杉山邦博さんの2026年の活動を確認すると、単に過去の名実況で知られる人物ではなく、現在進行形で相撲界を見つめ続けていることが分かります。
2026年7月・名古屋場所で現地観戦2026年7月14日、大相撲名古屋場所の3日目、杉山さんが会場の東側花道脇で観戦する姿が中継に映し出されました。
当時95歳だった杉山さんは、背筋を伸ばして土俵を見つめていました。THE ANSWERやENCOUNTなどがこの様子を報道し、ABEMAの中継を見ていた視聴者からも驚きの反応が寄せられました。
この出来事は、長年実況席から相撲を伝えてきた人物が、現在も観客席から土俵を見続けているという象徴的な場面でした。
2026年8月・AERA DIGITALで名古屋場所を総括日本福祉大学は2026年8月6日、杉山さんのインタビュー記事が8月2日にAERA DIGITALで配信されたと公式に発表しています。
記事では、7月26日に千秋楽を迎えた名古屋場所を振り返り、安青錦、熱海富士、藤ノ川、琴栄峰らの相撲を評価しました。
特に注目したいのは、単純な勝敗だけではなく、立ち合いの気迫、左下手を生かす技術、精神面の成長といった細部に目を向けていることです。加えて、高安や朝乃山などベテラン力士の粘り強さにも敬意を示しています。
2026年9月・秋場所後も力士を論評秋場所についても、杉山さんの評論活動が確認できます。
2026年10月6日配信のNEWSポストセブンの記事では、秋場所で12勝3敗の優勝を果たした大の里と、11勝4敗で準優勝した安青錦について分析しています。
安青錦については、低い姿勢から左を差す相撲を持ち味として評価し、精神力の強さにも言及しました。そのうえで、横綱を目指すなら13勝以上のハイレベルな優勝を目標にするべきだという見解を示しています。
「ボクが過去に知らないほどの精神力、気持ちの強さを持った力士だと思います」
これは同記事に掲載された杉山さんのコメントです。95歳で名古屋場所を現地観戦し、96歳になった秋には力士の将来を具体的に論じている。その継続性こそ、現在の活動を理解するうえで要点です。
【経歴・プロフィール】早稲田大学からNHKの名実況アナウンサーへ

杉山邦博さんは、1930年10月19日、福岡県小倉市(現在の北九州市)に生まれました。
少年時代から相撲実況に憧れ、早稲田大学第一文学部に進学。1953年に大学を卒業してNHKに入局しました。
その後、名古屋、福岡、大阪、東京などの放送局で勤務し、大相撲を中心にプロ野球やオリンピックなどのスポーツ実況を担当しました。日本福祉大学の公式プロフィールでも、大相撲中継を45年間担当した経歴が紹介されています。
杉山邦博のプロフィール一覧| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 杉山邦博(すぎやま・くにひろ) |
| 生年月日 | 1930年10月19日 |
| 2026年11月現在 | 96歳 |
| 出身地 | 福岡県小倉市(現・北九州市) |
| 出身大学 | 早稲田大学第一文学部 |
| NHK入局 | 1953年 |
| 元職業 | NHKアナウンサー |
| 現在の活動 | 相撲ジャーナリスト |
| 大学での役職 | 日本福祉大学客員教授・生涯学習センター名誉センター長 |
| 相撲界での立場 | 東京相撲記者クラブ会友 |
| 代表的な実況 | 1981年の貴ノ花引退実況 |
| 代表的な著書 | 『土俵一途に 心に残る名力士たち』 |
生年月日は講演講師プロフィールや著書の著者紹介にも掲載されている情報です。2026年7月の報道で95歳と紹介されたのは、10月19日の誕生日を迎える前だったためです。
杉山邦博の経歴・年代別の転換点この年表から見えてくるのは、NHK退職が相撲との別れではなかったことです。放送する立場から取材・評論する立場へと仕事の形を変えながら、同じ分野に関わり続けています。
【泣きの杉山】貴ノ花の引退実況はなぜ伝説になったのか
