 | 100km |
| 1997年 | 山口達也 | 100km |
| 1998年 | 森田剛 | 100km |
| 1999年 | にしきのあきら | 110km |
| 2000年 | トミーズ雅 | 150km |
| 2001年 | 研ナオコ | 85km |
| 2002年 | 西村知美 | 100km |
| 2003年 | 山田花子 | 110km |
| 2004年 | 杉田かおる | 100km |
| 2005年 | 丸山和也 | 100km |
| 2006年 | アンガールズ | 100km・2人で挑戦 |
| 2007年 | 萩本欽一 | 70km |
| 2008年 | エド・はるみ | 113km |
| 2009年 | イモトアヤコ | 126.585km |
| 2010年 | はるな愛 | 85km |
| 2011年 | 徳光和夫 | 63.2km |
| 2012年 | 佐々木健介・北斗晶ファミリー | 合計120km・リレー |
| 2013年 | 大島美幸 | 88km |
| 2014年 | 城島茂 | 101km |
| 2015年 | DAIGO | 100km |
| 2016年 | 林家たい平 | 100.5km |
| 2017年 | ブルゾンちえみ | 90km |
| 2018年 | みやぞん | 合計161.55km・トライアスロン |
| 2019年 | 近藤春菜・よしこ・水卜麻美・いとうあさこ | 合計148.78km・駅伝 |
| 2020年 | チームQ・高橋尚子ほか5人 | 合計236km・募金ラン |
| 2021年 | 岸優太・城島茂ほか | 合計約100km・募金リレー |
| 2022年 | 兼近大樹 | 100km |
| 2023年 | ヒロミ | 102.3km |
| 2024年 | やす子 | 81km |
| 2025年 | 横山裕 | 105km |
| 2026年 | 星野真里 | 80km |
※1992年の153kmは予定されていた200kmに届かず、途中で終了した際の走行距離です。1995年の600kmは7日間の特別企画であり、通常の24時間マラソンとは条件が異なります。2018年は水泳1.55km、自転車60km、ランニング100kmの合計。2020年・2021年も通常の単独走とは異なる形式です。
歴代ランナーの記録は、日本テレビの番組情報やマイナビニュース、日刊スポーツなどの報道をもとに整理しています。資料によって距離の丸め方や企画の集計方法に違いがあるため、単独走とチーム合計は区別して見る必要があります。
歴代ランナーの顔ぶれから見える企画の変化1990年代は間寛平を中心に、100kmを大きく超える距離への挑戦が目立ちました。2000年代には、トミーズ雅の150kmやイモトアヤコの126.585kmなど、芸能人の意外な体力や挑戦する姿が注目されました。
2010年代に入ると、単独走だけでなく家族リレーや駅伝、トライアスロンなど、参加者や競技形式を広げる試みが増えます。
2020年・2021年は新型コロナウイルス感染症の影響を受け、公道を使わない募金ランや募金リレーが実施されました。
そして2024年以降は、マラソンで集めた寄付を特定の子ども支援に結びつける目的別募金が前面に出ています。2026年の星野真里による企画は、その流れを引き継いだものです。
【最長記録は誰?】600kmの間寛平と24時間以内の200kmを徹底比較
24時間テレビのマラソンで最長距離を検索すると、必ず名前が挙がるのが間寛平です。ただし、600kmという数字だけを見て、24時間で600km走ったと理解するのは誤りです。
1992年:初代ランナー間寛平は153kmで途中終了1992年、第15回の24時間テレビで初代チャリティーマラソンランナーを務めたのが間寛平でした。
当初の予定は約200km。新潟県の苗場方面から東京の日本武道館を目指す企画でした。
ところが、初回は走行予定のコースを事前に公開していたため、沿道に観客が殺到。車や自転車で追いかける人も現れ、交通や安全面で問題が生じました。
その結果、間寛平は153km地点で途中終了となりました。これが歴代マラソンで特に知られる最初の大きなトラブルです。
この経験を受け、翌年以降はコースを原則として事前公開しない方式へと変わっていきました。
1993年:200kmを走り切りリベンジに成功翌1993年、間寛平は再びランナーに選ばれました。前年に果たせなかった200kmへの挑戦です。
そして今回は、目標だった200kmを完走。24時間テレビのマラソン史において、24時間以内の単独走行として最長の記録となっています。
この200kmという記録は、単に距離が長いだけでなく、前年の途中終了を乗り越えた再挑戦という意味でも重要です。
