長島自演乙雄一郎は、1984年7月2日生まれ、兵庫県出身の元キックボクサー・総合格闘家です。現役時代は魁塾に所属し、K-1 WORLD MAXやNJKFを中心に活躍しました。
RIZIN公式プロフィールでは、身長175cm、体重70kgと紹介されています。本名は長島雄一郎で、リングネームの「自演乙」はインターネット文化から生まれたものです。
本名は長島雄一郎。「自演乙」はネットスラングが由来「自演乙」は「自作自演お疲れ様」を短縮したインターネットスラングです。匿名掲示板の2ちゃんねる(現・5ちゃんねるにつながるネット文化)で使われていた言葉として知られています。
2009年のITmediaのインタビューで、長島本人はリングネームの由来について、2ちゃんねらーだったことを理由に挙げています。
当初は「長島ブーン雄一郎」や「長島シャキーン雄一郎」といった候補もあったそうです。最終的に「自演乙」という言葉が採用され、現在まで続く独特の名前が誕生しました。
なぜ星が2つ付いているのか?リングネームの両側にある「」にも本人なりの理由があります。
本人の説明によると、星を2つ付けたのは、星が1つの「つのだひろ」を超えたかったからです。単なる装飾ではなく、名前そのものに遊び心を込めていました。
このように、名前の由来にはネット文化への親しみと、ユーモアを前面に出す本人の性格が表れています。
プロフィール一覧【日本拳法からK-1王者へ!長島自演乙の経歴と戦績】

長島の格闘技人生は、最初からキックボクシング一筋だったわけではありません。柔道や空手を経験し、大学では日本拳法に取り組みました。
2021年の引退セレモニーでは、本人が格闘技人生の出発点を柔道と空手と振り返っています。その後、日本拳法の技術をプロ格闘技に生かそうと考え、魁塾からプロの世界へ進みました。
日本拳法がファイトスタイルの土台になった長島が特に重視していたのが、日本拳法の「直突き」です。
引退セレモニーでは、日本拳法で身につけた直突きが格闘技でも通用すると考え、真剣に練習していたことを明かしています。
日本拳法は、突きや蹴りなどの打撃技術を特徴とする武道です。長島の戦い方には、こうした経験を背景とするパンチ主体の攻撃的なスタイルが見られました。
また、RIZIN公式プロフィールによれば、2005年から総合格闘技の試合に出場。MMAでは6戦4勝で、勝利はいずれも打撃によるKO・TKOだったと紹介されています。
2007年にプロキックボクサーデビュー2007年4月、長島はニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)でプロキックボクシングデビューを果たしました。
当初から目立っていたのは、コスプレでの入場と実力を兼ね備えたキャラクターです。単純に奇抜な格好をするだけではなく、試合ではKOを狙う本格派として存在感を示しました。
2008年11月にはNJKFスーパーウェルター級の王座決定戦で古川照明にKO勝利。初代スーパーウェルター級王者に輝きました。
2010年、K-1 WORLD MAX日本代表決定トーナメントで優勝長島のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2010年3月27日に開催されたK-1 WORLD MAX 2010の-70kg日本代表決定トーナメントです。
長島は1回戦で名城裕司、準決勝で龍二、決勝で中島弘貴と対戦。3試合すべてをKOで制し、見事に初優勝を果たしました。
この大会は、K-1 MAX史上初の全試合KOによる優勝として報じられました。特に決勝では2ラウンドにダウンを奪われながら、最終3ラウンドに右フックで逆転KO。最後まで攻撃を貫く姿勢が強い印象を残しました。
長島自演乙の主な経歴・年表なお、2010年に獲得したのはK-1 WORLD MAXの日本代表決定トーナメントの優勝です。世界王者決定トーナメントそのものの優勝とは異なります。実際、同年11月の世界トーナメントではマイク・ザンビディスにKO負けしています。
日本王者としての成功と、世界のトップ選手との対戦を区別しておくと、長島のキャリアをより正確に理解できます。
【コスプレ入場の理由と青木真也KOの真相】
