2026年11月現在、歌手・作曲家の小林明子さんは、イギリスを生活と音楽活動の拠点にしながら、日本でも歌手として活動を続けています。1985年にドラマ『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』の主題歌「恋におちて -Fall in love-」で鮮烈なデビューを飾ってから40年以上。現在は、ハープを取り入れた音楽表現や、英国人の夫との暮らし、アーティスト名「holi」での活動など、デビュー当時とは異なるスタイルを確立しています。
特に注目されるのが、2025年11月8日に開催されたデビュー40周年記念ライブと、2026年のテレビ出演です。一方、過去には喉の不調やコロナ禍によって歌手引退を考えた時期もありました。現在67歳(2026年11月5日に68歳)の小林さんは、どのような人生を歩み、今どんな音楽を届けているのでしょうか。
【2026年最新】小林明子の現在は?67歳で英国を拠点に活動中

小林明子さんの現在を理解するうえで重要なのは、テレビで頻繁に見かけるタイプの芸能活動から、音楽制作やライブを重視する活動へと軸足を移していることです。
所属事務所MSエンタテインメントプロダクツの公式プロフィールでは、歌手・作曲家としての経歴が紹介されており、1992年のロンドン移住後も音楽活動を継続してきたことが記されています。
2025年にはデビュー40周年を迎え、本人にとって初めてとなる周年記念ライブも実現しました。さらに2026年1月には、BS-TBSの音楽番組『MUSIC X』への出演や、40周年ライブのテレビ放送も告知されています。単なる懐かしのヒット歌手ではなく、現在進行形の音楽家として活動していることが分かります。
小林明子のプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小林明子(こばやしあきこ) |
| 生年月日 | 1958年11月5日 |
| 年齢 | 67歳(2026年11月4日時点) |
| 出身地 | 東京都 |
| 最終学歴 | 学習院大学哲学科 |
| 職業 | 歌手・シンガーソングライター・作曲家 |
| 歌手デビュー | 1985年 |
| 代表曲 | 恋におちて -Fall in love- |
| 海外での活動名 | holi |
| 主な活動拠点 | イギリス・ロンドン |
| 配偶者 | イギリス人男性 |
生年月日は日本タレント名鑑などのプロフィール情報に基づいています。2026年11月5日に68歳の誕生日を迎えます。
現在も日本とイギリスをつなぐ音楽活動小林さんは、イギリスでの生活を大切にしながら、日本の音楽ファンとの接点も維持しています。
活動の特徴は、テレビ出演だけに依存していないことです。
- オリジナル曲や過去の作品を生かした音楽活動
- ハープを取り入れたライブパフォーマンス
- 海外アーティストとのコラボレーション
- 日本での音楽番組出演や記念公演
- 「holi」という名義でのアーティスト活動
こうした活動形態からは、芸能人としての露出よりも、音楽そのものを作り続けることに重きを置いている姿勢がうかがえます。
【1985年の大ヒット】小林明子と「恋におちて」の誕生秘話
小林明子さんの名前を聞いて、多くの人が思い浮かべるのが「恋におちて -Fall in love-」です。
この曲は1985年、TBS系ドラマ『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』の主題歌として大ヒットしました。
ドラマの大人の恋愛模様と、切なく情感豊かなメロディーが重なり、当時の音楽シーンを代表する楽曲になりました。
しかし、意外にも、この曲は最初からドラマのために作られたわけではありません。
「恋におちて」はもともと別の歌手のための楽曲だった2025年11月に公開されたUSENの音楽情報サイト「encore」の40周年インタビューで、小林さん自身が制作の背景を語っています。
もともとは作曲家として依頼を受け、別の歌手に提供する予定だった楽曲でした。しかし、その企画が実現しなかったため、しばらく保留になっていたといいます。
その後、レコード会社のプロデューサーから小林さん自身の声で歌ってみてはどうかと提案され、歌手デビューにつながりました。
加えて、ドラマとのタイアップが決まったのは、その後のことでした。
歌詞を担当したのは作詞家の湯川れい子さんです。
