2018年平昌オリンピックの銅メダル、2022年北京オリンピックの銀メダル獲得に貢献したカーリング選手、藤澤五月。笑顔が印象的な「さっちゃん」として親しまれる一方、試合では最後の一投を託されるスキップとして、チームの勝敗を左右する重要な役割を担ってきた。
2026年10月現在、藤澤五月は35歳。北海道北見市を拠点とするロコ・ソラーレで競技を続けている。2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックへの出場は逃したものの、同年3月の世界女子カーリング選手権では日本代表として4位に入賞。加えて、チームはメンバー構成を刷新し、2030年のフランスアルプス冬季オリンピックを見据えた新たな段階に入っている。日本オリンピック委員会(JOC)やロコ・ソラーレの公式情報、2026年の報道をもとに、プロフィール、競技経歴、チーム内の関係、現在の活動を整理する。
【藤澤五月のプロフィール】生年月日・年齢・出身地・所属を整理

藤澤五月は、北海道北見市出身のカーリング選手。1991年5月24日生まれで、2026年10月27日時点の年齢は35歳だ。出身高校は北海道北見北斗高校。5歳のときにカーリングを始め、長年にわたって国内外の大会で実績を積み重ねてきた。
ロコ・ソラーレの公式プロフィールによると、身長は155.9cm、ポジションはスキップ。ニックネームは「さっちゃん」で、2015年にチームへ加入した。競技者としての所属はロコ・ソラーレで、地元に戻っている期間には株式会社コンサルトジャパンの社員として働く一面も持つ。
藤澤五月の人物像を理解するうえで見逃せないのは、競技歴の長さと、競技以外の仕事も続けている点だ。2026年5月の『FRIDAY』のインタビューでは、遠征の合間に会社で保険関連の業務を担当していることが紹介された。海外遠征、氷上練習、体力づくり、会社での仕事を並行する生活は、トップアスリートとしての活動が試合当日だけで成り立つものではないことを示している。
プロフィールの基本情報は次のとおりだ。
- 氏名:藤澤五月(ふじさわ・さつき)
- 生年月日:1991年5月24日
- 年齢:35歳(2026年10月現在)
- 出身地:北海道北見市
- 出身高校:北海道北見北斗高校
- 所属チーム:ロコ・ソラーレ
- ポジション:スキップ
- 愛称:さっちゃん
- カーリング開始:5歳
なお、出身地は「北海道北見市」と紹介されることが多いが、より詳しくは北見市常呂町にゆかりがある。常呂町はカーリングが盛んな地域であり、藤澤の競技人生とロコ・ソラーレの活動を語るうえでも重要な場所となっている。
【藤澤五月の経歴・年表】中部電力からロコ・ソラーレへ
藤澤五月の競技キャリアは、幼少期のカーリング体験、高校卒業後の実業団での成長、そして2015年のロコ・ソラーレ加入という転機を経て発展してきた。五輪メダリストとしての活躍だけを見ると順調な道のりに映るが、キャリアをたどると、所属チームの変更や国際大会での経験が現在の実力につながっていることがわかる。
スポーツメディアの経歴紹介によると、藤澤は高校卒業後に中部電力へ入社。同チームで日本カーリング選手権大会の4連覇に貢献した後、2015年にロコ・ソラーレへ加入した。2016年には世界女子カーリング選手権で銀メダルを獲得し、国際舞台でも存在感を高めた。
主な経歴を時系列で整理すると、次のようになる。
| 時期 | 出来事・所属 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1991年5月 | 北海道北見市に生まれる | 5歳でカーリングを始める |
| 高校卒業後 | 中部電力に入社 | 日本選手権4連覇に貢献 |
| 2015年 | ロコ・ソラーレに加入 | チームの主力として新たな競技キャリアをスタート |
| 2016年 | 世界女子カーリング選手権 | 日本代表として銀メダルを獲得 |
| 2018年2月 | 平昌オリンピック | 女子団体戦で銅メダル |
| 2022年2月 | 北京オリンピック | 女子団体戦で銀メダル |
| 2023年 | 日本選手権・グランドスラムなど | ロコ・ソラーレが国内外で優勝実績を重ねる |
| 2025年9月 | ミラノ・コルティナ五輪代表決定戦 | フォルティウスに敗れ、五輪出場を逃す |
| 2026年3月 | 世界女子カーリング選手権 | 日本代表として4位 |
| 2026年6月以降 | ロコ・ソラーレの新体制へ | 松澤弥子が加入し、次の五輪周期を見据える |
年表が示す大きな転機は、2015年のロコ・ソラーレ加入だ。チームは2010年に結成されていたが、藤澤が加わった後の2016年に日本選手権初優勝と世界選手権銀メダルを達成し、2018年には平昌五輪の代表権を獲得した。個人の技術だけでなく、チームとしての競争力が高まっていった時期である。
