俳優の団時朗(だん・じろう)さんは、『帰ってきたウルトラマン』の主人公・郷秀樹役で知られ、資生堂の男性化粧品「MG5」のCMで注目を集めた昭和を代表する俳優の一人です。本名は村田秀雄。英国系アメリカ人の父と日本人の母を持ち、端正な顔立ちと長身を生かしてモデルとして活動を始め、その後、映画・テレビドラマ・舞台へと活躍の場を広げました。
一方、2023年3月22日には肺がんのため74歳で亡くなっています。2017年夏の診断から晩年まで、俳優として仕事に向き合い続けたことも所属事務所の発表で明らかになりました。2026年11月現在の状況、本名やハーフとしての生い立ち、芸名の変遷、代表出演作、結婚や家族に関する情報まで、確認できる経歴を時系列で振り返ります。
【プロフィール】団時朗の本名は村田秀雄!生年月日やハーフとしての生い立ち

団時朗さんは、1949年1月30日に京都府京都市で生まれました。本名は村田秀雄(むらた・ひでお)です。
英国系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、いわゆるハーフとして育ちました。彫りの深い顔立ちや長身、独特の存在感は、若い頃からモデルとして注目されるきっかけにもなっています。
父親はアメリカ軍人、母親は日本人団さんの生い立ちには、戦後間もない時代の社会背景が関係しています。
日刊スポーツの訃報記事によると、父親は米国空軍に所属する軍人で、団さんが2歳のときに朝鮮戦争で戦死したとされています。
父親を幼い時期に亡くし、日本人の母親のもとで育った団さん。母親は小唄の師匠だったとも紹介されています。
その後、京都で高校生活を送り、平安高校(現・龍谷大学付属平安高校)を卒業。1967年に上京し、モデルとして芸能活動を本格化させました。
団時朗・団次郎・村田秀雄は同一人物?検索では「団時朗」「団次郎」「団次朗」という複数の表記が見つかります。
これらは基本的に同一人物を指しています。
本名は村田秀雄で、俳優デビュー当初は団次郎の芸名を使用していました。その後、1984年に団時朗へ改名しています。
1968年公開の日活映画『わが命の唄 艶歌』で演じた青山浩二という役名が、芸名「団次郎」の由来になったとされています。
つまり、団時朗は最初から現在の芸名だったわけではありません。
芸名の変遷を整理すると、次のようになります。
- 本名:村田秀雄
- 初期の芸名:団次郎
- 表記の異なる旧芸名:団次朗
- 1984年以降の芸名:団時朗
1984年以降は団時朗名義で活動し、映画やドラマ、舞台で長いキャリアを築きました。
【芸能界デビュー】資生堂MG5のCMから『帰ってきたウルトラマン』郷秀樹役へ
団時朗さんの芸能人生を語るうえで欠かせないのが、資生堂の男性化粧品「MG5」のCMです。
1967年に資生堂の専属モデルとなり、翌1968年にはMG5のCMで広く注目を集めました。
資生堂MG5のCMで一躍注目を集める当時の男性化粧品市場では、男性の身だしなみやファッションに対する意識が変わり始めていました。
資生堂のMG5は、男性向けの総合化粧品ブランドとして1967年8月に発売されています。
団さんは、その広告モデルとして印象的な存在感を発揮しました。
資生堂が2017年に公開したブランド誕生50周年の公式資料にも、MG5発売当時の広告モデルとして団時朗さんの名前が掲載されています。
ブランドの誕生は1967年、団さんのCM出演による知名度の上昇は1968年という点を区別しておくと、経歴を正確に理解できます。
当時の広告で印象づけたのは、従来の日本人男性モデルとは異なる彫りの深い顔立ちと、スタイリッシュな雰囲気でした。
この経験が、その後の俳優活動につながっていきます。
1971年『帰ってきたウルトラマン』で郷秀樹を演じる団さんの代表作として最も広く知られているのが、1971年に放送を開始した特撮ドラマ『帰ってきたウルトラマン』です。
演じた役は、主人公の郷秀樹。
郷秀樹は、怪獣から人々を守るために戦う青年であり、ウルトラマンジャックと一体化して地球を守る存在です。
単なるヒーローではなく、人間としての葛藤や苦悩も描かれるキャラクターでした。
団さんの長身と精悍な顔立ちは、この役柄に強い説得力を与えています。
特に、郷秀樹が人間として悩みながら成長していく姿は、当時の子どもたちに強い印象を残しました。