当初は英語の歌詞を中心にドラマで流していましたが、ヒットの兆しが見えた段階で日本語と英語を組み合わせたバージョンへ変更。これが本格的なヒットにつながったと小林さんは振り返っています。
小林明子の音楽人生を変えた代表作品「恋におちて」の成功後も、小林さんは作曲家としての活動を続けました。
1988年には、カーペンターズのリチャード・カーペンターがプロデュースしたアルバム『City of Angels』を発表。
カレン・カーペンターに似た歌声を評価されたことも、海外での音楽活動につながるきっかけになりました。
小林さんの原点には、カーペンターズやブリティッシュロックへの強い関心があります。単に日本でヒット曲を歌うだけではなく、自分が本当に表現したい音楽を追求してきた人物なのです。
【英国人の夫との結婚】小林明子の渡英理由と馴れ初め
小林明子さんの現在を語るうえで、イギリスでの生活と国際結婚は欠かせません。
小林さんは1991年、以前から憧れていたイギリスへ単身で渡りました。
日本で大ヒットを経験した直後に、なぜ海外へ活動拠点を移したのでしょうか。
その背景には、音楽に対する強いこだわりがありました。
渡英の理由はブリティッシュロックへの憧れ2025年のUSENインタビューで、小林さんはイギリスへ渡った理由について、自身がブリティッシュロックやプログレッシブロックを好きだったことを明かしています。
日本での歌手活動が順調だった一方、自分が本当に表現したい音楽は別のところにありました。
本人は、音楽家として自己表現するならプログレッシブロックに取り組みたいという思いが強くなり、ロンドンへ向かったと説明しています。
つまり、渡英は芸能活動から逃れるための選択ではなく、音楽家として新しい可能性を探すための挑戦でした。
1992年にはロンドンを活動拠点とし、「holi」という名義で音楽活動を本格化させています。
夫との出会いは太極拳教室だった小林さんは2001年ごろ、イギリス人男性と国際結婚しました。
2024年3月29日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』では、夫との出会いや結婚について紹介されています。
夫の名前はデビットさん。
2人が出会った場所は、意外にも太極拳の教室でした。
小林さんは、夫の人柄について、自分の父親と共通する部分があったと説明しています。特に真面目さや正直さに惹かれたことが、結婚を決める理由の一つだったそうです。
顔が父親に似ていたわけではなく、人間性に共通点を感じたというエピソードが印象的です。
夫婦でボリウッドダンスを楽しむ生活結婚後の2人は、共通の趣味も楽しんでいます。
その一つがボリウッドダンスです。
ボリウッドダンスとは、インド映画の音楽や振り付けを取り入れた華やかなダンススタイル。
小林さんは健康のためにダンスを始め、夫にも勧めたところ、現在では2人で楽しむ趣味になったと報じられています。
2024年の『徹子の部屋』では、自宅で踊る小林さんの様子も紹介されました。
音楽だけでなく、身体を動かすことも日々の楽しみにしているようです。
【年表で検証】小林明子の経歴と音楽活動の転換点
小林明子さんのキャリアは、単純な歌手デビューから海外移住という流れではありません。
作曲家としてのスタート、世界的アーティストとの交流、ハープを取り入れた音楽表現など、複数の転換点があります。
ここでは公式プロフィールと本人のインタビューをもとに、重要な出来事を整理します。
| 年代 | 出来事・関係者 | 活動の意味 |
|---|---|---|
| 大学卒業後 | 学習院大学哲学科を卒業 | 作曲家を目指す |
| 1984年 | ブレッド&バター「Moon Eyes」 | 作家としての活動 |
| 1985年 | 「恋におちて」 | 歌手デビュー・大ヒット |
| 1988年 | リチャード・カーペンター | 『City of Angels』を制作 |
| 1991年 | イギリスへ単身渡航 | 音楽のルーツを追求 |
| 1992年 | holi名義で活動開始 | ロンドンを拠点に活動 |
| 1994年 | スティーヴ・ジャンセン、ミック・カーン | 国際的な音楽交流 |
| 1995年 | ブライアン・イーノ | 日本語詞の提供・ボーカル参加 |
| 2001年ごろ | 英国人男性と結婚 | イギリスでの生活を築く |
| 2004年 | ハープ中心のライブ活動 | 独自の演奏スタイルを確立 |
