大久保嘉人さんの妻・莉瑛さんは、1983年生まれ、長崎県出身の女性です。2022年に掲載された『婦人公論』の夫婦対談では、短大卒業後に全日空(ANA)のグランドスタッフとして勤務していた経歴も紹介されています。
莉瑛さんは幼いころから空港で働くことに憧れており、希望していた仕事に就職。ところが、交際していた嘉人さんのスペイン移籍が決まったことで、仕事を辞めて結婚し、海外で暮らす道を選びました。
本人も後年のインタビューで、憧れていた仕事を長く続ける同期を見て、うらやましく思うことがあったと振り返っています。
それでも、結婚後は4人の息子の子育てに取り組み、サッカースクールの運営にも携わるなど、自分自身の活動の幅を広げてきました。
莉瑛さんの顔写真は公開されている?莉瑛さんの顔写真は、一般の人が撮影した出所不明の画像だけでなく、女性誌やインタビュー媒体の取材写真で確認できます。
代表的なのが、2024年3月の女性誌『STORY』のインタビューです。莉瑛さん本人の写真や家族写真、嘉人さんとの夫婦写真が掲載されています。
また、2024年11月の『CHANTO WEB』のインタビューでも、サッカースクールのイベントに参加する姿や家族との写真が紹介されています。
2022年の『婦人公論』では、嘉人さんとの夫婦初対談も掲載されました。
したがって、莉瑛さんの顔写真を探す場合は、こうした本人取材による写真を確認するのが確実です。
莉瑛さんのプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大久保莉瑛(おおくぼ・りえ) |
| 生年 | 1983年 |
| 出身 | 長崎県 |
| 結婚 | 2004年 |
| 結婚前の仕事 | ANAのグランドスタッフ |
| 家族 | 夫と4人の息子 |
| 主な活動 | ベトレーセサッカースクールの運営 |
| 夫 | 大久保嘉人さん |
※プロフィールは本人インタビューや婦人誌などの掲載情報に基づいています。
【夫婦の歩みを時系列で整理】高校時代の出会いから2004年の結婚まで

大久保夫妻の関係で興味深いのは、出会いと交際開始の時期が必ずしも同じではないことです。
2人は高校時代に知り合っていますが、本格的に交際を始めたのは嘉人さんがプロサッカー選手になった2001年ごろでした。
2014年の『女性自身』の記事では、2000年に高校3年生同士で出会ったことが紹介されています。
さらに2022年の『婦人公論』の夫婦対談では、嘉人さん本人が、セレッソ大阪に加入した2001年ごろから交際が始まったと振り返っています。
出会いから結婚までの関係2人をつないだのは、サッカーを通じた人間関係でした。
莉瑛さんの弟は嘉人さんの高校の1年後輩で、莉瑛さんの実家もサッカーと縁の深い家庭でした。莉瑛さんの父親もサッカーの指導者だったといいます。
一方、嘉人さんは当時、プロ選手になることに集中しており、高校時代はサッカー中心の生活を送っていました。
交際が始まってからも、順調なことばかりではありませんでした。
莉瑛さんは福岡の短大に通っていたため、遠距離恋愛になり、嘉人さんの生活態度に不満を感じて別れを考えたことも、夫婦対談で明かしています。
その後、莉瑛さんがANAに就職して大阪勤務になったことで、2人の距離は縮まりました。
そして嘉人さんのスペイン・マジョルカ移籍を機に、2004年に結婚。新婚生活はスペインで始まりました。
大久保夫妻の関係年表この年表から分かるのは、嘉人さんのキャリアの節目と、夫婦の生活の転換点が深く結びついていることです。結婚、海外移籍、子育て、現役引退、そして再び海外への移住と、2人は環境の変化に合わせて家族の形を築いてきました。
【2015年の病気と家族の支え】胞状奇胎と抗がん剤治療を経験
大久保夫妻の歴史を語るうえで、2015年の出来事は避けて通れません。
当時、莉瑛さんは第4子を妊娠しましたが、残念ながら流産を経験しました。その後、妊娠に関連する胞状奇胎と診断され、術後の経過に問題が生じたため、入院して抗がん剤治療を受ける必要が出てきました。
胞状奇胎とはどのような病気だったのか胞状奇胎は、妊娠に関連して胎盤を形成する絨毛組織が異常に増殖する病気です。