番組終了後も、団さんはウルトラマンシリーズに出演し、郷秀樹役を再び演じています。
主な再出演作品は次のとおりです。
- 2006年:『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』
- 2008年:『大決戦!超ウルトラ8兄弟』
- 2012年:『ウルトラマンサーガ』
テレビシリーズから長い年月が経過しても、郷秀樹という役を演じ続けたことは、団さんとウルトラマンシリーズの深い結びつきを示しています。
【出演作品・経歴】少年探偵団の怪人二十面相から舞台・映画まで
団時朗さんの俳優人生は、ウルトラマンシリーズだけでは語り尽くせません。
1970年代には特撮ドラマやテレビ作品に出演し、1980年代以降は舞台俳優としても活躍。加えて、NHK大河ドラマや連続テレビ小説、映画などにも出演しました。
1975年『少年探偵団』では怪人二十面相を担当1975年から1976年にかけて放送された日本テレビの特撮ドラマ『少年探偵団』では、怪人二十面相を演じました。
原作は江戸川乱歩の少年向け推理小説シリーズです。
作品では、少年探偵団BD7と怪人二十面相の対決が描かれました。
この作品で特に印象的なのが、最終回の演出です。
怪人二十面相の正体は、最終回で俳優の団次郎本人だったと明かされる仕掛けになっていました。
役柄と俳優本人を結びつける、当時としてもユニークな演出です。
郷秀樹とは異なるミステリアスな悪役を演じたことで、団さんの役者としての幅広さがうかがえます。
1984年『ハムレット』を転機に舞台俳優として活躍団さんのキャリアにおける重要な転換点は1984年です。
片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)さん主演の舞台『ハムレット』に出演し、フォーティンブラスを演じました。
この作品以降、舞台での活動にも力を入れるようになります。
その後の主な舞台出演として、次の作品が挙げられます。
- 『Good』
- 『長崎十二景』
- 『浮巣』
- 森光子さん主演の芸術座公演
- 森繁久弥さんの座長公演
江守徹さん、日下武史さん、坂東玉三郎さん、杉村春子さん、森光子さん、森繁久弥さんといった著名な俳優や舞台関係者と同じ作品に携わってきました。
テレビの特撮ヒーローとして知られた団さんが、舞台でも存在感を確立していったことは、俳優としてのキャリアを考えるうえで見逃せないポイントです。
団時朗の主な出演作品と年代別キャリアこれまでの経歴を整理すると、次のようになります。
| 年代 | 出来事・出演作品 | 役割・注目ポイント |
|---|---|---|
| 1949年 | 京都府京都市に誕生 | 本名・村田秀雄 |
| 1966年 | 『酔いどれ博士』 | 映画への初期出演 |
| 1967~1968年 | 資生堂の広告・MG5のCM | モデルとして注目される |
| 1968年 | 『わが命の唄 艶歌』 | 団次郎名義で出演 |
| 1971年 | 『帰ってきたウルトラマン』 | 主人公・郷秀樹役 |
| 1975年 | 『少年探偵団』 | 怪人二十面相役 |
| 1984年 | 『ハムレット』 | フォーティンブラス役。舞台での活躍が広がる |
| 2006~2012年 | ウルトラマンシリーズの映画 | 郷秀樹役で再出演 |
| 2010年代 | 『カーネーション』『べっぴんさん』『まんぷく』など | NHK連続テレビ小説に出演 |
| 2019~2020年 | 『騎士竜戦隊リュウソウジャー』 | 長老役 |
| 2021年 | 『遊星王子2021』 | 晩年の映画出演作品 |
| 2023年 | 3月22日死去 | 享年74歳 |
団さんは特撮作品以外にも、数多くのテレビドラマに出演しました。
NHKの代表的な出演作品には、次のようなものがあります。
- 大河ドラマ『龍馬伝』
- 大河ドラマ『軍師官兵衛』
- 連続テレビ小説『カーネーション』
- 連続テレビ小説『べっぴんさん』
- 連続テレビ小説『まんぷく』
特撮作品で培った知名度にとどまらず、一般ドラマでもさまざまな役柄を演じてきました。
シリアスな役からコミカルな役まで対応できる演技力は、長年にわたって映像作品に出演し続けた理由の一つです。
