ホーム 芸能人プロフィール・現在 【出身高校】藤井風は岡山県立岡山城東高等学校の音楽学類出身

【出身高校】藤井風は岡山県立岡山城東高等学校の音楽学類出身

黒田 慎平 黒田 慎平 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

藤井風の出身高校は、岡山県岡山市中区にある岡山県立岡山城東高等学校です。

同校は音楽を専門的に学べる音楽学類を設置している県立高校で、藤井風は音楽学類のピアノ専攻で学んでいました。

2021年3月1日放送のテレビ朝日系「報道ステーション」では、藤井風が母校を訪問。高校時代の恩師である音楽学類主任の森野啓司氏と再会し、当時の思い出を語りました。

2025年12月には、岡山県教育委員会の報道発表資料でも藤井風が同校の卒業生として紹介されています。母校が現在も公式に卒業生としてその名前を挙げていることは、出身高校を裏付ける客観的な情報です。

岡山城東高校の音楽学類とは?

岡山城東高校の音楽学類は、一般的な高校教育に加えて、音楽を専門的に学ぶ教育課程です。

現在の学校案内でも音楽学類が独立した学類として紹介されており、音楽系の部活動や演奏活動など、専門性を生かす教育環境が整えられています。

藤井風が在籍していた当時も、ピアノの技術を磨くだけでなく、ほかの音楽家と一緒に演奏する機会がありました。

特に注目したいのが、合唱部との関わりです。

高校時代の藤井風は、恩師の森野啓司氏から声をかけられ、合唱コンクールの伴奏を担当しました。ピアノ専攻で培った技術を、合唱という集団表現の中で発揮していたのです。

高校時代の恩師・森野啓司先生との関係

2021年の「報道ステーション」では、森野氏が藤井風を合唱部の伴奏者として起用した経緯が紹介されました。

ピアノ専攻の生徒として一人で演奏技術を磨いていた藤井風に、森野氏が合唱の伴奏を依頼したことが、学校外の音楽活動につながっていきます。

この経験は、現在の藤井風の音楽を考えるうえでも興味深いものです。

ソロピアノの演奏では、自分自身のリズムや表現を追求できます。一方、合唱の伴奏では、歌う人たちの呼吸やテンポを感じ取り、全体の音楽を支える役割が大切です。

高校時代にこうした経験を積んだことは、後のライブにおける柔軟な演奏表現にもつながる背景の一つと考えられます。

【高校時代の実態】ピアノ漬けの日々とブラックミュージックへの傾倒

藤井風高校時代

藤井風自身は、後年のインタビューで高校時代を振り返り、音楽に囲まれた生活を送っていたことを明かしています。

単に学校の授業でピアノを学んでいたわけではありません。個人練習、学校での演奏活動、合唱の伴奏など、音楽が日常生活の大きな部分を占めていました。

高校時代はブラックミュージックに夢中だった

藤井風の高校時代を語るうえで欠かせないのが、ブラックミュージックとの出会いです。

本人は高校時代について、ブラックミュージックに夢中になっていたと振り返っています。

ブラックミュージックとは、アフリカ系アメリカ人の音楽文化を背景に発展した音楽の総称で、ソウル、R&B、ファンク、ゴスペルなど幅広いジャンルを含みます。

藤井風の音楽に見られる特徴的なグルーヴ感や、ピアノの自由なアレンジを理解するうえで、この時期の音楽的な関心は重要です。

幼少期からクラシックピアノを学んできた藤井風ですが、家庭では父親の影響でジャズやポップス、洋楽などにも親しんでいました。

また、マイケル・ジャクソンの楽曲からも大きな影響を受けています。

つまり、高校時代に突然ブラックミュージックへ方向転換したというより、幼い頃から身近にあった多様な音楽が、この時期にさらに深く自分の表現として育っていったと見ることができます。

高校時代のピアノはクラシックだけではなかった

藤井風の演奏技術の土台には、幼少期から続けてきたクラシックピアノがあります。

しかし、彼の音楽的な特徴は、クラシックの演奏技術だけでは説明できません。

ジャズやR&B、ソウルなどの影響を受けたリズム感や、原曲を自分なりに解釈して演奏するアレンジ能力も特徴です。

高校時代には合唱コンクールの伴奏を担当し、ピアノをソロ演奏以外の場面でも活用していました。

また、当時の藤井風は、ピアノだけでなく歌うことにも強い関心を持っていました。

後年の本人の振り返りからは、周囲が期待するピアニストとしての姿と、自分が望む歌手としての姿との間で、葛藤があったこともうかがえます。

高校時代の藤井風はどんな生徒だった?

