ホーム スポーツ 比嘉真梨代(ひが・まりよ)は、沖縄県うるま市出身の女子競輪選手です。2018年に114期としてデビューし、沖縄県初のガールズケイリン選手として競輪界に加わりました。学生時代は陸上競技でインターハイに出場し、大学卒業後は東京での会社勤務や琉球大学の職員を経験。28歳からプロ競輪選手を目指した異色の経歴を持っています。

比嘉真梨代(ひが・まりよ)は、沖縄県うるま市出身の女子競輪選手です。2018年に114期としてデビューし、沖縄県初のガールズケイリン選手として競輪界に加わりました。学生時代は陸上競技でインターハイに出場し、大学卒業後は東京での会社勤務や琉球大学の職員を経験。28歳からプロ競輪選手を目指した異色の経歴を持っています。

橘 悠人 橘 悠人 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

2021年9月には奈良でデビュー初優勝、2024年10月には松山で2度目の優勝を達成しました。2026年11月現在もL級1班に所属しています。JKA公式の選手インタビューとKEIRIN.JPの最新成績をもとに、プロフィール、競輪転身の理由、佐藤慎太郎との関係、結婚に関する情報まで整理します。

【プロフィール】比嘉真梨代はどんな競輪選手?年齢・出身地・基本情報

比嘉真梨代

比嘉真梨代は、沖縄県を登録地とするガールズケイリンの選手です。競輪選手としての登録番号は015321。114期として2018年にデビューしました。

JKA公式プロフィールによると、陸上競技をバックグラウンドに持ち、現在の脚質は追。身長168cmという体格も特徴です。

基本プロフィール

項目 内容
氏名 比嘉真梨代
読み方 ひが・まりよ
生年月日 1988年10月13日
年齢 38歳(2026年11月現在)
出身地 沖縄県うるま市
登録地 沖縄県
期別 114期
登録番号 015321
所属級班 L級1班
身長 168cm
血液型 O型
脚質 追
ホーム競技場 沖縄県総合運動公園自転車競技場

沖縄県初の女子競輪選手という実績

比嘉真梨代を語るうえで外せないのが、沖縄県初のガールズケイリン選手という肩書です。

2017年1月、当時の日本競輪学校(現在の日本競輪選手養成所)の入学試験に合格。琉球新報は、沖縄県勢の女子として初めて競輪学校に合格した人物として紹介しました。

その後、養成所で訓練を積み、2018年にプロデビュー。沖縄県出身の女性が競輪選手として職業の道を切り開いたことは、地元のスポーツ界にとっても注目すべき出来事でした。

【経歴・年表】陸上の実力者から名桜大学、琉球大学職員を経て競輪選手へ

比嘉真梨代の競技人生は、最初から自転車一筋だったわけではありません。

学生時代は陸上競技に打ち込み、大学卒業後には一般企業で働いた経験もあります。競輪選手になるまでの経緯を時系列で整理すると、28歳での転身がいかに大きな決断だったかが分かります。

比嘉真梨代のキャリア年表
年・時期 出来事 詳細・実績
1988年 誕生 沖縄県うるま市出身
2006年 高校時代 インターハイ出場
2007年 名桜大学入学 スポーツ推薦で進学
2011年 大学卒業 東京の自動車ディーラーに就職
その後 沖縄に帰郷 琉球大学の職員として勤務
2017年 競輪学校合格 沖縄県勢の女子として初の合格
2018年5月 L級1班所属 級班所属開始
2018年7月11日 プロデビュー 防府競輪場
2021年9月9日 初優勝 奈良競輪
2024年10月14日 2度目の優勝 松山競輪
2026年11月 現役選手 L級1班で競技を継続

学生時代は走り幅跳びと走り高跳びで活躍

比嘉は中学生の頃から陸上競技に取り組み、高校では走り幅跳びと走り高跳びを専門としていました。

特に実績が際立つのは高校時代です。

KEIRIN.JPの選手プロフィールには、全国高校総体南九州大会の走り幅跳びと走り高跳びで、それぞれ1位を獲得した記録が掲載されています。2006年にはインターハイにも出場しました。

