2026年11月3日現在、オランダの名門アヤックスの男子トップチームに日本人選手は在籍していない。これまで同クラブでプレーした日本人選手として確認できるのは、板倉滉と冨安健洋の2人だ。クラブ史上初の日本人選手となった板倉は2025年8月に加入し、翌年8月にボルシア・メンヒェングラートバッハへ復帰。一方、2025年12月に加入した冨安は、半年間の契約を終えた後、2026年8月にクリスタル・パレスへ移籍した。
2人は同じ日本代表のDFでありながら、アヤックスへの移籍経緯も在籍期間も出場実績も大きく異なる。板倉はドイツで実績を積んだ状態で加入し、チャンピオンズリーグを含む公式戦26試合に出場。冨安は長期の負傷離脱から復帰するための新天地としてアムステルダムを選び、限られた出場機会の中で実戦感覚を取り戻した。歴代所属者、移籍の背景、在籍期間、退団後の所属先を整理すると、アヤックスにおける日本人選手の歩みが見えてくる。
【2026年最新】アヤックス日本人選手の現在は?歴代所属者は2人

2026年11月3日時点で、アヤックスの男子トップチームに日本人選手は在籍していない。歴代の所属者として押さえておきたいのは、2025年夏に加入した板倉滉と、同年冬に加入した冨安健洋である。
板倉は2026年8月20日、古巣ボルシア・メンヒェングラートバッハへの復帰が正式決定した。アヤックスとの契約は2029年6月まで残っていたが、両クラブと選手の間で移籍に合意。わずか1シーズンでオランダを離れ、再びドイツでプレーすることになった。アヤックス公式発表によると、在籍中のトップチーム公式戦出場数は26試合だった。
冨安は2026年6月30日までの短期契約を終え、同年8月7日にクリスタル・パレスへの加入が発表された。イングランドへの復帰であり、現在はプレミアリーグのクラブで新たなキャリアを歩んでいる。
アヤックス公式の現行トップチーム選手一覧にも両選手の名前はなく、板倉のドイツ復帰と冨安のイングランド移籍によって、日本人選手の在籍は一度途切れた形だ。したがって、2026年11月現在の答えは「現在の日本人所属選手はゼロ、歴代の男子トップチーム所属者は2人」となる。
【歴代一覧】アヤックス初の日本人選手は板倉滉!冨安健洋が続いた背景
アヤックスがクラブ史上初の日本人選手として正式に迎えたのは板倉滉だった。2025年8月8日、アヤックス、ボルシアMG、板倉の三者が移籍に合意。クラブは板倉を日本人選手として初めて迎えたことを公式発表で明らかにしている。
板倉の加入が歴史的な意味を持つのは、単に日本人選手が新加入したからではない。欧州屈指の育成・攻撃サッカーの伝統を持つクラブに、日本代表のセンターバックが初めて正式に加わったという点にある。アヤックスのフットボール部門責任者も、板倉の対人守備、ボール保持能力、戦術理解、リーダーシップを評価していた。
ただし、「アヤックス初の日本人選手」と「オランダで初めてプレーした日本人選手」は意味が異なる。板倉はマンチェスター・シティ加入後、期限付き移籍でFCフローニンゲンに在籍しており、すでにエールディヴィジでの経験を持っていた。つまり、オランダサッカー自体が初挑戦だったわけではない。
その後、2025年12月16日に冨安健洋の加入が正式発表された。冨安はアーセナルを退団して無所属となっていた時期にアヤックスと契約し、板倉に続く日本人DFとしてチームに加わった。2026年2月にはアヤックスの育成年代に日本人選手4人が練習参加しているが、これはトップチームへの正式加入とは別の話である。
アヤックスと日本の接点は、選手の加入以前から存在していた。クラブの歴史を振り返ると、日本企業TDKが1982年から1991年までユニホームスポンサーを務め、1995年には東京でインターコンチネンタルカップを戦っている。こうした長い関係の中で、2025年の板倉加入は選手という形で日本との結びつきが新たな段階に進んだ出来事だった。
【板倉滉】アヤックス移籍の経緯・在籍期間・26試合の出場実績と復帰