高校時代の実態を知るうえで重要なのは、音楽活動だけに目を向けないことです。

藤井風は岡山城東高校で学業と音楽活動に取り組み、学校生活そのものが忙しかったとされています。

自宅から学校までの距離もあり、YouTubeへの投稿を続ける余裕がなくなっていきました。

この時期は、インターネット上で演奏を発信する活動よりも、学校での学びや実際の演奏経験を積むことに時間を使っていた時期でした。

小学生の頃から動画を通じて人に演奏を届けていた少年が、高校では対面での音楽活動を重ねていたという点は、藤井風の成長を考えるうえで見逃せません。

【YouTube投稿の変化】高校入学から卒業後まで何が変わった?

藤井風は高校入学以前からYouTubeで演奏動画を公開していました。

しかし、高校時代には投稿が一時的に途絶えます。

この変化は、音楽活動をやめたことを意味するものではありません。むしろ、学校生活や専門的な音楽活動に集中していた時期と重なっています。

12歳で始めたYouTube投稿

藤井風が初めてYouTubeに動画を投稿したのは、2010年1月1日です。

当時は12歳で、小学6年生でした。

父親から「これからはYouTubeの時代だ」と勧められ、実家の喫茶店でピアノ演奏を撮影して公開したことが始まりです。

当初の動画は、既存の楽曲をピアノで演奏するカバーが中心でした。

クラシックだけでなく、国内外のポップスや歌謡曲など、幅広いジャンルを取り上げていたことが特徴です。

当時の動画投稿は、現在のような本格的な音楽活動というより、演奏を楽しみながらインターネットを通じて公開する取り組みでした。

高校時代は動画投稿を休止

中学校を卒業して岡山城東高校に進学すると、生活環境が変わります。

専門的な音楽教育を受けるようになり、学校での活動も忙しくなったため、YouTubeへの投稿は一時中断されました。

筑摩書房の読みものサイト「webちくま」に掲載された北村匡平氏の論考でも、高校時代の忙しさと動画投稿の中断が紹介されています。

ここで押さえておきたいのは、動画投稿が止まったことと、音楽活動が止まったことは別だという点です。

実際には、ピアノの練習や合唱の伴奏など、学校内外で音楽に取り組んでいました。

高校卒業後、YouTubeは歌を届ける場所へ

高校卒業後、藤井風はYouTubeへの投稿を再開します。

初期のピアノカバーに加え、2017年夏にはテイラー・スウィフトの「Look What You Made Me Do」を歌入りでカバーしました。

ここは大きな転換点です。

それまでの動画ではピアノ演奏が主役でしたが、歌声を披露することで、藤井風自身のボーカリストとしての魅力も伝わるようになりました。

また、動画には演奏だけでなく、衣装や小道具などの視覚的な演出も取り入れられるようになります。

カバーを通じて楽曲を再現する段階から、自分の個性を表現する段階へと進んでいったのです。

高校時代から卒業後までの経緯・関係性一覧
時期 出来事・関係する人物や活動 音楽活動上の意味
2010年 12歳でYouTubeにピアノカバーを投稿 インターネットでの発信を開始
2013年春 岡山城東高校の音楽学類へ進学 専門的な音楽教育を受ける
高校時代 ピアノ練習、ブラックミュージックへの関心 音楽的な表現の幅を広げる
高校時代 森野啓司氏との出会い、合唱の伴奏 合唱を支える演奏経験を積む
高校卒業前 コンサートで両親の前で歌を披露 歌手志望を家族に示す転機
卒業後 YouTube投稿と地元での演奏活動を再開 ピアノと歌を組み合わせた表現へ
2019年春 東京へ活動拠点を移す 本格的な音楽活動へ進展
2020年 「何なんw」でデビュー メジャーアーティストとして活動開始
2025~2026年 3rdアルバム『Prema』とワールドツアー展開 国内外で活動を広げる

この経歴から分かるのは、藤井風の音楽人生が一貫してYouTubeだけで進んできたわけではないということです。

学校での専門教育、恩師との活動、実際の演奏経験、動画での発信という複数の要素が組み合わさって、現在の表現につながっています。

【歌手志望の真相】高校卒業前のコンサートで両親に歌声を披露

藤井風の高校時代で、特に注目されるエピソードが、卒業前のコンサートです。

本人の後年のインタビューによると、藤井風は以前から歌手になりたいという思いを持っていました。

しかし、親は藤井風がピアニストになるものと考えていたそうです。

ピアニストを期待する親と歌手になりたい本人

藤井風は、幼少期からピアノを学び、高い演奏技術を身につけていました。

父親の影響もあり、家族にとってピアノは身近な存在だったといえます。

一方、本人の中には、ピアノを演奏するだけでなく、自分の声で歌を届けたいという願いがありました。

この方向性の違いから、親子の間で意見がぶつかることもあったと振り返っています。

興味深いのは、藤井風が高校時代から歌手への思いを持っていたという点です。

現在の歌唱力やステージ上での存在感を見ると、最初から歌手として活動することが決まっていたように感じる可能性があります。しかし、実際にはピアノ演奏と歌唱のどちらを自分の中心に置くのか、模索していた時期がありました。