跳躍競技で培った瞬発力や身体能力は、競輪に転向する際にも生きる土台になったと考えられます。

名桜大学では情報処理と観光学を学ぶ

2007年、比嘉は沖縄県内の名桜大学に進学しました。

JKA公式の2026年インタビューでは、大学ではスポーツ推薦で進学した一方、将来を考えて情報処理や観光学の勉強にも取り組んでいたと紹介されています。

競技だけに専念するのではなく、卒業後の人生も見据えて学んでいたことがうかがえます。

東京での就職を経て琉球大学の職員に

2011年に大学を卒業した後、比嘉は東京の自動車ディーラーで営業職に就きました。

一度は沖縄を離れて働いてみたいという思いがあったためです。しかし、東京での生活は本人にとって想像以上に大変だったようです。

その後、約1年で沖縄に戻り、琉球大学の職員として働くようになりました。

一般企業での勤務と大学職員という安定した仕事を経験してから競輪選手に転身した点は、比嘉の経歴の大きな特徴です。

【競輪転身の理由】佐藤慎太郎との出会いが28歳からの挑戦につながった

比嘉真梨代が競輪選手を目指すきっかけになった人物として知られているのが、男子競輪のトップ選手として活躍してきた佐藤慎太郎です。

2人は同じジムに通っていた関係でした。

ジムでのトレーニングが競輪との接点に

JKA公式メディア「けいりんマルシェ」の2026年3月25日掲載インタビューによると、比嘉は通っていたジムで佐藤慎太郎と知り合い、競輪について話を聞く機会がありました。

佐藤から競輪選手のトレーニングについて聞いたことが、競技への興味につながったといいます。

比嘉が特に興味を持ったのは、スポーツを仕事にできるという点でした。

陸上競技を続けてきたものの、競技だけで生計を立てられる選手は限られています。好きなスポーツを職業にできる競輪は、彼女にとって魅力的な選択肢だったのです。

28歳で決断した理由

競輪選手を目指すと決めた当時、比嘉はすでに28歳でした。

一般的に、競技者として新しいスポーツに挑戦するには決して早い年齢ではありません。それでも、選手になれる機会を逃したくないという気持ちから挑戦を決めました。

準備期間には、毎朝のジョギングに加え、仕事が終わった後もジムでパワーマックスやウエイトトレーニングを続けていたそうです。

佐藤から聞いていた練習のイメージとは違い、実際のトレーニングは想像以上にハードだったというエピソードも、本人のインタビューで明かされています。

佐藤慎太郎とはどのような関係?

ここで整理しておきたいのが、2人の関係性です。

人物 立場 比嘉真梨代との関係
比嘉真梨代 女子競輪選手・114期 本人
佐藤慎太郎 男子競輪選手・78期 同じジムに通い、競輪の話を聞くきっかけとなった人物
山原さくら 女子競輪選手 2021年奈良の初優勝レースで先行した選手
石井寛子 女子競輪選手 比嘉が尊敬する選手
那須萌美 女子競輪選手・114期 競輪選手としての友人