長島自演乙が一般の格闘技ファン以外にも知られるようになった最大の理由は、アニメキャラクターのコスプレをしてリングに登場する独特のスタイルでした。
しかし、そのパフォーマンスには単なる目立ちたがりではない、本人なりの戦略がありました。
コスプレ入場は自分自身を売り出すための自己プロデュース2021年のENCOUNTのインタビューで、長島はデビュー当時に自分のキャラクターを考えたと説明しています。
不良やギャル男といった既存の格闘家像とは違う個性を出すため、自分が好きだったアニメを前面に出すことを決めたのです。
2008年11月のNJKF王座決定戦では、初音ミクのコスプレで登場。両手に長ネギを持って踊り、観客に約50本のネギを配ったというエピソードも残っています。
この出来事はネット上でも話題になり、長島の知名度を大きく押し上げました。コスプレは試合前の余興であると同時に、彼自身を認知してもらうための強力なブランド戦略だったのです。
その後も作品に合わせた衣装で入場し、アニメやゲームを好む層にも格闘技を届ける存在となりました。
青木真也との試合はなぜ伝説になった?2010年12月31日、大みそかの格闘技イベント「Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~」で、長島は総合格闘家の青木真也と対戦しました。
この試合は通常のキックボクシングでも総合格闘技でもなく、両方のルールを組み合わせた特別なMIXルールで行われました。
ルールの概要は次のとおりです。
- 第1ラウンド:3分間のキックボクシングルール
- 第2ラウンド:5分間のMMAルール
キックボクシングを得意とする長島に対し、青木は寝技や関節技を得意とする総合格闘家でした。第2ラウンドに入れば青木が有利になると考えられる組み合わせです。
試合結果は2ラウンド開始4秒のKO第1ラウンドでは、青木がクリンチや距離を取る動きを見せ、長島はなかなか決定的な攻撃を当てられませんでした。会場からブーイングが起こる場面もあったと報じられています。
勝負が動いたのは第2ラウンドの開始直後でした。
青木がタックルを仕掛けようとした瞬間、長島はタイミングを合わせて膝蹴りを放ちます。これが青木の顔面に直撃。倒れた青木に追撃のパウンドを加え、試合を終わらせました。
2R 0:04
青木真也戦の決着タイム
2010年12月31日・Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~
勝者:長島自演乙雄一郎
決着:膝蹴りからの追撃によるKO
この試合の興味深い点は、長島が単に偶然の一撃で勝ったわけではないことです。
引退直前の2021年に受けたENCOUNTのインタビューでは、長島は青木の過去の試合を研究し、タックルに来る動きを予想していたと振り返っています。相手のスタイルを読み、膝蹴りを狙うという作戦を立てていたのです。
つまり、あの4秒には事前の研究と瞬時の判断が詰まっていました。
青木真也も自身の著書『空気を読んではいけない』で、長島との試合をベストの試合として挙げています。敗者側にとっても、その後のキャリアを振り返るうえで意味のある一戦だったことがうかがえます。
【長島自演乙の引退理由は?2021年最後の試合と引退セレモニー】
長島は2021年に現役を引退しました。プロデビューから約14年間にわたって続けた格闘家生活に、自ら区切りをつけた形です。
引退については、2021年7月にDEEPKICK実行委員会から正式な引退エキシビションの開催が発表されました。
引退理由は公表されている?長島の引退をめぐって気になるのが、なぜ現役を退いたのかという点です。
当時の報道によると、最後のプロ公式戦は2020年2月の「ラウェイinジャパン15~絆~」でした。その後、DEEPKICK実行委員会と本人との話し合いを経て、引退エキシビションが決定しています。
ただし、引退の直接的な理由について、本人が特定の負傷や病気、年齢などを原因として明言したという情報は、当時の引退発表やセレモニーの報道からは確認できません。
一方、2019年12月には大阪で自身のキックボクシングジム「02GYM」を開設していました。現役選手として試合に出るだけでなく、格闘技を教える側へと活動の軸を広げていた時期です。