また、中部電力時代の実績は、五輪で突然頭角を現したわけではないことを物語る。国内トップレベルの大会で経験を積み、国際大会を通じて戦術や氷の読みを磨いたことが、後のメダル獲得を支える土台になった。
【平昌の銅メダル・北京の銀メダル】藤澤五月のカーリング実績
藤澤五月の代表的な実績として知られるのが、2018年平昌オリンピックの銅メダルと、2022年北京オリンピックの銀メダルだ。日本オリンピック委員会の記録でも、藤澤はこの2大会に出場し、女子団体戦で銅メダル1個、銀メダル1個を獲得した選手として掲載されている。
平昌大会での銅メダルは、日本のカーリング界にとって歴史的な成果だった。ロコ・ソラーレは2017年の代表決定戦で五輪出場権を獲得し、2018年2月の本大会でメダルを手にした。藤澤はスキップとして、チームの戦術をまとめ、勝負どころで最後の投球を担う役割を果たした。
続く北京大会では、日本女子が決勝に進出。最終的に銀メダルを獲得し、平昌での銅メダルを上回る成績を残した。2大会連続のメダル獲得は、ロコ・ソラーレの実力が一度限りの躍進ではなかったことを裏付ける。
五輪以外にも実績はある。ロコ・ソラーレは2016年の世界女子カーリング選手権で銀メダルを獲得し、2022年にはパンコンチネンタルカーリング選手権で初代王者となった。2023年にはグランドスラムのCanadian Openで優勝している。こうした結果から、藤澤のキャリアは五輪の2大会だけでは語り尽くせない。
スキップの仕事は、単に最後のストーンを投げることではない。試合の状況を読み、得点を狙うのか失点を抑えるのかを判断し、チームメイトと作戦を共有する必要がある。相手のストーンの位置、自分たちの残りの投球、氷の状態などを考慮しながら、勝負の選択を繰り返す。藤澤の実績は、ショットの技術とともに、こうした判断を長期間にわたって担ってきた経験の積み重ねでもある。
【さっちゃんと鈴木夕湖】ロコ・ソラーレの関係性と人物像
藤澤五月の愛称は「さっちゃん」。試合中の真剣な表情と、競技外で見せる親しみやすい笑顔のギャップも、多くのファンに知られる理由の一つだ。ただし、明るい印象だけで選手像を捉えると、勝敗に対する厳しさや、スキップとしての責任を見落としてしまう。
過去のインタビューや競技報道では、藤澤の負けず嫌いな一面や、ショットを決め切るために試行錯誤を続ける姿勢が紹介されてきた。勝負の局面では難しい投球の成否が試合を左右するため、ミスを振り返り、次のプレーに修正を反映する力が欠かせない。藤澤の長い競技歴を支えてきたのは、こうした勝負へのこだわりと考えられる。
チームメイトの鈴木夕湖との関係も、藤澤を知るうえで興味深い点だ。2人は同じロコ・ソラーレで長年戦ってきた仲間であると同時に、父親同士がいとこにあたる「はとこ」の関係にある。親戚というつながりを持ちながら、競技では互いに役割を担い、チームの結果を追い求めてきた。
もっとも、親戚だからチームワークが自動的に成立するわけではない。カーリングでは、投球の強さや方向、ストーンの軌道、次の一手の選択などについて、短い時間で意思を合わせる必要がある。長年同じチームで戦うなかで蓄積された競技上の理解と信頼こそ、2人の関係を語る際の要点だ。
ロコ・ソラーレというチーム名は、「ローカル」と「常呂っ子」を組み合わせた「ロコ」と、イタリア語で太陽を意味する「ソラーレ」に由来する。地元の常呂から太陽のように輝くチームを目指すという意味が込められている。藤澤の出身地とチームの成り立ちは、地域に根ざした活動が世界での実績につながった例でもある。
【2026年最新】五輪出場を逃した藤澤五月の現在と新体制
2026年の藤澤五月を理解するうえで、最も大きな転機はミラノ・コルティナ冬季オリンピックへの出場を逃したことだ。2025年9月13日、五輪最終予選の代表決定戦で、ロコ・ソラーレはフォルティウスに2対7で敗れた。これにより、平昌、北京に続く3大会連続の五輪出場は実現しなかった。
しかし、五輪出場を逃したことは、藤澤の競技生活が終わったことを意味しない。2026年3月には、ロコ・ソラーレが女子世界選手権の日本代表としてカナダ・カルガリー大会に出場した。予選を勝ち抜いてプレーオフに進み、最終的には4位で大会を終えている。メダルには届かなかったものの、世界の強豪と戦う機会を得て、国際舞台での競争力を示した。
一方、チームの顔ぶれにも変化が生じた。長く藤澤とともに戦ってきた吉田知那美は2026年3月の世界選手権を最後にロコ・ソラーレを離れ、6月には松澤弥子が正式加入。新シーズンは、藤澤がスキップ、鈴木夕湖がセカンド、吉田夕梨花がリード、松澤がサードという新たな陣容を軸にスタートした。
