「海砂利水魚」は、現在の人気お笑いコンビくりぃむしちゅーが、かつて名乗っていた旧コンビ名です。読み方は「かいじゃりすいぎょ」。上田晋也さんと有田哲平さんが1991年にコンビを結成してから2001年に改名するまで、約10年間にわたって使用されました。
1990年代の人気番組『ボキャブラ天国』で「邪悪なお兄さん」のキャッチコピーとともに知られた海砂利水魚。改名の背景には、ウッチャンナンチャンの内村光良さんが企画した『新・ウンナンの気分は上々。』での、バカルディ(現・さまぁ~ず)との対決がありました。2025年には有田さんが改名の裏側を改めて語り、当時の知られざるエピソードも話題になっています。
【まず結論】海砂利水魚とは?読み方と現在のくりぃむしちゅーとの関係

海砂利水魚は、上田晋也さんと有田哲平さんによるお笑いコンビ「くりぃむしちゅー」の旧コンビ名です。
読み方は「かいじゃりすいぎょ」。漢字5文字という独特の表記が特徴で、1990年代のお笑い番組を知る世代には、現在のコンビ名よりもこちらの名前のほうが懐かしいという人もいます。
2026年現在、海砂利水魚という名前で活動している別のコンビがいるわけではありません。2001年に改名して以降、くりぃむしちゅーという名称が定着しています。
海砂利水魚とくりぃむしちゅーの違い両者は別々のお笑いコンビではなく、同じ二人が活動時期によって使っていた名称です。
- 海砂利水魚:1990年代から2001年までの旧コンビ名。
- くりぃむしちゅー:2001年の改名以降に使用している現在のコンビ名。
- メンバー:上田晋也さん、有田哲平さん。
なお、東京都立中央図書館のレファレンス事例では、古典落語『寿限無』に出てくる「海砂利水魚」について、「かいじゃりすいぎょ」と「かいざりすいぎょ」の両方の読み方が確認されています。芸人コンビの旧名称として一般的に使われる読み方は「かいじゃりすいぎょ」です。
【1991年結成】上田晋也・有田哲平とボキャブラ天国時代
海砂利水魚の歴史を理解するには、二人が芸人になるまでの経緯を押さえておく必要があります。
熊本の高校時代から始まった二人の関係上田晋也さんと有田哲平さんは、熊本県立済々黌高校の同級生です。ともにラグビー部に所属していたことでも知られています。
高校卒業後、二人はそれぞれ大学へ進学しましたが、上田さんがお笑いの道を志したことをきっかけに、1991年にコンビを結成。芸能界入りを後押ししたのは、先輩芸人であるコント山口君と竹田君との関係でした。
二人は先輩芸人の付き人を経験しながら芸能活動をスタート。やがて海砂利水魚として舞台やテレビで活動するようになります。
1992年スタートの『ボキャブラ天国』で注目を集める海砂利水魚の知名度を高めた大きなきっかけが、フジテレビ系の『ボキャブラ天国』シリーズです。
1992年に始まった同シリーズは、言葉遊びやダジャレを取り入れたネタを競う番組として人気を集めました。爆笑問題、ネプチューン、BOOMERなど、多くの芸人が出演し、いわゆるボキャブラ世代を形成していきます。
海砂利水魚も、その代表的な出演者の一組でした。
当時のキャッチコピーは「おとぼけツインターボ」から「邪悪なお兄さん」へ。特に後者は、二人の芸風を印象づける呼び名として知られています。
有田さんの予測しにくいボケに対し、上田さんが鋭く、時には過激な言葉でツッコむスタイルは、ほかの芸人とは異なる個性を生み出しました。
講談社のFRIDAYデジタルによる当時の芸風を振り返る記事でも、上田さんの強烈なツッコミと有田さんの独特なボケが、海砂利水魚の持ち味として紹介されています。
つまり、海砂利水魚は改名によって突然生まれた人気コンビではありません。くりぃむしちゅーになる前から、すでにテレビで存在感を示していた芸人だったのです。
【名前の由来を検証】海砂利水魚は誰が名付けた?寿限無との関係
海砂利水魚という名前には、独特の響きだけでなく、命名にまつわるエピソードがあります。
名付け親は先輩芸人の山口ひろかずさん海砂利水魚という名前を付けたのは、二人が芸能界に入った当初に師事していたコント山口君と竹田君の山口ひろかずさんです。
上田さんは2022年に文春オンラインで公開された著書『激変 めまぐるしく動いた30代のこと』の一部で、海砂利水魚という名前は山口さんに半ば強引に付けられたものだったと振り返っています。
当時の二人は、名前をなかなか覚えてもらえず、漢字の表記を間違えられることも多かったそうです。上田さん自身も、漢字5文字で古めかしい印象のある名前に愛着を持てず、何度も改名を希望していたと明かしています。