莉瑛さんの場合、手術後も治療が必要な状態となり、当時の嘉人さんはSNSを通じて病状を公表しました。
報道では、奇胎後hCG存続症と呼ばれる状態についても説明されています。
この公表には、莉瑛さん本人の希望もありました。
当時の報道によると、嘉人さんは、丸刈りにした理由を知らない人から罰を受けたのではないかと誤解されることを莉瑛さんが嫌がり、病気について公表したいと考えていたことを説明しています。
夫と3人の息子が丸刈りになった理由2015年10月11日、嘉人さんは当時のSNSで、妻が抗がん剤治療の副作用によって髪を失う可能性があることを明かしました。
そして、自分だけでなく、3人の息子たちと一緒に丸刈りにした写真を公開しました。
髪が抜けるかもしれない莉瑛さんの不安を少しでも和らげたいという思いからの行動でした。
翌日の取材では、嘉人さんが妻の入院に付き添ったことや、治療期間が約3週間と説明されていたことも報じられています。
当時、嘉人さんは自分と息子たちが丸刈りになった理由について、国見高校時代を思い出したと語っていました。
また、子どもたちも母親を励ますために協力したといいます。
莉瑛さん自身が語った当時の気持ち2024年の『STORY』のインタビューでは、莉瑛さん自身が当時を振り返っています。
夫が坊主頭になって帰宅し、子どもたちも一緒に髪を刈ることになったことで、家族みんなで笑い合う時間が生まれたそうです。
莉瑛さんは、子どもたちと一緒に過ごしたその時間が励みになり、つらい出来事だけではない思い出として残っていることを語っています。
このエピソードで印象的なのは、嘉人さんが一方的に支えたという話ではないことです。
妻の不安を家族全員で受け止め、子どもたちも自分たちなりに母親を励まそうとしました。
2017年には四男が誕生その後、莉瑛さんは治療を終え、2017年3月31日に四男を出産しました。
嘉人さんは四男に紫由(しゆう)くんと命名。2017年4月には自身の公式ブログなどで名前を公表しています。
2015年の病気を経て、再び家族が増えたことは、夫妻にとって大きな節目になりました。
【子供は4人全員が男の子】大久保家の家族構成と育児
大久保嘉人さんと莉瑛さんには、4人の息子がいます。
4人ともサッカーと関わりが深く、長男と三男はスペインへサッカー留学したことでも話題になりました。
大久保家の4人の息子| 続柄 | 名前 | 読み方 |
|---|---|---|
| 長男 | 碧人 | あいと |
| 次男 | 緑二 | りょくじ |
| 三男 | 橙利 | とうり |
| 四男 | 紫由 | しゆう |
大久保家の息子たちの名前には、それぞれ色を表す漢字が使われています。
四男の名前が発表された際、嘉人さんは「さらに我が家はカラフルになりました」と家族のにぎやかさを表現しました。
4人の息子を育てる莉瑛さんは、子どもたちの性格や成長段階に合わせて接し方を変えていることもインタビューで語っています。
嘉人さんが三男と大阪で暮らした1年間2021年、嘉人さんがセレッソ大阪に復帰した際、家族全員で大阪へ移ることは簡単ではありませんでした。
子どもたちには学校やサッカースクールがあり、生活環境を大きく変えることが難しかったからです。
そこで三男の橙利くんが「パパと一緒に行く」と希望し、父子2人で大阪生活を始めました。
当時、嘉人さんはサッカー選手として現役を続けながら、朝食や弁当の準備、洗濯、買い物などを担当。
この経験は、著書『俺は主夫。職業、現役Jリーガー』にもつながっています。
2022年の『婦人公論』の夫婦対談では、莉瑛さんが夫の家事や育児への取り組みを振り返り、家庭での役割について率直に語っています。
嘉人さん自身も、実際に子どもと生活することで、これまで妻が担っていた家事や育児の大変さを理解したと話しています。
【妻・莉瑛さんの仕事】サッカースクール運営と夫のセカンドキャリア
莉瑛さんを理解するうえで見逃せないのが、サッカースクールの運営です。
単に夫を支える立場にとどまらず、嘉人さんの引退後を見据えた事業づくりにも主体的に関わってきました。
ベトレーセサッカースクールを立ち上げた背景莉瑛さんは、夫の引退後の活動を考え、2016年からサッカースクール事業を始めました。