ボルシアMGからアムステルダムへ移籍した理由板倉滉は1997年1月27日生まれ、神奈川県横浜市出身のセンターバック。川崎フロンターレの育成組織を経てプロデビューし、ベガルタ仙台でのプレーを経て2019年にマンチェスター・シティへ移籍した。その後、FCフローニンゲン、シャルケ04への期限付き移籍を経験し、2022年夏にボルシアMGへ完全移籍している。
ドイツで3シーズンにわたってプレーした板倉は、2025年夏にアヤックスへの移籍を決断した。8月8日に正式契約が発表され、契約期間は2029年6月30日までの4年間。さらに1年間の延長オプションが付帯していた。
アヤックスが板倉を獲得した背景には、守備の安定化と後方からのビルドアップ能力への期待があった。板倉はセンターバックを主戦場としながら、ボランチにも対応できる。ドイツとオランダの両リーグを経験していたことも、新しい環境に適応するうえでプラス材料だった。
在籍期間と出場記録は?公式戦26試合で1得点板倉のアヤックスでの公式戦デビューは2025年8月17日。エールディヴィジのゴー・アヘッド・イーグルス戦だった。加入直後からトップチームの戦力として起用され、国内リーグだけでなく欧州の舞台も経験した。
アヤックス公式発表によると、板倉はトップチームで公式戦26試合に出場。ブンデスリーガ公式の移籍報道では、2025-26シーズンのエールディヴィジ出場は18試合とされている。また、UEFAチャンピオンズリーグにも6試合出場し、公式戦通算1得点を記録した。
注目したいのは、板倉が国内リーグだけでなくチャンピオンズリーグの試合にも出場していたことだ。アヤックスという欧州の伝統的な強豪で、異なる戦術水準や対戦相手を経験したことは、選手としてのキャリアにおける大きな財産となった。
2026年8月20日にボルシアMG復帰が決定アヤックスとの契約が2029年まで残っていた板倉だが、2026年8月20日にボルシアMGへの復帰が正式決定した。移籍先は、2022年から2025年まで3シーズンを過ごした古巣である。
ブンデスリーガの発表によると、ボルシアMGは守備陣の再編を進める中で板倉の再獲得を実現した。ニコ・エルヴェディの退団後、経験と実力を備え、クラブの環境を熟知した選手が必要だったことが背景にある。板倉自身も古巣への思いを示し、復帰を決断した。
この移籍を「アヤックスで失敗したから戻った」と単純に評価するのは適切ではない。板倉は1シーズンで公式戦26試合に出場し、チャンピオンズリーグも経験している。古巣側の補強需要と、選手自身の環境への理解が重なった移籍として見るべきだろう。
【冨安健洋】アヤックス移籍の理由・在籍期間・退団後の所属先
アーセナル退団からアヤックス加入まで冨安健洋は1998年11月5日生まれ、福岡県出身のDF。アビスパ福岡でプロキャリアをスタートさせ、シント=トロイデン、ボローニャを経て2021年8月にアーセナルへ加入した。センターバックと左右のサイドバックをこなす守備のユーティリティー性が持ち味で、日本代表でも長く重要な役割を担ってきた。
しかし、アーセナル在籍中は膝の負傷に悩まされた。2023年に右膝を手術し、2025年2月にも再手術を受けて長期離脱。2024年10月5日のサウサンプトン戦を最後に公式戦から遠ざかっていた。
2025年7月にはアーセナルとの契約を双方合意のうえで解除。その後は無所属でリハビリを続けていたが、同年12月16日にアヤックスへの加入が正式発表された。
契約期間は2026年6月30日までの半年間。移籍金の発生する通常の完全移籍ではなく、フリーエージェントとして加入した短期契約だった。
冨安は日刊スポーツの取材に対し、複数クラブの監督と話したうえで、アヤックスの熱意と自分を信頼してくれているという感触が決断の理由になったと説明している。アヤックス側も負傷歴を考慮し、メディカルスタッフによる状態の確認や復帰までのプロセスを重視していた。
484日ぶりの公式戦復帰とアヤックスでの出場実績冨安がアヤックスの選手として初めて公式戦に出場したのは、2026年2月1日のエクセルシオール戦だった。2-2で引き分けた試合の80分から途中出場し、アーセナル時代の2024年10月5日以来、実に484日ぶりの公式戦復帰を果たした。