海砂利水魚の言葉自体は落語『寿限無』にも登場する「海砂利水魚」という言葉は、古典落語の有名な演目『寿限無』にも登場します。
寿限無の長い名前の一節に「海砂利水魚の水行末」という表現があります。海の砂利や水中の魚のように、数え尽くせないほど多いものを連想させる言葉です。
小学館の『デジタル大辞泉』でも、『寿限無』の長い名前の一部として紹介されています。
コンビ名の直接の由来は伊豆のカレー店コンビ名の由来として紹介されているのが、かつて伊豆に存在した同名のカレー店です。
芸能関連のエピソードを紹介する資料では、山口さんがこの店の名前から海砂利水魚という名称を採用したと説明されています。
ここで押さえておきたいのは、落語『寿限無』に同じ言葉が出てくることと、二人のコンビ名が付けられた経緯は区別する必要があるという点です。言葉としての背景と、芸人としての命名エピソードは必ずしも同一ではありません。
海砂利水魚という名前は、二人が自ら考えた芸名というより、芸能界入りを支えた先輩芸人によって与えられた名前だったのです。
【2000年・2001年】バカルディとの改名対決で何が起きた?
海砂利水魚が現在のくりぃむしちゅーへと変わった最大のきっかけは、TBS系のバラエティー番組『新・ウンナンの気分は上々。』でした。
この番組で対決した相手が、当時「バカルディ」として活動していた大竹一樹さんと三村マサカズさんのコンビです。
2000年、最初の改名対決でバカルディが敗北番組内では、海砂利水魚とバカルディがライバル関係にあるという設定から、改名をかけた対決が企画されました。
企画を提案したのは、番組MCの内村光良さんです。
2000年の最初の対決では海砂利水魚が勝利。敗れたバカルディは、内村さんの提案によって「さまぁ~ず」へと改名しました。
さまぁ~ずという名称は、二人の共通点を尋ねられた際に出た「夏」という回答をもとに考えられたものです。
当初は期間限定の改名企画という側面もありましたが、さまぁ~ずという名前はその後も定着していきました。
海砂利水魚にも「ザ・トライ」という改名案があった2025年10月、有田さんはニッポン放送の『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』に出演し、改名対決の知られざる裏側を語りました。
有田さんによると、最初の対決で海砂利水魚が負けていた場合、内村さんから提示されていた名前は「ザ・トライ」だったそうです。
二人が高校時代にラグビー部だったことに由来する名前でした。実際には海砂利水魚が勝利したため、この名前が正式に採用されることはありませんでした。
このエピソードは、2025年10月24日付の日刊スポーツでも報じられています。
2001年、リベンジ対決で敗れ「くりぃむしちゅー」に最初の対決から約1年後、今度はさまぁ~ず側からリベンジ対決が持ち込まれました。
結果は海砂利水魚の敗北。これによって、二人もコンビ名を変更することになります。
新しい名前を決める際、内村さんが有田さんに好きな食べ物を質問しました。有田さんが答えたのがクリームシチューでした。
その回答をもとに内村さんが考えたのが「くりぃむしちゅー」です。漢字やカタカナではなく、柔らかい印象のひらがな表記が採用されました。
有田さんは2024年6月放送のTBS系『有田哲平とコスられない街』でも、クリームシチューが好きだったことと、内村さんが名前を考えた経緯を説明しています。
改名の経緯を年表で整理| 時期 | 出来事・コンビ名 | 関係者・ポイント |
|---|---|---|
| 結成初期 | 島原火砕流土石流 | 先輩芸人の山口さんが命名した初期の名前として紹介されている。 |
| 1991年 | 海砂利水魚として活動 | 上田晋也・有田哲平のコンビが結成される。 |
| 1992年 | ボキャブラ天国出演 | 「邪悪なお兄さん」などのキャッチコピーで知名度を高める。 |
| 2000年 | 最初の改名対決 | 海砂利水魚が勝利し、バカルディがさまぁ~ずに改名。 |
| 2000年の対決時 | ザ・トライという改名案 | 海砂利水魚が敗れた場合の候補として内村光良が提示。 |
| 2001年 | リベンジ対決で敗北 | 海砂利水魚がさまぁ~ずに敗れ、改名が決定。 |
| 2001年以降 | くりぃむしちゅー | 有田の好物クリームシチューにちなんだ名称が定着。 |
改名は、必ずしも二人にとって最初から喜ばしい出来事ではありませんでした。
2017年放送のTBS系『櫻井・有吉 THE夜会』で、有田さんは2001年の改名当時について、芸人としてもう終わったと思ったという心境を明かしています。