1995年:阪神・淡路大震災の復興を願った600km間寛平のもう一つの伝説的な記録が1995年です。
この年は阪神・淡路大震災が発生した年でした。被災地を応援する思いを込め、間寛平は神戸から東京の日本武道館まで約600kmを走る企画に挑戦しました。
走行期間は7日間。通常の番組放送時間内に走り切る100km前後のチャリティーマラソンとは、企画の性格そのものが異なります。
そのため、最長距離を正確に整理すると、次のようになります。
- 24時間テレビ全体の歴代最長距離:1995年・間寛平の約600km(7日間)。
- 24時間以内の単独走行最長距離:1993年・間寛平の200km。
- 女性単独ランナーの最長距離:2009年・イモトアヤコの126.585km。
- 最短の単独走行距離:2011年・徳光和夫の63.2km。
歴代のランナーを振り返る際には、完走したかどうかと、番組放送時間内にゴールしたかどうかを分ける必要があります。
例えば2007年の萩本欽一は70kmを走り切りましたが、ゴールは放送終了後でした。2009年のイモトアヤコも126.585kmを走破したものの、ゴールの中継は番組終了後に行われています。
2013年の大島美幸も88kmを完走しましたが、ゴールは放送時間を過ぎていました。
つまり、放送終了時点でゴールしていないことと、マラソンそのものを完走できなかったことは同じではありません。1992年の間寛平のような途中終了と、放送終了後のゴールは明確に区別されます。
【距離の決め方】24時間テレビのマラソンはなぜ80kmや100kmになる?
歴代ランナーの距離を見ると、100km前後が多い一方、60km台から150km以上まで大きな差があります。
では、チャリティーマラソンの距離はどのように決められているのでしょうか。
ランナーの体力や年齢、トレーニング状況が判断材料距離の設定に関しては、ランナーの年齢、体力、運動経験、健康状態、トレーニング状況などが考慮されます。
全員に同じ100kmを課す方式ではありません。実際に、70歳で挑戦した徳光和夫は63.2km、66歳で挑戦した萩本欽一は70kmでした。
一方、長距離走に慣れていたイモトアヤコは126.585km、間寛平は200kmという距離に挑んでいます。
なお、ランナーごとの距離を算出する統一された公式計算式は公表されていません。個人の体力だけでなく、コースの安全管理や放送進行なども関係する企画です。
2026年の星野真里は約400kmの練習を積んで本番へ星野真里の練習過程は、長距離マラソンが本番だけの努力で成立するものではないことを示しています。
星野は本格的なチーム練習に合流した当初、約3kmを走っては歩くところから始め、少しずつ距離を延ばしました。
7月下旬には30kmを超える練習にも挑戦。本人が9月に明かした内容によると、ゴールデンウイーク明けからのチーム練習は19回、総走行距離は130km以上で、自主練習を含めると約400kmに達していました。
また、2025年の横山裕も本番に向けて週5回ほど、8~10kmを走る習慣があり、練習合宿では44kmのウルトラマラソン形式のトレーニングに挑戦しています。
日本テレビの公式インタビューでは、101km以上を目指すため、坂道などの厳しい区間を集中的に取り入れた練習コースが設定されていたことも紹介されました。
こうした事例から、距離の設定は単純な年齢別の基準ではなく、ランナー本人の能力と事前準備を踏まえた個別設計であることが分かります。
企画形式も単独走からリレー、募金ランへ変化24時間テレビのマラソンは、毎年必ず一人が100kmを走るという企画ではありません。
2012年は佐々木健介・北斗晶ファミリーによる家族リレー、2019年は4人の駅伝形式、2020年はチームQによる募金ランでした。
2018年のみやぞんは、水泳・自転車・ランニングを組み合わせたトライアスロンに挑戦しています。
この変化は、単に走行距離を競うのではなく、参加する人の特徴や、その年に伝えたいチャリティーの目的に合わせて企画を設計する方向へ進んできたことを表しています。
【2026年募金額】子ども募金4億1,224万円の使い道と支援実績
2026年のマラソンを語るうえで、80kmの完走と同じくらい重要なのが募金実績です。
公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会は、2026年10月26日に第49回の寄付金状況を公表しました。
2026年の「できた!を増やす子ども募金」は4億円超え10月26日の公式発表によると、2026年6月1日から9月30日までの4か月間に寄せられた寄付金総額は、15億5,436万6,256円でした。
このうち、星野真里のマラソン企画に関連する「できた!を増やす子ども募金」は、4億1,224万6,566円です。