こうした経緯から、引退後の指導者活動への移行はキャリアの大きな転換点と考えられます。ただし、これを本人が明言した単独の引退理由と混同することはできません。
2021年9月23日、DEEPKICKで最後のリング引退セレモニーは2021年9月23日、大阪府泉大津市のテクスピア大阪で開催されたDEEPKICK 55で行われました。
引退エキシビションでは、麻原将平、左右田泰臣、中村優作の3選手と対戦。長島にゆかりのある選手たちとの特別な3人掛けという形式でした。
入場時には、初めてタイトルを獲得した2008年と同じ初音ミクのコスプレを披露。入場曲に合わせて登場し、最後までコスプレファイターとしてのスタイルを貫きました。
試合後の引退セレモニーでは、長島は14年間のプロ生活を振り返り、次の言葉を残しています。
「僕は14年間のプロ生活、一片の悔いもありません。」
「今日、長島自演乙雄一郎は、コスプレとグローブを置きます。」
この発言は、長島が現役生活をどのように受け止めていたかを象徴するものです。最後のリングには、かつてのトレードマークだったネギも投げ込まれ、2008年のタイトル獲得時を思わせる演出で幕を閉じました。
引退は単に試合から離れるだけではなく、長島らしいパフォーマンスとともに14年間のキャリアを締めくくるものになりました。
【長島自演乙の現在2026年最新!引退後の活動と02GYM】
2026年11月現在、長島自演乙雄一郎は、現役格闘家ではなく、格闘技ジムの代表者・指導者として活動しています。
その拠点となっているのが、大阪市平野区にある「02GYM(オツジム)」です。ジムの公式サイトでは、長島が代表者として紹介されており、K-1で培った技術や経験を会員への指導に生かす方針が掲載されています。
02GYMとはどんなジム?02GYMは、2019年12月にオープンしたキックボクシングジムです。長島が現役を引退する前から運営していた施設であり、引退後の活動を支える重要な拠点になっています。
公式サイトによると、ジムは競技志向の経験者だけでなく、初心者や女性、子ども、35歳以上の男性など幅広い層を対象としています。
主な指導・利用対象は次のとおりです。
- 初心者向けのキックボクシング
- 女性向けのダイエット・フィットネス
- 子ども向けの少年キック・少年部
- 35歳以上を対象にした親父ファイター
- アマチュア格闘技や試合出場を目指す人
ジムのコンセプトは、チャンピオンの技術をフィットネスやアマチュア格闘技に取り入れ、誰もが楽しみながらトレーニングできる環境をつくることです。
魁塾と02GYMの関係長島の経歴を調べる際に混同されやすいのが、魁塾と02GYMの違いです。
魁塾は、長島がプロ格闘家として所属し、キャリアを築いた格闘技団体・道場です。2007年のプロキックボクシングデビューから、NJKF王座獲得、K-1参戦までの歩みを支えた存在でした。
一方、02GYMは2019年に自身が開設したジムです。現在の公式サイトでは長島が代表者として掲載されており、現役時代に培った知識を一般会員や競技者に伝える場となっています。
2026年現在の評判は?長島の評価を考える際には、コスプレという独自性だけでなく、競技実績と後進への影響を分けて見る必要があります。
格闘技面では、NJKF初代スーパーウェルター級王者、K-1 WORLD MAX日本代表決定トーナメント優勝というタイトルが大きな実績です。特に3試合連続KOでのK-1優勝は、現在も代表的なキャリアとして紹介されています。
また、2021年の引退セレモニーでは、麻原将平や左右田泰臣、中村優作らが長島への敬意を表明しました。皇治も、関西から成り上がった先輩として長島を尊敬している旨を語っています。
こうした証言からは、長島が単に話題性のある選手だっただけでなく、関西の格闘技界や後輩選手に影響を与えた存在だったことが分かります。
2026年現在の活動については、02GYMの公式情報が最も具体的です。かつてのように大規模な格闘技大会で試合をする姿とは異なりますが、格闘技の技術を伝えるという形で競技との関わりを続けています。