佐藤慎太郎は、比嘉が競輪という職業に関心を持つきっかけを与えた人物です。

親族や結婚相手といった関係ではなく、競輪の魅力を伝えた先輩選手として紹介されています。

【優勝歴】2021年奈良の初優勝と2024年松山の2度目の優勝

比嘉真梨代の競技人生で大きな節目となったのが、2021年と2024年の優勝です。

デビュー後、初優勝までには約3年2カ月を要しました。しかし、そこから2024年には2度目の優勝を果たし、異なるレース展開で勝利を収めています。

2021年9月9日:奈良競輪で悲願の初優勝

比嘉の初優勝は、2021年9月9日の奈良競輪F2開催でした。

当時32歳。2018年7月のデビューから約3年2カ月で、念願のタイトルを手にしました。

この決勝戦で注目されたのが、山原さくらとの駆け引きです。

山原が先行する展開の中、比嘉はその後ろの位置を確保。最後の直線で山原を追い込み、ゴール寸前でわずかな差をつけて1着になりました。

日刊スポーツによると、この優勝以前には準優勝を15回経験していました。あと一歩で優勝に届かなかった時期を乗り越えての勝利だったのです。

2024年10月14日:松山競輪で2度目の優勝

2度目の優勝は、2024年10月14日の松山競輪で達成しました。

この開催のガールズ決勝では、比嘉が逃げ切りで1着を獲得しています。

2021年の奈良では、先行選手の後ろから最後に差し切る形でした。一方、2024年の松山では自ら前に出て逃げ切る勝利でした。

同じ優勝でもレース内容が異なり、戦い方の幅を示す結果となりました。

JKA公式インタビューでも、本人は2回目の優勝について、逃げ切りでの1着だったことから、初優勝とは違った驚きと喜びがあったと振り返っています。

2つの優勝から分かる比嘉の競走スタイル

この2つのレースには、興味深い違いがあります。

- 2021年奈良:他選手の先行を利用し、最後に差し切る展開。
- 2024年松山:自ら先頭に立ち、逃げ切って勝利。

KEIRIN.JPに掲載された現在の脚質は「追」ですが、過去の優勝内容を見ると、単純に後方から追い込むだけの選手ではありません。

レースの流れや周囲の選手の動きに応じて、勝機を見つけることが彼女の持ち味の一つです。

【2026年最新】比嘉真梨代の現在の級班・競走得点・近況成績

2026年11月1日公式更新データ

2026年11月現在、比嘉真梨代は現役のL級1班選手です。

KEIRIN.JPの公式選手プロフィールは2026年10月29日に更新され、近況成績については11月1日更新のデータが掲載されています。

現在の級班と競走得点
項目 2026年最新情報
所属級班 L級1班
期別 114期
年齢 38歳
脚質 追
競走得点 51.11
直近4カ月の出走数 18回
直近4カ月の1着 1回
直近4カ月の2着 2回
直近4カ月の3着 2回
直近4カ月の着外 13回
直近4カ月の勝率 5.5%
直近4カ月の3連対率 27.7%

競走得点は、レースでの成績を評価するための指標です。単純な優勝回数とは異なり、着順などの競走結果が反映されます。

比嘉の競走得点は51.11。2026年3月のJKA公式インタビューでは、本人が競走得点53点まで戻すことを最低限の目標として掲げていました。

その目標と11月時点の数値を比較すると、まだ改善の余地がある状況です。

2026年の年間成績は?

KEIRIN.JPの10月29日更新データでは、2026年の年間成績は次のようになっています。

成績項目 回数
総出走回数 75回
1着 4回
2着 5回
3着 10回
着外 56回
優勝 0回
勝率 5.3%
2連対率 12.0%
3連対率 25.3%

ここで注意したいのは、1着回数と開催全体の優勝回数は別の数字だという点です。

2026年は1着を4回記録していますが、開催の優勝は0回となっています。

落車や体調不良を経験した近況

2026年3月のJKA公式インタビューでは、比嘉本人が、落車や体調不良などが重なり、自転車とのかみ合いが悪い時期を過ごしていたことを明かしています。

また、新しい自転車を複数購入し、さまざまなセッティングを試しているとも話していました。

年齢による身体の変化も意識しながら、日常生活からコンディションを整えていきたいという考えも示しています。

その後のKEIRIN.JPの記録では、2026年10月26日の和歌山開催は病気欠場となっています。

11月3日現在、今後の出場予定として掲載されているのは次の開催です。

- 2026年11月17日~19日:松山F2
- 2026年11月26日~28日:小松島F2
- 2026年12月5日~7日:玉野F2
- 2026年12月22日~24日:宇都宮F2

現状は、過去の優勝実績を持ちながら、コンディションと競走得点の回復を目指している段階です。

【結婚・プライベート】比嘉真梨代は結婚している?夫や子供の情報は?

比嘉真梨代について検索されることが多いテーマの一つが、結婚や夫、子供の有無です。

しかし、JKA公式プロフィールや2026年3月の本人インタビューには、婚姻状況や配偶者についての公表情報は掲載されていません。

そのため、既婚・未婚のどちらかを断定できる状況ではありません。

結婚相手や夫の名前は公表されている?

現時点で、比嘉真梨代の結婚発表や夫の名前を確認できる公式情報はありません。

競輪選手としてのプロフィールでは、登録地、期別、競走成績、趣味、目標などが紹介されていますが、婚姻状況は公開されていません。

子供はいる?