募金額は番組終了時点の数字から増加しています。集計時期による違いを整理すると、次のようになります。
- 2026年8月30日・番組終了時点:3億8,054万8,400円。
- 2026年9月11日時点:4億1,195万1,216円。
- 2026年10月26日発表・9月30日までの集計:4億1,224万6,566円。
これらは集計時点の異なる数字であり、単純に別々の募金として合算するものではありません。
また、2026年の寄付金総額15億5,436万6,256円は、現段階では歴代暫定4位です。チャリティー委員会の決算終了後、2027年7月初旬に最終確定する予定とされています。
寄付金はどのような支援に使われる?今回の子ども募金は、星野の思いを形にする子どもの支援に全額を使用すると発表されています。
具体的な支援事例として、2026年10月31日に放送された『24時間テレビ49 アフターストーリー 寄付金の使い道』では、脊髄性筋萎縮症の子どもへの移動支援機器の贈呈が紹介されました。
支援を受けたのは、人工呼吸器と車いすを使って生活する久島朱絆さんです。
贈られたのは「キャリーロコ」という移動支援機器。小児用バギーに取り付けることで、電動で移動できるようになります。
それまで友達と一緒に遊ぶことが難しかった朱絆さんは、この機器によって自分の意思で動くことができ、人生で初めて「だるまさんが転んだ」に参加しました。
これは、募金の目的である「できた!」を実際の生活の中で実現した事例です。
家族旅行やバリアフリー環境への支援も計画同番組では、東京都江戸川区の医療的ケアが必要な子どもたちを支える施設「ここね篠崎」への取材も行われました。
医療的ケアを必要とする子どもと家族にとって、外出や旅行は簡単ではありません。受け入れ体制や移動手段、施設の設備など、複数の条件が整わなければ実現が難しいためです。
そこで、24時間テレビでは、障がいのある子どもと家族が安心して出かけられる家族旅行体験の贈呈や、子どもたちの活動範囲を広げるためのバリアフリー化支援を計画しています。
このように、支援の対象は電動車いすなどの機器だけではありません。外出、遊び、教育、家族との体験など、子どもが生活の中で選べることを増やす取り組みも含まれています。
募金が集まったというニュースだけでなく、実際に誰の生活がどう変わったのかを伝えることが、チャリティー企画の価値を判断するうえで大切です。
【ワープ疑惑・やらせ疑惑】24時間テレビのマラソンは本当に走っている?
24時間テレビのマラソンには、長年にわたってワープ疑惑ややらせ疑惑がつきまとっています。
特に、放送終了間際にゴールする展開や、途中経過の距離表示と実際の到着時刻の関係が、視聴者の疑問を招いてきました。
ワープ疑惑が生まれたきっかけは2002年の西村知美ワープ疑惑が大きく話題になった事例の一つが、2002年の西村知美です。
当時、残り約30kmとされていた距離が短時間で大きく縮まったことから、非常に速いペースで走ったのではないかという疑問が浮上しました。
その後も、ランナーが車で移動したのではないか、途中で別の人と交代したのではないかといった話が繰り返し登場しています。
ただし、疑惑が報道されたことと、不正な移動が実際に行われたことは別問題です。過去の追跡活動でも、2003年から2010年の8回について、追跡者側はワープを確認していないと説明しています。
2024年のやす子にも浮上した疑惑2024年のランナーは、やす子でした。この年は台風の接近を受け、当初の予定からコースが変更されました。
最初は日産スタジアムの400mトラックを75周して30kmを走り、その後、東京・両国国技館を目指す51kmのロード区間に移行する方式でした。
合計81kmを完走したものの、放送終了間際のゴールや走行時間をめぐって、YouTubeなどで検証動画が公開され、疑問の声も広がりました。
一部メディアが日本テレビに問い合わせたものの、当時の取材期限までに具体的な回答が得られなかったと報じています。
この問題で重要なのは、番組の進行に合わせた休憩や時間管理が存在することと、走行そのものが不正だったという主張を混同しないことです。
2026年の星野真里にも車移動疑惑が浮上2026年も、星野真里が80kmを完走した後、SNSなどで車移動を疑う声が出ました。
その背景には、走行距離を100kmと誤解し、残り時間と残り距離が合わないと考えた人がいたことがあります。
しかし、日刊スポーツやスポニチなどの報道では、星野の走行距離は80kmとされています。実際、18時台には約70kmを超えており、ゴールまで残り約10kmという進捗でした。
この数字を基準にすれば、午後8時42分のゴールは不自然な時間ではありません。