さらに2025年10月のラジオ出演では、改名後の約1年間、さまぁ~ずがブレークする一方で、自分たちは思うように売れず、二番煎じのように感じていたと振り返りました。
改名を提案した内村さんも二人の状況を心配し、元の名前に戻すかどうかを尋ねたそうです。しかし、二人は新しい名前のまま活動することを選びました。
この経緯を見ると、くりぃむしちゅーへの改名は、単純なイメージチェンジではありません。テレビ番組の企画から生まれた、本人たちにとっても予想外の転換点だったのです。
【2026年現在】くりぃむしちゅーの活動と海砂利水魚の評判
2026年11月現在、上田晋也さんと有田哲平さんは、くりぃむしちゅーとしてテレビを中心に幅広く活動しています。
海砂利水魚という旧コンビ名で活動しているわけではありませんが、二人の過去を語る際には欠かせない名前として残っています。
2026年の主なテレビ出演・活動- 『しゃべくり007』:日本テレビ系の人気トークバラエティー。公式番組情報では月曜午後9時から放送。
- 『くりぃむトーク!超体験!?グランプリ』:2026年10月15日からフジテレビ系でレギュラー放送が始まったトークバラエティー。二人がMCを務める。
- 『土曜くりぃむ雑学』:2026年10月からテレビ朝日系でレギュラー化。上田さんを中心とした雑学バラエティーで、有田さんも出演する。
- 『ナゾトレMAXXX』:フジテレビ系のクイズ番組。上田さんがMC、有田さんがレギュラーとして出演。
- 『アリタチャンピオン2』:有田さんがプロデュース・MCを担当する、次世代芸人の発掘を目指すTBSの番組。2026年10月から始動。
こうした番組を見ると、二人が単にコンビとして活動しているだけでなく、それぞれの個性を生かした仕事も続けていることが分かります。
上田晋也は司会・進行、有田哲平は企画・プロデュースでも存在感上田さんの強みは、テンポのよい進行と鋭いツッコミです。クイズ、情報バラエティー、トーク番組など、幅広いジャンルでMCとして活躍しています。
一方の有田さんは、独創的な発想や人物観察を生かした企画力にも定評があります。自身が出演するだけでなく、若手芸人の発掘や番組プロデュースにも取り組んでいます。
2026年の『土曜くりぃむ雑学』について、テレビ朝日系のテレ朝POSTでは、上田さんが雑学への思いを語り、有田さんが既存の知識を深掘りするだけでなく、新しい雑学を作ることにも意欲を示しています。
かつての海砂利水魚時代に培った掛け合いを土台にしながら、現在は番組の進行、企画、出演者とのトークなど、活躍の場を広げています。
海砂利水魚の評判は?ボキャ天世代から現在まで続く懐かしさ海砂利水魚の評判を考えるうえで象徴的なのが、2025年1月に旧コンビ名がXでトレンド入りした出来事です。
日刊スポーツの報道では、当時の『ボキャブラ天国』を見ていた世代から、懐かしさを感じる投稿や、今でもくりぃむしちゅーを海砂利水魚と呼んでいるという反応が紹介されました。
当時の芸風についても、二人の掛け合いは独特でした。有田さんの予想外のボケと、上田さんの強烈なツッコミという組み合わせは、現在のトーク番組にも通じる持ち味です。
一方、上田さんは2025年7月放送の日本テレビ系『上田と女がDEEPに吠える夜』で、海砂利水魚もくりぃむしちゅーも、どちらの名前にも特別な愛着があるわけではないという趣旨の発言をして笑いを誘っています。
つまり、旧コンビ名への懐かしさは視聴者側に強く残っている一方、本人たちは名前そのものよりも、現在の活動を通じてコンビの存在感を築いてきたと考えられます。
【プロの結論】改名の成功を名前だけで判断してはいけない海砂利水魚からくりぃむしちゅーへの改名には、芸能界におけるブランド形成の興味深いポイントがあります。
第一に、改名以前から実力と知名度があったこと。ボキャブラ天国での実績が示すように、二人にはすでに独自の芸風とファン層が存在していました。
第二に、改名が必ずしも即座の成功につながらなかったこと。有田さん自身が振り返ったように、最初の1年間はさまぁ~ずとの人気差を感じていた時期もありました。
第三に、最終的には新しい名前を受け入れ、長期的な活動によってブランドを定着させたことです。
この3点から分かるのは、コンビ名の変更だけで芸人の評価が決まるわけではないということです。名前の認知度、番組との相性、本人たちの技術、長期的な出演実績が組み合わさって、現在のくりぃむしちゅーという存在が形づくられました。
【よくある質問】海砂利水魚に関するFAQ
Q1:海砂利水魚の読み方は何ですか?