【プロの結論】長島自演乙が格闘技界に残したもの
長島自演乙雄一郎のキャリアには、格闘技選手としての実力と、エンターテインメント性を両立させた独自の価値があります。
その本質は、コスプレで注目を集めただけの選手ではなかったという点です。
2008年にはNJKFのタイトルを獲得し、2010年にはK-1 WORLD MAXの日本代表決定トーナメントを全試合KOで制覇。さらに青木真也とのMIXルール戦では、相手の戦術を研究したうえで劇的な勝利を収めました。
これらの実績は、個性的なキャラクターと競技力が両立していたことを示しています。
長島自演乙のキャリアを評価する3つの視点1. 格闘技の実力
日本拳法を基礎にした打撃技術とKOを狙う攻撃性が特徴でした。K-1日本代表決定トーナメントでの全試合KO優勝は、象徴的な実績です。
2. セルフプロデュース能力
コスプレを入場演出として取り入れ、アニメやネット文化と格闘技を結びつけました。選手自身が個性を発信し、ファン層を広げる手法としても興味深い事例です。
3. 引退後の活動
2019年に02GYMを開設し、現役引退後は指導者としての活動を展開しています。自分自身がチャンピオンになる段階から、次の世代や一般会員に技術を伝える段階へと移行しました。
長島の歩みは、競技者としての実績だけでなく、個性を武器にした自己表現や、引退後のキャリア形成という面でも注目に値します。
【長島自演乙の現在・本名・戦績に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:長島自演乙雄一郎の本名は何ですか?
A1:本名は長島雄一郎(ながしま・ゆういちろう)です。リングネームの「自演乙」は、インターネットスラングの「自作自演お疲れ様」に由来しています。
Q2:長島自演乙は2026年現在、何をしていますか?
A2:大阪市平野区のキックボクシングジム「02GYM」の代表者として紹介されています。現役引退後は、格闘技経験を生かした指導者としての活動が確認できます。
Q3:長島自演乙はK-1で世界チャンピオンになったのですか?
A3:2010年にK-1 WORLD MAXの-70kg日本代表決定トーナメントで優勝しています。世界王者決定トーナメントの優勝とは異なります。
Q4:青木真也にはどのように勝ったのですか?
A4:2010年12月31日のDynamite!!でMIXルールの試合を行い、2ラウンド開始4秒に膝蹴りを決め、追撃のパウンドでKO勝利しました。
Q5:長島自演乙の引退理由は何ですか?
A5:2021年に現役引退を発表しましたが、特定の負傷や病気などを直接の理由とする明確な公式説明は確認できません。最後のプロ公式戦は2020年2月で、2021年9月に引退エキシビションを行いました。
Q6:長島自演乙の所属は魁塾ですか、02GYMですか?
A6:魁塾は現役時代の主な所属先で、02GYMは自身が2019年に開設したジムです。現在の02GYM公式サイトでは代表者として紹介されています。
Q7:長島自演乙はなぜコスプレをして入場していたのですか?
A7:アニメ好きという自分の個性を生かし、既存の格闘家とは違うキャラクターをつくるためです。本人もインタビューで、デビュー当時に自己プロデュースとして考えたと説明しています。
長島自演乙雄一郎は、本名を長島雄一郎といい、日本拳法を基礎にプロ格闘家として活躍した人物です。
2008年のNJKF初代スーパーウェルター級王座獲得、2010年のK-1 WORLD MAX日本代表決定トーナメント優勝、そして青木真也との大みそか決戦でのKO勝利は、現在も語り継がれる代表的な実績です。
2021年には14年間のプロ生活に幕を下ろしましたが、格闘技との関係が終わったわけではありません。2019年に開設した02GYMを拠点に、現在は代表者・指導者として活動しています。
長島自演乙の魅力は、単なるコスプレファイターという枠には収まりません。好きなアニメ文化を堂々と表現しながら、リングでは結果を残す。その独自のスタイルこそが、彼を記憶に残る格闘家にした最大の理由です。
2026年現在も、現役時代の実績と02GYMでの活動を通じて、その存在は格闘技界に残っています。