杉山邦博さんを語るうえで欠かせないのが、1981年1月の初場所で行われた大関・貴ノ花の引退に関する実況です。
貴ノ花は、現在の貴乃花親方や若乃花の父にあたる初代貴ノ花です。小柄な体格ながら、豪快な技と粘り強い取り口で人気を集めた力士でした。
その貴ノ花が引退を決意した際、杉山さんは実況中に感極まり、言葉を詰まらせました。この場面は後年まで語り継がれ、「泣きの杉山」「泣かせの杉山」という呼び名が定着するきっかけになりました。
ニッポン放送の2017年のインタビュー記事でも、この引退実況は杉山さんの代表的なエピソードとして取り上げられています。
なぜ視聴者の心に残ったのか実況アナウンサーには、試合の状況を正確に伝える技術が大切です。一方で、大相撲は力士の入門から成長、昇進、引退までの長い人生が勝負に重なる競技です。
杉山さんの実況が印象に残った理由は、単に声が感情的だったからではありません。長年見守ってきた力士の引退という出来事を、視聴者と同じ時間の中で受け止めていたからです。
引退を事務的に伝えるのではなく、ひとりの力士が土俵を去る重みまで言葉にする。その姿勢が、通常のスポーツ実況とは異なる人間味を生み出しました。
杉山邦博の実況を支えた観察力健康長寿ネットに掲載された本人インタビューでは、杉山さんは新人時代に相撲実況の徹底した訓練を受けたことを語っています。
当時は決まり手を覚えるだけでなく、先輩と実際に相撲を取りながら技の名称を即座に口にする練習まで行っていました。
また、ラジオ実況の経験から、カメラに映っていない側の力士の表情や動きまで捉えることの大切さを学んだと説明しています。映像に頼らず、土俵全体を見渡す力が、後の取材活動にもつながっています。
【現在の役職】日本福祉大学客員教授と東京相撲記者クラブ会友
杉山邦博さんは、相撲ジャーナリストとしての活動だけでなく、教育分野でも長く活動しています。
日本福祉大学との長い関係杉山さんは1989年から日本福祉大学の客員教授を務め、2013年からは生涯学習センター名誉センター長の肩書も持っています。
2026年4月1日現在の大学公式の客員教授・准教授一覧にも名前が掲載されており、同年8月の大学公式ニュースでも「生涯学習センター名誉センター長・客員教授」と紹介されています。
したがって、過去の役職だけでなく、2026年時点でも大学との関係が続いていることが分かります。
東京相撲記者クラブ会友としての立場東京相撲記者クラブ会友は、長年にわたって相撲報道に携わってきた杉山さんを理解するうえで重要な肩書です。
NHK時代は実況席から取組を伝え、退職後は記者・評論家として角界を見守る。所属する立場が変わっても、力士や相撲関係者との接点を持ち続けてきました。
2026年の名古屋場所観戦や秋場所後の評論も、こうした長年の取材経験を背景にした活動です。
全6場所の現地取材は現在も続いているのか杉山さんの取材活動について、特に知られているのが、年間6場所すべてを追いかける姿勢です。
健康長寿ネットに掲載された本人インタビューでは、2017年当時、年間6場所のうち90日間の80日以上を現場で取材していたと語っています。
これは東京の両国で行われる3場所に加え、大阪、名古屋、福岡の場所にも足を運んでいたという意味です。
ただし、この数字は2017年当時の本人談です。2026年について同じ日数・全6場所の現地取材を続けているという年間実績は、公表情報からは確認できません。2026年に具体的に確認できるのは、7月の名古屋場所での現地観戦と、秋場所後の評論活動です。
【健康長寿の秘密】杉山邦博が本人取材で語った水泳・食生活・生活習慣
96歳を迎えても相撲の現場に足を運ぶ杉山さんについて、もうひとつ関心を集めているのが健康習慣です。
参考になるのが、公益財団法人長寿科学振興財団が発行した機関誌『Aging&Health』に掲載された本人インタビューです。健康長寿ネットにも転載されており、本人が日常生活について具体的に説明しています。
1.週3回程度の水泳を続けていた杉山さんは、小倉時代に川で覚えた平泳ぎをスポーツの原点として挙げています。