A1:一般的には「かいじゃりすいぎょ」と読みます。古典落語『寿限無』に登場する言葉でもあり、別の読み方として「かいざりすいぎょ」も確認されています。
Q2:海砂利水魚は現在のどのお笑いコンビですか?
A2:現在の「くりぃむしちゅー」です。メンバーは上田晋也さんと有田哲平さんで、2001年に改名しました。
Q3:海砂利水魚がくりぃむしちゅーに改名した理由は何ですか?
A3:TBS系『新・ウンナンの気分は上々。』で、さまぁ~ず(当時バカルディ)との改名をかけた対決に敗れたためです。新名称は有田さんの好物だったクリームシチューにちなんで内村光良さんが考えました。
Q4:海砂利水魚とバカルディはどちらが先に改名しましたか?
A4:2000年の最初の対決ではバカルディが先に敗れ、さまぁ~ずに改名しました。その後、2001年のリベンジ対決で海砂利水魚も敗れ、くりぃむしちゅーになりました。
Q5:海砂利水魚の名前を付けたのは誰ですか?
A5:先輩芸人のコント山口君と竹田君の山口ひろかずさんです。伊豆にあった同名のカレー店にちなんだ名前として紹介されています。
Q6:2026年現在、上田晋也さんと有田哲平さんは何をしていますか?
A6:くりぃむしちゅーとして『しゃべくり007』『くりぃむトーク!超体験!?グランプリ』『土曜くりぃむ雑学』などに出演しています。上田さんはクイズ・トーク番組の司会、有田さんは番組の企画・プロデュースなどでも活躍しています。
海砂利水魚は、1991年に結成された上田晋也さんと有田哲平さんのコンビが、2001年まで使用していた旧名称です。
1992年からの『ボキャブラ天国』で「邪悪なお兄さん」として知られ、2000年のバカルディとの改名対決、2001年のリベンジ対決を経て、現在のくりぃむしちゅーへと変わりました。
改名の背景には内村光良さんの企画と、有田さんの好物だったクリームシチューという意外なエピソードがあります。また、上田さんが旧名称に不満を抱いていたことや、有田さんが改名直後に不安を感じていたことも、当時を振り返る証言から分かっています。
2026年現在も二人はテレビの第一線で活動を続けています。海砂利水魚という名前は、単なる過去の芸名ではありません。現在のくりぃむしちゅーにつながる原点であり、1990年代のお笑い文化を象徴する名前の一つです。
名前が変わっても、上田さんの鋭いツッコミと有田さんの自由な発想という二人の個性は変わりません。海砂利水魚の歴史を知ることは、くりぃむしちゅーが長く愛されてきた理由を理解する手がかりにもなります。
主な確認資料
- 上田晋也さん本人の著書掲載記事・文春オンライン
- 2025年の有田哲平さんの改名証言・日刊スポーツ、スポニチ
- 旧コンビ名の由来と歴史・クランクイン
- 読み方と『寿限無』の語句・東京都立中央図書館、コトバンク
- 2026年の番組情報・日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日、TBS
- 旧コンビ名への世間の反応・日刊スポーツ