| 2007年 | 「恋におちて」ハープバージョン | 代表曲を新しい形で表現 |
| 2022年11月 | 久しぶりの日本への一時帰国 | 歌への思いが再燃 |
| 2024年3月29日 | 『徹子の部屋』出演 | 英国での生活や結婚を紹介 |
| 2025年11月8日 | 40周年記念ライブ | 初の周年記念公演 |
| 2026年1月 | 『MUSIC X』出演 | 日本の音楽番組に出演 |
この年表で注目したいのは、1985年の大ヒットがキャリアの終着点ではなかったことです。
むしろ、小林さんにとって「恋におちて」は、作曲家としての活動を広げ、海外で新しい音楽を追求するための出発点にもなりました。
また、スティーヴ・ジャンセンやミック・カーン、ブライアン・イーノなど、英国の音楽シーンに関係するアーティストとの交流も重要な実績です。
日本の歌謡曲の世界だけでは見えにくい、小林さんのもう一つの音楽的な顔がここにあります。
【holi名義とハープ】小林明子の現在の音楽スタイルとは?
小林明子さんの現在の音楽活動を理解するうえで欠かせないのが、「holi」というアーティスト名とハープを取り入れた演奏スタイルです。
holiは小林明子本人の別名義1992年にロンドンへ活動拠点を移した小林さんは、「holi」という名義で音楽活動を開始しました。
別人や別の音楽ユニットではありません。小林明子本人が海外での表現活動に使用してきたアーティスト名です。
ロンドンでは、元JAPANのスティーヴ・ジャンセンやミック・カーンらと音楽制作を行いました。
加えて、ブライアン・イーノとの縁からU2のメンバーとの交流も生まれています。
本人の2025年のインタビューによれば、これらの出会いは、ロンドンでの人脈や偶然の紹介を通じて広がっていったものでした。
なぜハープを取り入れるようになったのか小林さんがハープに惹かれた理由は、自分の歌声との相性でした。
ロンドンで知り合った日本人の若いハープ奏者と一緒に音を合わせたことがきっかけだったと、2025年のUSENインタビューで説明しています。
ハープの音色に感じたのは、優しさ、美しさ、そしてエレガントさ。
小林さん自身は、自分の声は大きくなく、バンド演奏では楽器の音に埋もれてしまうことがあると語っています。
その点、ハープは声の魅力を引き立ててくれる楽器でした。
所属事務所の公式プロフィールによると、2004年から日本でもハープを中心とした定期的なライブ活動を開始。2007年には「恋におちて」のハープバージョンも発表しています。
この変化は、単なる楽器の変更ではありません。
大ヒット曲を歌う歌手から、自分の声や表現に最も適した演奏スタイルを追求する音楽家へと、活動の方向性を広げた出来事です。
【40周年ライブの全貌】2025年の記念公演と2026年のテレビ出演
2025年11月、小林明子さんは歌手デビュー40周年を迎えました。
その節目に実現したのが、初めての周年記念ライブです。
公演名は「小林明子 40th Anniversary Live Yesterday Once More ~with Love~」。
開催日は2025年11月8日、会場は東京・渋谷のJZ Brat Sound of Tokyoでした。
10周年・20周年・30周年では行わなかった記念ライブ興味深いのは、小林さんが10周年、20周年、30周年のタイミングでは周年記念ライブを開催していなかったことです。
2025年のインタビューでは、その理由について、自分はもともと作曲家としてキャリアをスタートさせたため、パフォーマーとしての意識があまり強くなかったと説明しています。
しかし、約10年前から始めたボリウッドダンスが転機になりました。
ダンスを通じてステージに立ち、観客に向けてエネルギーを発散する楽しさを知ったことが、今回の記念公演につながったそうです。
40周年ライブの内容と見どころ公演タイトルの「Yesterday Once More」は、カーペンターズの名曲から取ったものです。
カーペンターズは小林さんにとって音楽の原点でもあります。
ライブでは、アーティストでピアニストの丸尾めぐみさんと基本的に2人で演奏する構成を予定していました。必要に応じてDTMなども取り入れ、声と楽器のバランスを大切にしたステージです。
また、本人は全アルバムを振り返り、40年間の軌跡をたどるセットリストを目指すと語っていました。
過去に一度もステージで歌ったことのない曲も披露する予定だったといいます。