インタビュー当時は、10年以上にわたって週3回ほどプールに通っていたと説明しています。
ここで注目したいのは、激しいトレーニングではなく、長年親しんできた水泳を生活の中に取り入れていたことです。
2.1日3食を欠かさない食生活本人は、食事についても「3度3度必ず」と説明しています。
朝昼晩の食事を規則的に取るという生活スタイルです。食事の細かな献立や特定の健康食品を長寿の理由として紹介しているわけではありません。
3.飲酒は昼間に控える意外に感じる人もいる可能性がありますが、杉山さんは当時、毎晩晩酌をしていたことも明かしています。
インタビューで紹介された量は、日本酒なら1合半、ワインなら2杯弱、ビールなら缶1本程度。本人は昼間の飲酒を避けるという自分なりのルールも持っていました。
これはあくまで当時の本人の生活習慣であり、飲酒が長寿につながるという医学的な意味ではありません。健康状態や年齢によって適切な飲酒量は異なります。
4.健康を支えているのは感謝と人とのつながりインタビューで特に印象的なのは、杉山さんが「感謝」や「ご縁」を繰り返し語っていることです。
相撲の現場に立ち続けられるのは、周囲の人との出会いのおかげだという考え方を示しています。
また、挨拶の際に「おかげさまでありがとうございます」という気持ちを大切にしていると話しています。
水泳、規則正しい食事、人との交流、仕事への関心。こうした日々の積み重ねが、杉山さんの生活を理解する手掛かりになります。
【著書・相撲哲学】『土俵一途に』に込められた杉山邦博の信念
杉山さんの活動をより深く知るには、実況やテレビ出演だけでなく、著書にも目を向けたいところです。
『土俵一途に 心に残る名力士たち』2016年6月に中日新聞社から刊行された著書です。
長年にわたって土俵を見続けてきた杉山さんが、後世に伝えたい名力士や名勝負を自身の視点で記録しています。
単なる戦績の紹介ではなく、力士の人柄や勝負に向かう姿勢を伝える内容で、長年の現場経験を生かした一冊です。
2025年刊行の『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』加えて、2025年には大空出版から『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』が刊行されています。
荒井太郎さんを聞き手に迎え、戦後の大相撲や昭和のスポーツ実況、東京オリンピックなどについて振り返る内容です。
1953年のNHK入局から長年にわたってスポーツを伝えてきた杉山さんの経験を、歴史の記録として読むことができます。
杉山邦博が大相撲で大切にしてきた「抑制の美」杉山さんの相撲観を象徴する言葉のひとつが「抑制の美」です。
2017年のニッポン放送のインタビューでは、勝った際のガッツポーズなど、派手なパフォーマンスに頼らない相撲の美しさについて語っています。
健康長寿ネットのインタビューでも、相撲は単なるスポーツや興行ではなく、日本の伝承文化だという考えを示しています。
つまり、杉山さんが取組を見る際に重視しているのは、勝ち負けだけではありません。土俵上の礼儀、力士の所作、勝負が終わった後の表情や振る舞いまで含めて相撲を評価しています。
この視点があるからこそ、2026年の秋場所でも、安青錦の技術や精神力を細かく分析できるのでしょう。
【誤解と事実】杉山邦博の現在について知っておきたい5つのポイント
杉山さんについて検索すると、年齢や健康、現在の仕事についてさまざまな情報が見つかります。ここでは、事実関係を整理します。
| よくある疑問 | 確認できる情報 |
|---|---|
| 2026年も95歳なのか | 10月19日に96歳を迎えている |
| 2026年も相撲を取材しているのか | 7月の名古屋場所で現地観戦し、10月には秋場所を評論 |
| 全6場所すべてに行っているのか | 2017年当時は年間6場所の80日以上を現地取材。2026年の全場所実績は確認できない |