一方、今回の企画では、別の角度からの批判も起きています。
2026年は迂回ルートと休憩時間が議論に2026年9月、YouTubeチャンネル「三納物語」が星野のマラソンを検証する動画を公開しました。
Smart FLASHの報道によると、日産スタジアムから両国国技館までの最短経路は約28kmである一方、番組で設定された走行距離は約80kmでした。
検証動画では、星野が川崎市の生田スタジオ方面へ向かった後、大きく迂回する区間があったことや、約2時間の休憩があったことなどが取り上げられました。
また、検証者自身が逆方向から歩いて移動したところ、星野のゴールより約7時間早く日産スタジアムに到着したと報告しています。
この結果から、一部では「24時間マラソンというより、番組のゴール時刻に合わせた長距離企画ではないか」という批判が出ました。
ただし、最短ルートの所要時間と、番組が設定した80kmのコースを走る時間は同じ条件ではありません。途中の休憩や番組収録施設への立ち寄りも含め、コース設計そのものに疑問を持つ声が出たというのが今回の議論の本質です。
車に乗って移動したことを裏付ける確かな証拠が公表されたわけではありません。一方で、ルートの設定や休憩の取り方について、視聴者が納得できる説明を求めることには合理性があります。
やらせ疑惑と番組への評判をどう考えるべきか24時間テレビのマラソンに対する評価は、大きく分けると二つの方向に分かれます。
一つは、著名人が長距離に挑戦する姿を通じて、障がい者支援や子ども支援への関心が高まることを評価する見方です。2026年の星野真里の挑戦や、2025年の横山裕による子ども支援マラソンは、その代表例です。
もう一つは、ゴールの時間を番組のクライマックスに合わせる構成や、長時間の休憩、迂回ルートなどに対して、演出が強すぎるのではないかと疑問を持つ見方です。
加えて、2023年11月には日本海テレビの元幹部社員が、2014年から2023年にかけて24時間テレビの寄付金264万6,020円を含む資金を着服していた問題が発覚しました。
日本海テレビは2026年1月15日、刑事裁判の終結と、着服された寄付金の全額をチャリティー委員会に届けたことを公表しています。
この不祥事はマラソンの走行実態とは別の問題ですが、番組全体への信頼に影響したことは否定できません。
チャリティー委員会は、寄付金の管理規約の見直しや外部弁護士によるモニタリングなど、再発防止策を進めています。
したがって、番組の評価では、ランナーが実際に走ったかどうか、企画の演出が適切か、寄付金が適切に管理・使用されているかという三つの問題を分けて考える必要があります。
【2025年から2026年へ】横山裕105kmから星野真里80kmへの変化
2025年と2026年のマラソンを比較すると、近年の24時間テレビが子ども支援を企画の中心に据えていることが分かります。
2025年はSUPER EIGHT横山裕が105kmを完走2025年の第48回でランナーを務めたのは、SUPER EIGHTの横山裕です。
横山は8月30日から31日にかけて105kmを走り、31日午後8時45分に両国国技館でゴールしました。
この年の企画は「子ども支援マラソン」。横山自身の家庭環境や子ども時代の経験を背景に、支援を必要とする子どもたちのための募金を呼びかけました。
ゴール後には、亡き母への思いを口にし、弟たちや応援してくれた人々への感謝を伝えました。
横山の105kmは、2010年以降の単独ランナーとしては長い距離に当たります。前年の城島茂の101kmを超える挑戦でもありました。
2024年やす子から続く子ども支援の流れ子ども支援を目的とした募金企画は、2024年のやす子による「マラソン児童養護施設募金」から特徴が強まりました。
やす子は自身が高校時代にお世話になった児童養護施設への恩返しとして企画を提案。全国600か所以上の児童養護施設を支援する目的で募金を呼びかけました。
2025年は横山裕による「子ども支援マラソン」、2026年は星野真里による「できた!を増やす子ども募金」と、支援対象やメッセージは少しずつ変化しています。
共通しているのは、ランナー個人の挑戦をきっかけに、子どもたちの生活環境や将来の可能性に目を向けてもらうという構造です。
マラソン企画の意義を評価する際には、走行距離やゴールの瞬間だけでなく、その後の支援がどのような形で実現したかを見ることが欠かせません。
【プロの結論】24時間テレビのマラソンを正しく評価する3つの視点
1992年から2026年までの歴史を振り返ると、24時間テレビのマラソンは、単なる長距離走から、社会的なメッセージと目的別募金を組み合わせた企画へと変化してきました。
その一方、テレビ番組としての演出と、チャリティー活動としての透明性をどう両立させるかという課題は残っています。