2024年11月の『CHANTO WEB』のインタビューでは、スクールを開く構想を出したのは嘉人さんではなく、自分だったと明かしています。
スクールの名称はBtrece(ベトレーセ)。
長崎と福岡に拠点を設け、子どもたちがサッカーを楽しみながら成長できる環境づくりを目指してきました。
莉瑛さんの担当は、コーチ陣とのミーティングやイベント運営などです。
また、夫のサッカーに対する考え方をスクールに反映させることや、子どもたち一人ひとりが活躍できるチームづくりにも取り組んでいます。
プロ選手を目指す子どもだけでなく、サッカーを楽しみたい子どもや、体力づくりを目的とする子どもにも目を向けている点が特徴です。
莉瑛さんの活動で注目したい3つのポイント- 運営面の責任者:コーチ陣との連携やイベントの運営を担当。
- 子育て経験の活用:4人の息子を育ててきた経験をスクールづくりに反映。
- 嘉人さんのセカンドキャリア:現役引退後もサッカーに関われる環境を早くから考えていた。
ここで注目したいのは、嘉人さんの引退後に慌てて仕事を探したわけではないことです。
現役時代から次のキャリアを考え、家族で準備を進めていたという点に、莉瑛さんの主体性が表れています。
【2026年最新】大久保嘉人と妻・莉瑛さんはスペインで何をしている?
大久保家の現在を語るうえで大きな転換点となったのが、2025年のスペイン移住です。
嘉人さんは2025年1月10日、自身のSNSで、同年4月から家族と一緒にスペインへ移住すると発表しました。
移住の理由は、息子たちのサッカー留学と、自分自身の新しい挑戦でした。
2025年4月からバルセロナで家族生活移住発表時には、長男の碧人さんと三男の橙利さんがすでにスペインでサッカーを学んでいました。
嘉人さんは、息子たちの挑戦を近くで応援したいという父親としての思いを明かしています。
一方で、単に子どもたちについていくためだけの移住ではありません。
嘉人さん自身もスペインでサッカーを学び直し、指導者としての可能性を探ることを目指していました。
2025年1月のMBSのインタビューでは、現役時代にマジョルカでプレーした経験も踏まえ、スペインで指導者として勉強したいという考えを語っています。
また、莉瑛さん自身もスペイン移住に前向きだったことが、同インタビューで明らかになっています。
2026年6月には家族で「アナザースカイ」に登場2026年6月13日放送の日本テレビ系『Google Pixel presents ANOTHER SKY(アナザースカイ)』では、嘉人さんがスペイン・バルセロナでの暮らしを紹介しました。
番組関連の記事によると、家族6人で移住してからの生活を振り返り、妻の莉瑛さんや息子たちも登場しています。
注目されたのは、現役引退後の嘉人さんの変化について、莉瑛さんが家族の立場から語ったことです。
サッカー選手として現役でプレーしていた時代とは異なり、引退後は新しい仕事や活動を模索する日々がありました。
莉瑛さんは、夫の様子を見ながら、新しい生活に向けてある作戦を考えたことも番組で紹介されています。
家族にとってスペイン移住は、息子たちのサッカーだけでなく、嘉人さん自身の人生を再構築する機会にもなっているようです。
2026年秋には嘉人さんが現役復帰2026年9月14日付のORICON NEWSは、嘉人さんがスペイン・バルセロナの自宅テラスで過ごす近況を紹介しました。
加えて、嘉人さんは9月6日の自身のSNSで、現地のベテランチームからオファーを受け、サッカー選手として再びプレーすることになったと報告しています。
開幕戦では1ゴール1アシストを記録したことも伝えられました。
2021年に現役を引退した嘉人さんが、スペインで再びピッチに立つという新展開です。
2026年11月現在、莉瑛さんについては、バルセロナでの家族生活が同年6月の番組関連報道で確認できます。一方、サッカースクールの日本での運営状況や、移住後の莉瑛さん個人の仕事については、最新の詳細な発表は限られています。
したがって、現在の莉瑛さんを語る際には、家族とスペインで暮らしていることと、過去にサッカースクール運営を担ってきたことを分けて理解する必要があります。