【特撮作品での晩年】騎士竜戦隊リュウソウジャーや遊星王子2021にも出演
団時朗さんは、キャリアの晩年まで特撮作品との関係を大切にしていました。
その代表例が、2019年から2020年にかけて放送された『騎士竜戦隊リュウソウジャー』です。
リュウソウ族の長老役として出演『騎士竜戦隊リュウソウジャー』で団さんが演じたのは、リュウソウ族の長老です。
若い戦士たちを見守る立場の役柄で、物語の世界観を支える存在でした。
『帰ってきたウルトラマン』で主人公を演じた団さんが、長い年月を経てスーパー戦隊シリーズにも出演したことは、特撮ファンにとって印象深い出来事です。
また、団さんは過去に『忍風戦隊ハリケンジャー』にも出演しており、スーパー戦隊シリーズとの接点もありました。
映画『遊星王子2021』にも出演2021年には映画『遊星王子2021』に出演しました。
往年の特撮作品を現代に再構成した作品で、団さんはタイトルにも関係する遊星王を演じています。
特撮作品の歴史を知る俳優として、往年のヒーロー作品と新しい世代の作品をつなぐ存在でもありました。
晩年まで映像作品への出演を続けていたことからも、俳優という仕事に対する姿勢がうかがえます。
【死因と闘病】団時朗は2017年に肺がんと診断、2023年3月22日に死去
団時朗さんは2023年3月22日、肺がんのため亡くなりました。
享年74歳でした。
所属事務所のアルファエージェンシーが2023年3月24日に公式発表し、長年の闘病と最期の状況を明らかにしています。
2017年夏に肺がんと診断所属事務所の発表によると、団さんが肺がんと診断されたのは2017年夏です。
診断後も仕事を続け、テレビや映画などの作品に出演していました。
所属事務所は訃報の中で、団さんの闘病中の様子について次のように伝えています。
病気になってからも、ユーモアと優しさを失わず、生きるパワーに満ち溢れて仕事に邁進しておりました。
この発表からは、病気と向き合いながらも俳優としての活動を続けていたことが分かります。
2022年末から病状が悪化所属事務所によれば、団さんの体調は2022年末頃から悪化していきました。
2017年夏の診断から約5年半にわたって闘病生活を送り、最期まで俳優としての仕事に向き合っていたことになります。
ただし、具体的な治療内容や病状の詳細については、公式発表では明らかにされていません。
2023年3月22日午前4時14分に死去団さんは2023年3月22日、午前4時14分に亡くなりました。
所属事務所は3月24日に訃報を公表。葬儀は近親者のみで執り行うと発表しました。
亡くなったことが報じられると、『帰ってきたウルトラマン』の関係者や特撮ファンから追悼の声が寄せられました。
円谷プロダクションも公式に追悼の意を表し、郷秀樹を演じた団さんの功績を偲びました。
ウルトラマンシリーズを代表する俳優の一人として、多くの人々の記憶に残る存在となっています。
【結婚・妻・家族】団時朗に配偶者や子供はいた?家族情報を整理
団時朗さんについては、結婚歴や妻、子供の有無を知りたいという検索も多く見られます。
しかし、所属事務所の訃報や主要な報道で中心的に伝えられたのは、俳優としての経歴と闘病、死去に関する情報です。
配偶者や子供の有無について、公式発表で詳細な家族構成が公表されたわけではありません。
団時朗の結婚歴や妻について団さんの結婚については、インターネット上で独身だったという情報や、過去の婚約に関するエピソードを紹介する記事が見られます。
ただし、そうした二次情報と、本人や所属事務所による公的な発表は区別する必要があります。
妻がいたと断定できる公式情報や、結婚歴を網羅した公的な記録は、主要な訃報資料からは確認できません。
子供や家族構成は公表されている?子供の有無についても、所属事務所の訃報には記載されていません。
葬儀については近親者のみで執り行うと発表されましたが、これは家族構成や子供の有無を示すものではありません。
そのため、団さんの家族については、広く公表された情報が限られていると理解するのが適切です。
母親との関係と幼少期の家庭環境一方、幼少期の家庭環境については、父親が米国空軍の軍人で、団さんが2歳のときに朝鮮戦争で亡くなったという報道があります。
日本人の母親のもとで育ち、京都で少年時代を過ごしました。