2026年のテレビ出演・放送情報所属事務所が2026年1月18日に発表した出演情報では、次の2つが紹介されています。
| 日付 | 番組・放送 | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年1月18日 | BS-TBS『MUSIC X』 | 「次世代に伝えたい名曲!2時間スペシャル!」にゲスト出演 |
| 2026年1月24日 | BS10プレミアム | 40周年記念ライブを独占放送 |
『MUSIC X』では、関根勤さん、辛島美登里さん、澤田知可子さんらとともに出演しました。
テーマは「次世代に伝えたい名曲」。小林さんの代表曲「恋におちて」も、次の世代に残したいラブバラードとして取り上げられました。
また、BS10プレミアムでは前年に開催された40周年ライブが放送されています。
なお、2024年3月29日に出演した『徹子の部屋』と、2026年のテレビ出演情報は区別する必要があります。『徹子の部屋』で紹介されたのは英国での暮らしや結婚、引退を考えた時期についてのエピソードです。2026年の新たな同番組出演については、確認できる番組情報は見当たりません。
【引退説の真相】小林明子が歌手活動をやめようと考えた理由
小林明子さんについて検索すると、「引退した?」「現在は歌っていない?」という疑問が見られます。
実際、小林さん自身が過去に引退を考えたことを明かしています。
ただし、引退を考えたことと、実際に引退したことは別です。
喉の不調とコロナ禍が重なった2024年3月29日放送の『徹子の部屋』に関連して公開された毎日キレイの記事では、小林さんが引退を考えた経緯が詳しく紹介されています。
その背景にあったのが、2014年ごろの喉の不調です。
歌手にとって声は最も重要な表現手段です。喉を痛めたことで、それまでと同じように歌うことが難しくなりました。
さらにコロナ禍によって音楽活動にブランクが生まれ、歌手としての将来を考える時間が増えたといいます。
2022年11月の一時帰国が転機に大きな転機になったのは、2022年11月の久しぶりの日本への一時帰国でした。
実家に保管されていた自分の衣装などを目にした小林さんは、これまで歩んできた歌手人生を振り返り、再び歌いたいという思いを強くしたそうです。
毎日キレイの記事では、当時の気持ちとして、本人が「またやりたい」と話したことが紹介されています。
その後、仕事の依頼も再び届くようになり、音楽活動への意欲を取り戻していきました。
引退ではなく、新しい年齢の重ね方を選んだ小林さんが語った今後の目標には、印象的な言葉があります。
「ああ、年を取るのも悪くないな~」と思ってもらえるようになりたいです。
これは、2024年の『徹子の部屋』出演時に紹介された本人の言葉です。
若いころと同じ声や体力を取り戻すことだけを目標にするのではなく、年齢を重ねた自分だからこそできる表現を大切にする。
2025年の40周年ライブも、こうした考え方とつながっています。
小林明子さんの引退説は、実際に引退したという話ではなく、一時的に歌手活動の継続を悩んだ時期があったことから生まれたものです。
2025年の記念ライブと2026年のテレビ出演は、活動を再開し、継続してきたことを示す具体的な出来事です。
【よくある誤解を検証】小林明子の現在について知っておきたいこと
小林明子さんの近況には、海外生活や結婚、別名義での活動など、検索時に混同されやすい情報があります。
特に次の3点は整理しておきたいところです。
- 「holi」は別人ではない: 小林明子さん本人が海外で使用しているアーティスト名です。
- 海外移住は引退ではない: 1991年の渡英は、英国の音楽文化やプログレッシブロックを追求するための選択でした。
- 40周年ライブは2025年開催: 2026年の関連情報には、前年のライブのテレビ放送も含まれています。
また、2026年には小林さん本人が出演していない番組でも「恋におちて」が取り上げられています。
例えば、NHKの『The Covers』では2026年10月15日放送回で超特急のタカシさんとシューヤさんが同曲を披露しました。
こうした情報は楽曲の人気が続いていることを示しますが、小林さん本人の出演とは区別する必要があります。
【小林明子の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:小林明子は2026年現在、何歳ですか?