子供の有無についても、本人や所属団体による公表情報は確認できません。

JKA公式プロフィールには、子供たちに自分の走りを見てもらい、競輪選手になりたいという夢を持ってもらえる選手になりたいという目標が記されています。

これは競技者としての目標であり、本人に子供がいることを示す情報ではありません。

趣味や愛犬など、本人が語ったプライベート

2026年3月のインタビューでは、競技以外の生活についても紹介されています。

比嘉は地元の友人と過ごす時間を大切にしており、父親と一緒にツーリングへ行くこともあるそうです。

バイク好きとして知られ、以前はカワサキのNinjaなどスポーツタイプのバイクに乗っていました。将来的にはハーレーにも興味があると話しています。

また、ゴールデンレトリバーの愛犬ガーディを飼い始めたことも明かしています。海辺で一緒に遊ぶ時間が楽しみだというエピソードも印象的です。

このように、本人のインタビューからは沖縄での自然体な暮らしや趣味を大切にする姿が伝わってきます。

【プロの結論】比嘉真梨代の競技人生を評価する3つのポイント

比嘉真梨代の経歴を振り返ると、単なる競輪選手のプロフィール以上に、競技人生の転換点がはっきりと見えてきます。

1. 28歳からの競技転向は異色のキャリア

高校時代に陸上で実績を残し、大学を卒業して一般企業と大学職員を経験した後、競輪選手を目指しました。

競輪界には学生時代から自転車競技に取り組んできた選手もいますが、比嘉は別の競技で実績を積み、社会人生活を経て転身した選手です。

この経歴は、競技を始める年齢だけで将来の可能性を判断できないことを示す事例でもあります。

2. 優勝2回は異なる勝ち方でつかんだ成果

2021年の奈良では差し切り、2024年の松山では逃げ切りで優勝しました。

異なる展開で勝利を挙げたことは、レースの流れに対応する能力を考えるうえで重要な材料です。

一方、2026年は年間優勝がなく、競走得点も本人が掲げた53点には届いていません。

過去の実績だけで現在の競技力を判断するのではなく、直近の成績やコンディションを合わせて見る必要があります。

3. 2026年の焦点は競走得点の回復と安定した出走

38歳となった比嘉にとって、身体の変化への対応は今後の競技生活を考えるうえで大切なテーマです。

本人もJKAのインタビューで、身体の変化を意識し、日常生活の細かな部分から気を配る考えを語っています。

新しい自転車を試しながら、勝てる走りを探しているという姿勢も注目されます。

今後の評価では、単発の1着だけではなく、決勝進出、連対率、競走得点の推移を継続して確認が必要です。

【FAQ】比嘉真梨代に関するよくある質問

Q1:比嘉真梨代は何歳ですか?

1988年10月13日生まれで、2026年11月現在38歳です。

Q2:比嘉真梨代は何期の競輪選手ですか?

114期です。2018年7月11日に防府競輪場でプロデビューしました。

Q3:比嘉真梨代の初優勝はいつですか?

2021年9月9日の奈良競輪F2開催です。山原さくらをゴール直前で差し切り、デビュー後初めての優勝を達成しました。

Q4:比嘉真梨代の2回目の優勝はいつですか?

2024年10月14日の松山競輪です。逃げ切りで1着となり、2度目の優勝を達成しました。

Q5:比嘉真梨代の現在の級班と競走得点は?

2026年11月1日更新のKEIRIN.JPのデータでは、L級1班、競走得点51.11です。

Q6:比嘉真梨代と佐藤慎太郎の関係は?

同じジムに通っていた関係です。佐藤から競輪について話を聞いたことが、比嘉が選手を目指すきっかけになりました。

Q7:比嘉真梨代は結婚していますか?

結婚や夫について、本人や公式団体から確認できる公表情報はありません。婚姻状況は不明です。

比嘉真梨代は、沖縄県うるま市出身の114期女子競輪選手です。

陸上競技でインターハイに出場し、名桜大学を卒業。東京での就職と琉球大学職員を経験した後、28歳で競輪選手への転身を決断しました。

2021年の奈良で初優勝を飾り、2024年には松山で2度目の優勝を達成。沖縄県初のガールズケイリン選手として、独自の競技人生を歩んできました。

2026年11月現在は38歳でL級1班に所属。競走得点51.11という数字や、直近の成績からは、今後の成績向上に向けた課題も見えてきます。

注目したいのは、本人が掲げている53点への競走得点回復という目標です。

過去の優勝歴だけでなく、今後の出走結果や連対率、コンディションの変化を追うことで、比嘉真梨代という選手の現在地がより明確になります。

28歳から競輪の世界に飛び込み、2度の優勝をつかんだ比嘉。これからどのような走りを見せるのか、沖縄を代表するガールズケイリン選手の挑戦は続きます。

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