こうした生い立ちは、団さんの人生を振り返るうえで重要な背景です。
ただし、家庭環境についての報道と、本人の私生活に関する推測を混同しないことも大切です。
【2026年最新】団時朗の現在は?死去後も残る俳優としての功績
2026年11月現在、団時朗さんはすでに亡くなっています。
2023年3月22日に肺がんで死去しているため、現在の芸能活動や新しい出演予定はありません。
一方、生前に出演した作品は、現在も団さんの俳優人生を知るための重要な記録です。
現在も代表作として知られる郷秀樹役団さんの名前を最も強く印象づけたのは、やはり『帰ってきたウルトラマン』の郷秀樹役です。
1971年のテレビシリーズから、2006年、2008年、2012年の映画出演まで、同じ役を長年にわたって演じ続けました。
作品を通してキャラクターの歴史をつないだことは、団さんの大きな功績です。
舞台・テレビ・映画に広がった俳優としての評価団さんを特撮俳優という枠だけで捉えると、実際のキャリアの広さを見落としてしまいます。
1984年以降の舞台活動では、名だたる演出家や俳優と仕事を重ねました。
さらにNHKの大河ドラマや連続テレビ小説、現代の特撮シリーズにも出演しています。
若い頃の華やかなモデル活動から始まり、舞台での演技経験を積み重ね、晩年まで幅広い作品に出演したことが、団時朗という俳優の特徴です。
2026年現在も、出演作品を振り返ることで、その多面的な魅力に触れることができます。
【よくある質問】団時朗に関するFAQ
Q1:団時朗の本名は何ですか?
A1:本名は村田秀雄(むらた・ひでお)です。芸能活動初期には団次郎の芸名を使用し、1984年から団時朗名義で活動しました。
Q2:団時朗はハーフですか?
A2:はい。英国系アメリカ人の父親と日本人の母親を持っています。1949年1月30日に京都府京都市で生まれました。
Q3:団時朗の年齢と亡くなった日はいつですか?
A3:1949年1月30日生まれで、2023年3月22日に74歳で亡くなりました。死因は肺がんです。
Q4:団時朗が出演した資生堂MG5のCMは何年ですか?
A4:1968年です。1967年に資生堂の専属モデルとなり、MG5のCMで注目されました。
Q5:団時朗は『帰ってきたウルトラマン』で何役を演じましたか?
A5:主人公の郷秀樹を演じました。郷秀樹はウルトラマンジャックと一体化して地球を守る青年です。
Q6:団時朗は『少年探偵団』で何を演じましたか?
A6:1975年のテレビドラマ『少年探偵団』で怪人二十面相を演じました。最終回では、俳優の団次郎本人が正体だったという演出がありました。
Q7:団時朗は『騎士竜戦隊リュウソウジャー』に出演していますか?
A7:出演しています。2019年から2020年に放送された同作品で、リュウソウ族の長老役を演じました。
Q8:団時朗の妻や子供はいましたか?
A8:結婚歴や子供の有無について、所属事務所の公式訃報では詳細が公表されていません。家族構成を断定できる公的な情報は限られています。
Q9:団時朗はいつ肺がんと診断されましたか?
A9:所属事務所の発表によると、2017年夏です。その後も俳優活動を続けましたが、2022年末から体調が悪化し、2023年3月22日に亡くなりました。
団時朗さんは、1949年1月30日に京都府京都市で生まれ、本名を村田秀雄といいます。英国系アメリカ人の父と日本人の母を持ち、1960年代後半に資生堂のモデルやMG5のCMで注目されました。
1971年の『帰ってきたウルトラマン』で郷秀樹を演じて人気を確立。その後も『少年探偵団』の怪人二十面相や、舞台『ハムレット』、NHKの大河ドラマ・連続テレビ小説など、さまざまな作品に出演しました。
2017年夏に肺がんと診断されてからも仕事を続けましたが、2023年3月22日に74歳で死去しました。
団時朗さんの俳優人生を評価するうえで大切なのは、郷秀樹という代表的な役柄だけでなく、モデルから映画、テレビ、舞台へと活動領域を広げた歩みに目を向けることです。
特撮作品で子供たちに夢を届け、舞台では実力派俳優として経験を重ね、晩年まで映像作品に出演し続けた団さん。その仕事の積み重ねは、2026年現在も出演作品を通じて振り返ることができます。
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