加入後すぐに先発復帰したわけではなく、まずは短い時間から実戦に戻る段階的な起用が続いた。2026年3月14日のスパルタ戦では初めて先発に名を連ね、69分間プレー。アヤックスは4-0で勝利した。
この試合で冨安はパス成功率83%を記録し、ボール奪回4回、クリア3回、インターセプト2回をマーク。さらに62回のボールタッチを記録し、スティーブン・ベルフワインのゴールにつながる攻撃にも関与した。クラブ公式の試合分析でも、復帰後初の先発出場は好意的に評価されている。
Opta Analystの2025-26シーズン記録では、冨安のアヤックスでのエールディヴィジ出場は9試合、236分、1アシスト。出場時間は限られたものの、長期離脱から実戦復帰を果たし、先発出場までたどり着いたことに意味があった。
2026年6月末に契約満了、クリスタル・パレスへ冨安のアヤックスとの契約は2026年6月30日までで、期間満了を迎えた。板倉のように契約期間中に別クラブへ移籍したのではなく、短期契約を終えた後に新天地を探す形となった。
そして2026年8月7日、イングランドのクリスタル・パレスが冨安の加入を正式発表した。アジアサッカー連盟の移籍報道でも、アヤックスで2025-26シーズン後半を過ごした冨安がフリーで加入したことが紹介されている。
2026年11月現在、冨安の所属先はクリスタル・パレスだ。アヤックスでの半年間は長期離脱からの復帰を目指す期間であり、再びイングランドの舞台でプレーするための重要なステップだった。
【徹底比較】板倉滉と冨安健洋の移籍経緯・在籍期間・出場記録
板倉と冨安は、ともに日本代表でプレーする守備のスペシャリストだが、アヤックスに加入した時点でのコンディションやクラブ側の獲得目的は異なっていた。
板倉はドイツで3シーズンを過ごし、一定の実績を持った状態で加入。冨安は負傷からの復帰を優先し、半年間という期限付きの契約期間ではなく、契約期間を限定した短期契約で加入した。この違いが、出場機会や在籍期間にも表れている。
| 比較項目 | 板倉滉 | 冨安健洋 |
|---|---|---|
| 加入日 | 2025年8月8日 | 2025年12月16日 |
| 加入時の状況 | ボルシアMGから移籍 | アーセナル退団後、無所属 |
| 契約期間 | 2029年6月まで。1年延長オプション付き | 2026年6月30日までの半年契約 |
| アヤックスデビュー | 2025年8月17日 | 2026年2月1日 |
| 公式戦実績 | トップチーム公式戦26試合、1得点 | エールディヴィジ9試合、236分、1アシスト |
| 主な特徴 | センターバック、ビルドアップ、対人守備 | センターバック、左右のサイドバック、守備の汎用性 |
| アヤックス退団 | 2026年8月20日 | 2026年6月30日、契約満了 |
| 2026年11月現在の所属先 | ボルシアMG | クリスタル・パレス |
※板倉の26試合は全公式戦の合計で、エールディヴィジ18試合とチャンピオンズリーグ6試合を含む。冨安の9試合はエールディヴィジの集計であるため、出場数を単純に同じ条件で比較することはできない。
数字から読み取れるのは、板倉がアヤックスで実績を積み上げた一方、冨安は限られた時間の中で復帰を進めたという違いだ。板倉の26試合という数字は、シーズンを通じた戦力として起用されたことを示す。対して冨安の9試合は、長期離脱後に段階的に出場時間を増やしていった過程を反映している。
また、両者のポジションにも違いがある。板倉は中央の守備を担うセンターバックとしての能力が評価され、冨安は中央と両サイドをこなせる柔軟性を持つ。アヤックスのように後方からボールをつなぎ、守備ラインを高く保つチームにとって、両者は異なる形で戦術的な価値を提供できる選手だった。
【誤解を整理】アヤックス日本人選手の歴代一覧にユース選手は含まれる?
