クマに襲われた際、顔面にはどのような損傷が生じ、救命や機能回復のためにどのような治療が必要になるのか。2018年に医学誌『頭頸部外科』で公表された「クマによる顔面外傷13症例の検討」は、実際の診療記録からクマ外傷の重症度と治療上の課題を明らかにした症例報告だ。
対象となったのは、1995年から2017年までに秋田大学の診療科で経験した13症例。全例に顔面外傷があり、10例で顔面骨骨折、4例で片眼の失明、3例で出血性ショックが確認された。加えて、顔面の皮膚欠損に対しては皮弁や植皮による再建が必要となった。2026年のクマによる人身被害を考えるうえでも、この症例集積は、受傷直後の救命から長期的な機能・整容面の回復までを考える重要な医学的資料となっている。
【研究の全体像】クマによる顔面外傷13症例は何を明らかにしたのか

「クマによる顔面外傷13症例の検討」は、鈴木真輔氏らが秋田大学大学院医学系研究科の診療経験をまとめた論文で、2018年に『頭頸部外科』第28巻第2号に掲載された。研究では、受傷時の年齢や性別、季節、時間帯、場所、顔面の損傷部位、顔面以外の外傷などを調べ、クマ外傷の特徴と治療上の注意点を検討している。
対象は男性9例、女性4例で、受傷時の平均年齢は68.6歳。年齢の範囲は47~84歳だった。13例はいずれも秋田県内で受傷し、研究ではすべてニホンツキノワグマによる外傷と推定されている。
この研究を読むうえで重要なのは、一般的なクマによる人身被害全体を調べた統計ではないという点だ。対象は顔面外傷を伴い、特定の大学病院で診療された13例に限られる。軽症例を含むすべてのクマ被害を代表する数字ではない一方、重篤な顔面外傷の診療で何を見落としてはならないかを具体的に示している。
また、13例という数字は、クマによる被害全体に占める顔面外傷の割合を示すものではない。研究の価値は発生率の推計よりも、実際の損傷形態と治療経過を症例単位で検証できる点にある。
【データで比較】骨折・失明・出血性ショックは何例に起きたのか
論文で報告された数値を整理すると、顔面の局所的な損傷だけでなく、生命を脅かす出血や頭部・胸部・四肢の合併損傷まで含めた診療が必要だったことが分かる。
| 検討項目 | 報告された結果 | 臨床上の意味 |
|---|---|---|
| 対象症例 | 13例 | 1995~2017年に秋田県内で受傷した顔面外傷例 |
| 患者背景 | 男性9例、女性4例 | 平均年齢68.6歳、47~84歳 |
| 顔面骨骨折 | 10例 | 眼窩・鼻骨・頬骨・上顎骨・下顎骨などを評価 |
| 片眼の失明 | 4例 | 眼瞼損傷だけでなく、眼球破裂・脱落などの重篤な眼外傷が発生 |
| 出血性ショック | 3例 | 局所の止血だけでなく、全身状態の迅速な安定化が必要 |
| 気管切開 | 8例 | 顔面・頭頸部の損傷に伴う気道管理が重要 |
| 顔面などの皮膚欠損に対する再建 | 4例 | 3例で局所皮弁、1例で全層植皮を実施 |
| 入院期間 | 平均50日 | 最短2日、最長185日 |
| 複数回の手術 | 7例 | 創の処置や組織欠損の再建に段階的な治療が必要となる場合がある |
特に注目されるのは、13例中10例に顔面骨骨折があり、3例が出血性ショックを合併していた点だ。顔面の裂創が目立つ場合でも、治療の優先順位は見た目の修復だけでは決まらない。呼吸と循環の維持、眼球や脳の損傷評価、胸部や四肢の外傷確認を並行して進める必要がある。
一方、この13例では死亡例は報告されていない。ただし、死亡例がなかったことを、クマ外傷の致死性が低いという意味に解釈することはできない。対象が特定の施設で診療された症例に限られるためだ。
【受傷状況を分析】クマ襲撃は山林だけでなく生活圏でも発生していた
受傷した時期を月別にみると、8月が5例で最多だった。9月が3例、5月と10月が各2例、11月が1例で、夏から秋にかけての受傷が多い傾向がみられた。
時間帯は、日の出から日没までの範囲に集中していた。日の出から午前9時までの朝が7例、午前9時から午後3時までの昼が3例、午後3時から日没までの夕方が3例だった。朝の作業や外出中にクマと遭遇する状況が、症例集積の中で目立っている。
さらに重要なのは、受傷場所の内訳だ。住宅地周辺など人の生活圏での受傷が8例、山林での受傷が5例だった。生活圏での8例には、自宅敷地内や隣接する畑などでの6例、養鶏場での1例、犬の散歩中の1例が含まれる。山林での5例は、山菜採り中が3例、林業作業中が1例、渓流釣り中が1例だった。
この結果から読み取れるのは、クマによる人身被害を山奥での遭遇だけに限定して考えるべきではないということだ。日常の農作業、敷地内での作業、犬の散歩といった生活行動も、今回の症例では受傷状況に含まれていた。
ただし、これらの数字は1995~2017年の秋田県内の13症例から得られたものであり、2026年の全国的な受傷場所の割合を直接示すものではない。季節や時間帯の傾向を把握する資料として参考にしながら、現在の地域別の出没情報や行政の注意喚起と併せて判断する必要がある。