| ジムで運動しているのか | 本人の過去のインタビューで確認できる運動習慣は週3回程度の水泳 |
| NHKに現在も所属しているのか | 元NHKアナウンサー。現在は相撲ジャーナリストとして活動 |
「杉山邦博 ジム」という関連検索もありますが、本人の健康習慣として具体的に紹介されているのはプールでの水泳です。
ジムで筋力トレーニングを続けているという確かな本人発言は、今回確認したインタビューには見当たりません。
2026年の現地取材と過去の取材実績は区別する2017年当時の年間6場所・80日以上という数字は、杉山さんの取材姿勢を表す重要な記録です。しかし、これをそのまま2026年の実績として紹介するのは正確ではありません。
一方、2026年7月の名古屋場所での観戦と、同年10月の秋場所後の評論は、それぞれ具体的な報道によって確認できます。
年齢だけを見て活動を推測するのではなく、実際に公表された取材や評論の記録を見ることが、現在の杉山さんを理解する判断基準になります。
【杉山邦博の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:杉山邦博さんは2026年現在何歳ですか? A1:1930年10月19日生まれで、2026年11月現在96歳です。2026年7月の名古屋場所で報道された際は、誕生日を迎える前だったため95歳でした。
Q2:杉山邦博さんは現在も相撲ジャーナリストですか? A2:はい。2026年7月には名古屋場所を現地観戦し、8月にはAERA DIGITALで名古屋場所を総括。10月には秋場所後の安青錦について評論しています。
Q3:杉山邦博さんの現在の大学での肩書は何ですか? A3:日本福祉大学客員教授・生涯学習センター名誉センター長です。2026年の大学公式情報でも、その活動や肩書が確認できます。
Q4:杉山邦博さんの健康長寿の秘訣は何ですか? A4:過去の本人インタビューでは、週3回程度の水泳、1日3食の規則的な食生活、昼間は飲酒しない習慣などを紹介しています。これらは当時の生活についての発言です。
Q5:「泣きの杉山」と呼ばれる理由は何ですか? A5:1981年の初場所で大関・貴ノ花の引退を実況した際、感極まって言葉を詰まらせたことが由来です。力士への深い思いが伝わる実況として、現在も語り継がれています。
Q6:杉山邦博さんの代表的な著書は何ですか? A6:2016年刊行の『土俵一途に 心に残る名力士たち』が代表的な著書です。2025年には『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』も刊行されています。
杉山邦博さんは、2026年10月19日に96歳を迎えました。NHKの名実況アナウンサーとして活躍した時代を経て、現在は相撲ジャーナリストとして土俵を見つめ続けています。
2026年の活動を振り返ると、7月の名古屋場所での現地観戦、8月のAERA DIGITALでの場所総括、10月の秋場所後の評論という具体的な実績があります。
日本福祉大学の客員教授・生涯学習センター名誉センター長という教育分野での肩書も継続しており、相撲を伝える活動は放送だけにとどまりません。
また、過去の本人インタビューからは、水泳や規則的な食事、人との縁を大切にする姿勢も見えてきます。
杉山さんのキャリアから学べるのは、長くひとつの仕事を続けることの価値だけではありません。時代に合わせて仕事の形を変えながら、専門性を磨き続けることの大切さです。
「泣きの杉山」と呼ばれた実況の時代から、96歳での相撲評論まで。その根底にあるのは、勝負の奥にいる人間を見つめる姿勢です。今後も大相撲をどのような視点で伝えていくのか、杉山邦博さんの活動に注目が集まります。
主な参照資料:日本福祉大学公式サイト、健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)、ニッポン放送 NEWS ONLINE、NEWSポストセブン、THE ANSWER、国立国会図書館書誌情報。