【プロの結論】莉瑛さんは夫を支えるだけでなく、家族の未来をつくってきた人
大久保嘉人さんの妻・莉瑛さんについて調べると、単に有名サッカー選手を支えた妻という説明だけでは、その人物像を十分に伝えられないことが分かります。
高校時代に出会い、遠距離恋愛を経験し、スペイン移籍を機に結婚。4人の息子を育てながら、2015年の病気を乗り越え、サッカースクールの運営にも携わってきました。
特に注目すべきなのは、次の3点です。
1. 家族の危機に向き合う力
2015年の病気では、家族が一緒に丸刈りになるという行動を通じて、困難な状況を支え合いました。
2. 自分自身の仕事をつくる主体性
嘉人さんの引退後を見据え、2016年からサッカースクールを立ち上げたのは莉瑛さん自身の発想でした。
3. 家族の変化に合わせて生活を選ぶ柔軟性
子どもたちの留学や嘉人さんの新しい挑戦を受け、家族でスペイン移住を決断しています。
大久保家の強さは、サッカー選手である夫だけが家族を引っ張るという構図ではありません。それぞれが役割を持ち、必要に応じて家族の形を変えてきたことにあります。
【大久保嘉人の奥さんに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:大久保嘉人の奥さんの名前は何ですか?
A1:妻の名前は大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。1983年生まれの長崎県出身で、結婚前はANAのグランドスタッフとして働いていました。
Q2:大久保嘉人と妻はいつ結婚しましたか?
A2:2004年です。高校時代に知り合い、2001年ごろから交際を始め、嘉人さんのスペイン・マジョルカ移籍を機に結婚しました。
Q3:大久保嘉人の子供は何人ですか?
A3:4人です。碧人(あいと)さん、緑二(りょくじ)さん、橙利(とうり)さん、紫由(しゆう)さんという4人の息子がいます。
Q4:大久保嘉人の妻が経験した病気は何ですか?
A4:2015年に胞状奇胎を経験しました。術後の経過に問題があり、抗がん剤治療が必要になりました。その後、治療を終え、2017年に四男を出産しています。
Q5:大久保嘉人の妻の顔写真は公開されていますか?
A5:公開されています。『STORY』『CHANTO WEB』『婦人公論』などの取材記事や夫婦対談に、莉瑛さん本人の写真が掲載されています。
Q6:大久保嘉人の妻はサッカースクールを運営していますか?
A6:はい。2016年から嘉人さんがプロデュースするBtrece(ベトレーセ)の運営に携わり、長崎と福岡でスクールを開校しました。2024年のインタビューでは代表としての活動を紹介しています。
Q7:2026年現在、大久保嘉人夫妻はどこに住んでいますか?
A7:2025年4月から家族でスペインのバルセロナに移住しています。2026年6月にはテレビ番組でも家族6人の生活が紹介されました。
Q8:大久保嘉人の妻は現在も日本で暮らしていますか?
A8:2026年6月の報道では、家族6人でバルセロナに移住した生活が紹介されています。莉瑛さんが現在、日本に単身で戻って暮らしているという情報は確認されていません。
大久保嘉人さんの妻・莉瑛さんは、高校時代からの縁を2004年の結婚につなげ、4人の息子とともに家族を築いてきた女性です。
2015年の胞状奇胎と抗がん剤治療という困難を乗り越え、サッカースクールの運営にも挑戦。2025年には家族でスペインへ移住し、2026年もバルセロナで新しい生活を続けています。
特に、莉瑛さん自身が夫のセカンドキャリアを考え、サッカースクールの立ち上げを主導したことは、あまり知られていない重要な一面です。
嘉人さんが日本サッカー界で残してきた記録の陰には、家族の未来を考え、環境の変化に向き合ってきた莉瑛さんの歩みもありました。
これからの大久保家は、息子たちのサッカーへの挑戦と、嘉人さん自身のスペインでの新たな活動を軸に、さらに変化していきそうです。
主な参考報道・取材:日刊スポーツ、スポニチ、婦人公論、STORY、CHANTO WEB、MBSニュース、entax、日本サッカー名蹴会、ORICON NEWS(2014~2026年掲載)。