アヤックス日本人選手を調べる際に注意したいのが、トップチーム所属者とユース年代の練習参加者を混同しないことだ。
2026年2月、アヤックスは日本から4人の若手選手をアカデミーに招き、約1週間半の練習参加を実施した。参加者は武野風太、松浦大翔、ジェラニ・レン・マクギー、加茂結人。4人はU19のトレーニングに参加し、身体能力や認知能力のテストも受けた。
この取り組みは、アヤックス、アディダス、日本サッカー協会のつながりを背景としたものだった。選手たちは板倉や冨安とも交流し、冨安のアヤックスデビュー戦を現地で観戦している。
ただし、公式発表で示されたのはアカデミーでのトライアル参加であり、4人がアヤックスのトップチームに正式加入したという発表ではない。そのため、男子トップチームの歴代日本人選手を整理する場合、板倉と冨安の2人とは区別する必要がある。
「アヤックス所属」と「エールディヴィジ所属」は別の意味もう一つの混同要点は、アヤックスとエールディヴィジ全体を同じカテゴリーとして扱ってしまうことだ。エールディヴィジはオランダの1部リーグ全体を指し、アヤックスはその中の一つのクラブである。
板倉が過去にフローニンゲンでプレーしたように、オランダでのプレー経験がある日本人選手は、必ずしもアヤックスの所属選手だったわけではない。ほかのクラブに所属する日本人選手の実績を、アヤックスの歴代所属者数に加えることはできない。
また、選手の所属先を確認する際は、契約期間と実際の移籍発表日を合わせて見ることが大切だ。板倉は2026年8月20日にボルシアMGへの移籍が正式発表され、冨安は同年6月末の契約満了後にクリスタル・パレスへ加入している。古い選手名鑑や更新の遅れたデータベースにアヤックス所属と表示されていても、現行の所属状況とは異なる場合がある。
【アヤックスの日本人選手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:アヤックス初の日本人選手は誰ですか?
A1:板倉滉です。2025年8月8日にボルシアMGから加入し、アヤックス公式がクラブ史上初の日本人選手として発表しました。2025-26シーズンには公式戦26試合に出場しています。
Q2:板倉滉と冨安健洋はアヤックスで一緒にプレーしましたか?
A2:はい。冨安が2025年12月16日に加入してから、板倉が2026年8月20日に移籍するまで、両選手は同じクラブに所属していました。ただし、冨安の契約は2026年6月30日までだったため、実際の在籍期間が重なったのは2025-26シーズン中です。
Q3:2026年11月現在、アヤックスに日本人選手はいますか?
A3:男子トップチームには在籍していません。板倉はボルシア・メンヒェングラートバッハへ復帰し、冨安はクリスタル・パレスに加入しています。今後、日本人選手が新たに加入すれば、板倉に続くクラブ史上3人目のトップチーム日本人選手となります。
アヤックスの男子トップチームでプレーした日本人選手は、2026年11月3日現在、板倉滉と冨安健洋の2人である。クラブ史上初の日本人選手は板倉であり、2025年8月に加入して公式戦26試合に出場。2026年8月には古巣ボルシアMGへの復帰を果たした。
冨安は2025年12月にフリーで加入し、半年間の契約で実戦復帰を目指した。484日ぶりの公式戦出場を経て先発出場も経験し、2026年8月にはクリスタル・パレスへの加入が決定している。
2人のキャリアを比較するうえで重要なのは、出場試合数だけで選手の評価を決めないことだ。板倉は即戦力として欧州の強豪で経験を積み、冨安は長期離脱から復帰するための環境としてアヤックスを選んだ。契約の長さ、加入時のコンディション、出場記録の集計範囲を考慮すれば、両者の歩みは異なる価値を持っている。
今後の注目点は、アヤックスが再び日本人のトップチーム選手を獲得するかどうかだ。2026年には日本の若手選手がアカデミーで練習参加する機会も設けられており、日本との育成面での交流は続いている。板倉と冨安の加入によって生まれた日本との新しい接点が、次の世代の正式加入につながる可能性もある。
アヤックス日本人選手の歴史を正確に追うなら、「クラブ史上初の板倉」「復帰への足掛かりを築いた冨安」「2026年11月現在は在籍者ゼロ」という3点を軸に整理するのが最も分かりやすい。両選手の今後の活躍と、アムステルダムで新たな歴史を刻む日本人選手の登場に期待したい。