高校卒業前のコンサートで初めて両親の前で歌う

本人のインタビューを紹介した記事によると、高校生活の終盤に開催されたコンサートで、藤井風は両親を招き、初めて歌声を披露しました。

その際、親からかけられた言葉として紹介されているのが、次の一言です。

「本気出したら歌えるんじゃのう」

岡山弁らしい自然な言葉ですが、このエピソードには大きな意味があります。

それまでピアニストになることを期待していた親に、自分の歌を直接聴いてもらったことで、歌手としての可能性を認めてもらうきっかけになったのです。

なお、本人の回顧で語られるコンサートについて、具体的な公演名や開催日までは広く確認できる形で公表されていません。

このエピソードを単なる高校時代の思い出として見るのはもったいないでしょう。

藤井風にとっては、演奏者として評価されるだけでなく、自分自身の声で表現したいという気持ちを周囲に示した重要な出来事だったと考えられます。

【高校卒業後の進路】大学進学しなかった理由と音楽活動の始まり

藤井風の学歴について、検索されることが多いのが「大学には進学したのか」という疑問です。

確認できる経歴では、藤井風は高校卒業後、大学には進学せず、音楽活動を続ける道に進みました。

藤井風は音楽大学に進学した?

藤井風は岡山県立岡山城東高等学校の音楽学類で学んでいましたが、大学で音楽を専攻したという経歴は確認されていません。

高校卒業後は地元での演奏活動やYouTubeへの動画投稿を続けています。

つまり、音楽大学を卒業してプロになったという経歴ではありません。

専門的な音楽教育を受けた高校時代を経て、実践的な演奏活動を通じてキャリアを築いていった人物です。

大学進学しなかった理由は?

大学に進学しなかった理由については、本人が特定の理由を公式に詳しく説明した情報は見当たりません。

ただし、卒業後の活動を見ると、音楽を仕事にするための実践的な経験を積み重ねていたことが分かります。

具体的には、次のような活動です。

- YouTubeでのピアノカバー動画の投稿再開
- 歌唱を取り入れた弾き語り動画の公開
- 地元の夏祭りやイベントへの出演
- 高齢者施設などでの演奏
- オリジナル楽曲の制作

女性自身の2022年の記事でも、大学進学や就職をせず、地元の夏祭りや高齢者施設などでコンサートを行いながら、音楽で生きていく道を模索していたと紹介されています。

したがって、大学進学をしなかったことを、単純に学業への関心がなかったためと解釈するのは適切ではありません。

高校で学んだ音楽を、実際の演奏や創作活動に結びつけていったことが、その後のキャリアから読み取れます。

地元での演奏活動から2019年の上京へ

高校卒業後の藤井風は、地元を中心に演奏活動を続けました。

YouTubeだけに頼るのではなく、実際に人前で演奏する機会を積極的に求めていたことが特徴です。

2017年には歌入りのカバー動画を投稿し、ピアノ演奏者としてだけでなく、歌い手としても注目されるようになりました。

その後、音楽関係者との接点が生まれ、2019年春には活動拠点を岡山から東京へ移します。

2020年1月には「何なんw」のミュージックビデオ公開をもってデビュー。同年5月には1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』をリリースしました。

高校時代に積み上げた演奏技術と、卒業後の地道な活動が、メジャーデビューへとつながっていきました。

【藤井風の学歴2026年最新】高校時代から現在までの経歴

2026年11月現在、藤井風は1997年6月14日生まれの29歳です。

高校時代の音楽活動から始まったキャリアは、国内でのデビューを経て海外へと広がっています。

公式プロフィールに掲載されている経歴をもとに、現在までの主な転換点を整理します。

高校時代から世界で活動するアーティストになるまで

2019年の上京後、藤井風はライブや音楽イベントへの出演を重ねました。

2020年のデビュー後は、1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』がBillboard Japanの総合アルバムチャートで1位を獲得。