2026年9月の『web Sportiva』のインタビューでは、藤澤が「次の4年」を見据え、2030年のフランスアルプス冬季オリンピックを目指す考えを示している。新しいメンバーと従来のやり方をそのまま踏襲するのではなく、固定観念にとらわれず挑戦するシーズンにしたいという意向も伝えられた。
直近の大会結果を見ると、2026年10月13日から18日にカナダで行われたグランドスラムのCO-OP Invitationalでは、ロコ・ソラーレは予選敗退となった。デンマーク戦では8対5で勝利した一方、韓国、スウェーデン、イタリアのチームに敗れている。新体制で世界の強豪と競い合いながら、連携と競技力を高めている段階といえる。
藤澤の現在を評価する際は、五輪出場の有無だけで判断しないことも大切だ。カーリングは、選手個人の能力に加え、チームの構成、投球順、戦術の共有、氷の状態への適応が結果に影響する競技である。長年のチームメイトが離れ、新しい選手が加わった2026年は、過去の実績を維持するだけでなく、チームとして再構築を進める時期にあたる。
【ボディメイクと仕事】競技以外の活動をどう見るべきか
藤澤五月は2023年、ボディメイクの大会に挑戦し、競技中とは異なる姿が大きな話題になった。この出来事は、カーリング以外にも挑戦する一面を示したものだが、競技から引退して別の道へ進んだという意味ではない。
2026年5月の『FRIDAY』のインタビューでは、本人がボディメイクを始めた理由や、その過程で得た気づきについて語っている。体型へのコンプレックスを払拭するために挑戦した一方、身体を絞るための食事制限や減量がカーリングに影響する面も理解したという。競技に必要な体づくりと、見た目を目的とするボディメイクでは、求められる条件が異なることがわかる。
また、藤澤は地元で会社員として働く時間も持つ。海外遠征の多い生活のなかで、仕事と競技を両立している点は、トップアスリートのキャリアを考えるうえでも注目される。2026年の取材では、仕事で大切にしている顧客との信頼関係と、カーリングにおけるチームメイトとの信頼関係には通じる部分があると紹介された。
ここで整理しておきたいのは、話題になった外見の変化や競技外の活動と、本人の競技キャリアを混同しないことだ。2026年秋の藤澤はロコ・ソラーレのスキップとして活動を続け、世界の舞台で再び頂点を目指している。ボディメイクへの挑戦は、その競技人生の一部として捉えるのが適切だ。
【藤澤五月】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:藤澤五月は現在何歳ですか?
A1:1991年5月24日生まれで、2026年10月現在35歳です。北海道北見市出身で、ロコ・ソラーレのスキップを務めています。
Q2:藤澤五月は平昌オリンピックと北京オリンピックで何色のメダルを獲得しましたか?
A2:2018年平昌大会で銅メダル、2022年北京大会で銀メダルを獲得しました。いずれも女子団体戦での成績です。
Q3:藤澤五月と鈴木夕湖はどのような関係ですか?
A3:2人はロコ・ソラーレのチームメイトであり、父親同士がいとこにあたる「はとこ」の関係でもあります。長年、同じチームで競技を続けてきました。
Q4:藤澤五月は2026年ミラノ・コルティナオリンピックに出場しましたか?
A4:出場していません。ロコ・ソラーレは2025年9月の代表決定戦でフォルティウスに敗れ、出場権を獲得できませんでした。その後、2026年3月の世界女子カーリング選手権に日本代表として出場し、4位に入っています。
Q5:藤澤五月は現在もカーリングを続けていますか?
A5:はい。2026年10月現在もロコ・ソラーレの選手として活動しています。チームは新体制でシーズンを戦っており、藤澤は2030年のフランスアルプス冬季オリンピックを見据えた競技継続の意向を示しています。
藤澤五月の競技人生は、北海道北見市でカーリングを始めた幼少期から、中部電力での成長、2015年のロコ・ソラーレ加入、そして平昌・北京両五輪でのメダル獲得へと続いてきた。2026年10月現在35歳となった藤澤は、国内外での経験を重ねながら、新たなチーム体制で次の目標を見据えている。
今後の藤澤を追う際に押さえておきたい視点は3つある。第一に、五輪の銅・銀メダルだけでなく、世界選手権やグランドスラムなどを含む長期的な実績を見ること。第二に、スキップとしての投球だけでなく、戦術判断やチーム全体の連携にも目を向けること。第三に、2026年のメンバー変更を、過去の成功を否定する出来事ではなく、2030年に向けた新たな挑戦として捉えることだ。
2026年は、藤澤五月にとって五輪出場を逃した悔しさと、世界選手権4位という手応えの両方を抱えた一年になった。ロコ・ソラーレの新体制がどのように成熟し、藤澤がスキップとしてどのような進化を見せるのか。これからの国内選手権や国際大会での戦いが、次の4年間を占う重要な材料となる。