A1:1958年11月5日生まれです。2026年11月4日時点では67歳で、翌5日に68歳になります。
Q2:小林明子は現在もイギリスに住んでいますか?
A2:はい。1991年に単身で渡英し、1992年からロンドンを活動拠点としてきました。2025年のインタビューでもロンドンを拠点とする音楽活動が紹介されています。
Q3:小林明子の夫はどんな人ですか?
A3:イギリス人男性のデビットさんです。太極拳教室で出会い、2001年ごろに結婚しました。小林さんは夫の真面目さや正直さに惹かれたと話しています。
Q4:小林明子は歌手を引退したのですか?
A4:引退していません。喉の不調やコロナ禍による活動の空白から引退を考えた時期はありましたが、2022年の一時帰国を機に歌への思いが再燃し、活動を再開しました。
Q5:小林明子のholiとは何ですか?
A5:小林明子さんが1992年ごろからロンドンを拠点に活動する際に使用しているアーティスト名です。別人ではありません。
Q6:小林明子は現在もハープを演奏していますか?
A6:ハープは現在の音楽活動を特徴づける重要な楽器です。2004年からハープを中心としたライブ活動を始め、代表曲のハープバージョンも発表しています。
Q7:小林明子の40周年ライブはいつ開催されましたか?
A7:2025年11月8日に東京・JZ Brat Sound of Tokyoで開催されました。2026年1月24日にはBS10プレミアムでライブ映像が放送されました。
小林明子さんの現在をたどると、1985年の「恋におちて」の大ヒットだけでは語り尽くせない音楽人生が見えてきます。
1991年の渡英、英国人の夫との結婚、holi名義での活動、海外アーティストとの交流、ハープを取り入れたライブなど、その歩みは非常に多彩です。
2014年ごろの喉の不調やコロナ禍では引退を考えた時期もありましたが、2022年の一時帰国を機に歌への情熱を取り戻しました。
そして2025年には、初めてのデビュー40周年記念ライブを実現。2026年にもテレビ出演やライブ映像の放送を通じて、日本のファンとの接点を保っています。
【プロの結論】
小林明子さんの現在を評価する際に大切なのは、テレビへの出演回数や1980年代のヒット曲だけで活動を判断しないことです。
彼女のキャリアには、作曲家、ポップス歌手、英国を拠点とするアーティスト、ハープを取り入れた表現者という複数の側面があります。
40周年ライブは、その異なるキャリアを一つにつないだ象徴的な出来事でした。
「恋におちて」の歌手というイメージを大切にしながらも、その枠にとどまらず、自分らしい音楽を追求してきた小林明子さん。
67歳を迎えた現在も、引退ではなく、自分の声と向き合いながら音楽を続ける人生を選んでいます。 今後の新しいライブや日本でのテレビ出演にも注目が集まります。