1. 走行距離と完走時間を混同しない600kmの間寛平、200kmの間寛平、126.585kmのイモトアヤコなど、歴代記録は非常に幅広いものです。
しかし、600kmは7日間の企画であり、200kmは24時間以内の単独走行記録です。リレーやトライアスロンの合計距離も、個人のランニング距離と同じ基準では比較できません。
記録を比較するときは、単独走、リレー、募金ラン、トライアスロンという形式を確認することが基本です。
2. ワープ疑惑と番組演出を区別する放送時間に合わせた進行管理や休憩時間の設定は、テレビ番組としての運営に関わる問題です。一方、車移動や影武者の使用といった不正疑惑には、それを裏付ける証拠が必要です。
視聴者が確認すべきなのは、距離表示の意味、スタートとゴールの時刻、コース設定、公式発表、第三者の検証結果が整合しているかどうかです。
疑問を持つことと、証拠のない不正を断定することは別です。
3. 寄付金額だけでなく実際の支援成果を見る2026年の「できた!を増やす子ども募金」は4億1,224万6,566円に達しました。しかし、金額の大きさだけでチャリティーの成功を判断することはできません。
実際にどのような支援機器が贈られたのか、誰の生活が変わったのか、家族の外出や教育環境の改善につながったのかまで確認する必要があります。
2026年10月31日に紹介されたキャリーロコの贈呈事例は、募金が子どもの具体的な体験につながったことを示す一例です。
今後は、募金額の発表と同じくらい、寄付金の配分や支援成果を継続して公表することが大切です。
【よくある質問】24時間テレビのマラソンに関するFAQ
Q1:24時間テレビの初代マラソンランナーは誰ですか?
A1:1992年の第15回で初代ランナーを務めたのは間寛平です。予定していた200kmに対して、実際には153km地点で途中終了しました。
Q2:24時間テレビのマラソンで歴代最長距離を走ったのは誰ですか?
A2:1995年の間寛平です。阪神・淡路大震災の復興を願い、神戸から東京まで約600kmを7日間で走りました。24時間以内の単独走行では1993年の200kmが最長です。
Q3:2026年の24時間テレビで走ったランナーは誰ですか?
A3:俳優の星野真里です。2026年8月30日午後8時42分に80kmを完走しました。
Q4:2026年の星野真里のマラソン募金はいくら集まりましたか?
A4:2026年10月26日の公式発表では、「できた!を増やす子ども募金」が4億1,224万6,566円です。2026年9月30日までの集計で、最終的な寄付金総額は2027年7月初旬に確定する予定です。
Q5:24時間テレビのマラソンの距離はどうやって決めるのですか?
A5:ランナーの年齢、体力、運動経験、健康状態、トレーニング状況などを考慮して設定されます。全員に100kmを課す方式ではありません。
Q6:24時間テレビのマラソンにワープや車移動の証拠はありますか?
A6:過去から車移動を疑う声はありますが、疑惑だけで不正走行が証明されたわけではありません。2026年もコースの迂回や休憩時間が議論になりましたが、車移動を裏付ける確かな証拠が公表されたわけではありません。
Q7:2025年の横山裕は何km走りましたか?
A7:SUPER EIGHTの横山裕は2025年に105kmを走破し、8月31日午後8時45分にゴールしました。子ども支援を目的とした募金マラソンでした。
24時間テレビのチャリティーマラソンは、1992年の間寛平による挑戦から始まり、2026年の星野真里まで、多くのランナーが参加してきました。
歴代最長の約600kmを走ったのは1995年の間寛平ですが、24時間以内の単独走行最長記録は1993年の200kmです。近年は100km前後を基本としながら、駅伝や募金ラン、子ども支援など、企画の形も多様化しています。
2026年の星野真里は80kmを完走し、「できた!を増やす子ども募金」は4億1,224万6,566円に到達しました。寄付金によって移動支援機器を受け取った子どもが、初めて友達と遊びに参加できたという事例も紹介されています。
一方、ワープ疑惑やコース設計への批判、寄付金管理への信頼回復など、番組が向き合うべき課題も残っています。
24時間テレビのマラソンを評価するうえで大切なのは、何km走ったかだけではありません。ランナーの安全、企画の透明性、集まった寄付金の使い道、そして支援を受けた人々の生活にどのような変化が生まれたかです。
2027年7月に予定される2026年分の寄付金最終確定と、その後の支援実績にも注目が集まります。マラソンという大きな舞台が、一時的な感動だけで終わらず、子どもたちの選択肢を広げる継続的な活動につながるかどうかが、今後の企画の評価を左右するでしょう。