2021年には日産スタジアムで無観客ライブを開催し、YouTubeで世界へ配信しました。

2022年には『LOVE ALL SERVE ALL』をリリース。「死ぬのがいいわ」が海外で広く聴かれ、国際的な知名度を高めます。

2024年にはNPRの「Tiny Desk Concert」に出演。日産スタジアムでの公演や海外ツアーも実施しました。

2025年9月には全編英語詞の3rdアルバム『Prema』をリリース。2026年は同作を掲げた「Prema World Tour」の展開が公式プロフィールに記載されています。

2026年時点の学歴まとめ

- 生年月日:1997年6月14日
- 出身地:岡山県浅口郡里庄町
- 出身高校:岡山県立岡山城東高等学校
- 在籍学類:音楽学類
- 専攻:ピアノ
- 大学:進学していない
- 学歴上の最終学校:岡山県立岡山城東高等学校

藤井風の経歴を振り返ると、音楽大学での学歴ではなく、高校での専門教育と卒業後の実践的な活動がキャリアの土台になっていることが分かります。

【藤井風の高校時代】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:藤井風の出身高校はどこですか?

A1:岡山県立岡山城東高等学校です。音楽学類のピアノ専攻で学んでいました。

Q2:藤井風は高校時代にYouTubeを投稿していましたか?

A2:高校時代は動画投稿を一時休止していました。12歳から始めたピアノカバー動画は、高校卒業後に再開しています。

Q3:藤井風は高校時代から歌手志望だったのですか?

A3:はい。本人は後年のインタビューで、高校時代から歌う人になりたいと思っていたと振り返っています。卒業前のコンサートでは両親の前で歌を披露しました。

Q4:藤井風は高校卒業後に大学へ進学しましたか?

A4:大学には進学していません。高校卒業後は地元での演奏活動やYouTube投稿を再開し、音楽の道を歩み始めました。

Q5:藤井風は高校時代にどんな音楽を聴いていましたか?

A5:本人は高校時代にブラックミュージックに夢中になっていたと語っています。幼少期から親しんできたクラシック、ジャズ、R&B、ソウルなども音楽的な背景になっています。

Q6:藤井風は高校時代に合唱部に所属していましたか?

A6:確認できるのは、合唱部の伴奏者として活動したことです。合唱部の正式な部員だったと断定する必要はありません。

藤井風の高校時代は、岡山県立岡山城東高等学校の音楽学類で専門的に音楽を学びながら、自分自身の表現を模索していた時期でした。

ピアノ専攻で演奏技術を磨き、恩師の森野啓司氏との出会いを通じて合唱の伴奏も経験。さらにブラックミュージックに親しみ、ピアニストだけでなく歌手として活動したいという思いを強めていきました。

特に印象的なのは、高校卒業前のコンサートで両親の前に立ち、自分の歌声を披露したエピソードです。

YouTube投稿を休止していた高校時代は、音楽から離れていた期間ではありません。学校での学びや演奏活動を通して、後の音楽表現につながる経験を積み重ねていました。

大学には進学せず、地元での演奏活動からキャリアをスタートさせた藤井風。2019年の上京、2020年のデビュー、そして海外での活躍へと続く歩みを考えると、岡山城東高校で過ごした3年間は、その後の音楽人生を形づくった大切な原点だったといえます。

【プロの結論】

藤井風の高校時代を理解するうえで重要なのは、ピアノの技術だけでなく、歌いたいという本人の意思と、多様な音楽ジャンルに触れた経験に注目することです。

「ピアニストから歌手へ」という単純な転身ではなく、ピアノと歌、クラシックとブラックミュージック、学校での学びとインターネットでの発信が重なり合って、現在の藤井風の音楽が形づくられていったのです。

取材・確認資料

- 藤井風公式プロフィール:生い立ち、音楽活動、デビュー後の経歴。
- 岡山県立岡山城東高等学校公式サイト:音楽学類の案内。
- 筑摩書房「webちくま」北村匡平氏の論考:YouTube投稿の開始、高校時代の中断、卒業後の活動、上京までの経緯。
- 『女性自身』2022年8月掲載記事:高校時代、大学進学後の進路、地元での音楽活動。
- JOYSOUND音楽ニュース:2021年の母校訪問、恩師・森野啓司氏との関係。
- 高校時代の歌手志望と卒業前のコンサートに関する本人の振り返りを紹介した記事。

同じカテゴリの記事

黒田 慎平
デジタルマーケター 黒田 慎平
プロフィールを見る →

リーグ公式記録と大会発表を出典に、選手コメントは会見の逐語録から引用。数値は試合後に公式記録で確認します。

おすすめの関連記事