環境省が公表した令和8年版環境白書では、2025年度のクマによる人身被害者数は238人、死亡者数は13人と整理されている。環境省は2026年10月にも令和8年度の人身被害について9月分までの速報値を更新しており、クマ対策は引き続き重要な課題となっている。なお、年度途中の速報値は今後変更される可能性がある。
【損傷部位を詳しく見る】顔面骨骨折と軟部組織損傷が重なる危険性
クマによる顔面損傷の特徴は、単純な切り傷だけでは説明できない。爪による裂創、牙による深い創、強い衝撃による挫滅などが組み合わさり、皮膚や筋肉だけでなく骨、眼球、口腔内、頭蓋内にまで損傷が及ぶことがある。
2018年の13症例では、顔面骨骨折が10例に認められた。部位別では鼻骨骨折が6例、頬骨骨折が3例、上顎骨骨折が1例、下顎骨骨折が2例だった。骨折部位には重複があるため、各部位の症例数を合計しても、骨折を認めた10例とは一致しない。
鼻骨骨折を認めた6例では、いずれも鼻腔に通じる裂創が伴っていた。骨折だけでなく、皮膚から鼻腔へとつながる創傷が存在するため、創の深さや汚染、周囲組織の損傷を評価しなければならない。
眼の損傷も深刻だ。10例で眼瞼の裂創や欠損があり、そのうち4例では眼球の破裂や脱落などにより片眼の失明に至った。眼瞼は眼球を保護する組織であり、その損傷は外見上の問題にとどまらず、眼球そのものの損傷や視機能の喪失を伴う場合がある。
頭部では、1例に頭蓋底骨折、髄液漏、硬膜下血腫が認められた。別の症例では頭皮が広範囲に剥がれ、頭蓋骨が露出していた。こうした所見は、顔面の創傷だけを診察しても外傷全体の重症度を判断できないことを示している。
加えて、顔面以外にも損傷は広がっていた。10例で四肢や体幹に裂創などが認められ、特に上肢の損傷が多かった。上肢や体幹の骨折も3例で確認され、肋骨骨折に血気胸を伴った症例もあった。
顔面外傷 損傷部位の評価では、目立つ傷の大きさだけで重症度を判断しないことが重要だ。外表の裂創、骨折、眼球損傷、頭蓋内損傷、胸部外傷などを一連の多発外傷として捉える必要がある。
【初期対応と緊急手術】救命から再建まで、診療で重視されるポイント
クマ外傷の初期診療で最優先となるのは、患者の生命を守るための評価と処置だ。顔面の損傷が激しい場合、出血だけでなく、腫脹や組織損傷によって気道の確保が難しくなることがある。大量出血による循環不全や、頭部・胸部の合併損傷にも注意が必要となる。
13症例では、8例に気管切開が行われた。気管切開はすべての顔面外傷に必要な処置ではないが、この症例集積では気道管理が大きな課題だったことを示す数字だ。実際の処置は損傷の部位や程度、呼吸状態などに応じて判断される。
初期診療では、気道・呼吸・循環を中心に全身状態を評価し、出血の制御と必要な蘇生処置を進める。患者の状態が許せば、CTなどの画像検査を用いて顔面骨、眼窩、頭蓋内、胸部などの損傷を確認する。眼球損傷や視機能への影響が疑われる場合は眼科、頭蓋内損傷では脳神経外科、四肢の骨折では整形外科などとの連携も必要となる。
顔面外傷の治療では、損傷した組織の状態を見極め、十分な洗浄とデブリードマンを行うことも重要だ。デブリードマンとは、汚染された組織や血流を失った組織などを除去する処置を指す。クマの爪や牙による創傷は深く複雑になりやすく、表面だけを閉じても、内部の損傷や汚染への対応が不十分になるおそれがある。
2018年の研究では、13例全員に受傷当日の創部処置が行われ、入院管理となった。顔面裂創のみで骨折がなかった1例を除き、全身麻酔下での処置が必要だった。入院期間は平均50日で、最長は185日に及んだ。
顔面の皮膚欠損があった4例では、局所皮弁による再建が3例、腹部から採取した全層植皮による再建が1例で行われた。局所皮弁は、損傷部周辺の組織を移動させて欠損を覆う方法であり、植皮は別の部位から採取した皮膚を移植する方法だ。どの手法を選ぶかは、欠損の範囲や深さ、周囲組織の状態などによって変わる。
下顎骨や下口唇が欠損した症例では、口を閉じることが難しくなり、経口摂取にも支障が生じた。局所皮弁による下口唇の再建後に経口摂取が可能になった経過も報告されている。顔面外傷の治療目標は、創を閉じることだけではない。呼吸、視機能、咀嚼、嚥下、口腔の閉鎖、顔面の形態など、生活機能の回復まで見据える必要がある。
感染対策としては、論文の症例で創部の洗浄、デブリードマン、抗菌薬治療、破傷風トキソイドや抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与が原則として行われていた。野生動物による外傷では、創の深さや汚染、壊死組織の有無、患者の予防接種歴などを踏まえた判断が必要になる。具体的な薬剤や投与方法は、現在の診療指針と患者の状態に基づいて医療者が決定する。
なお、受傷直後に現場で対応する場合は、まず自分自身の安全を確保し、危険なクマに近づかず、救急要請を行うことが基本となる。重い出血がある場合には、救助者の安全を確保したうえで清潔な布などを使って出血部位を圧迫する。顔面や首の深い傷、意識障害、呼吸困難、大量出血がある場合は、自己判断で様子を見ず、速やかな救急対応が必要だ。
【2023年の別研究と比較】クマ外傷の診療で共通する課題とは
2018年の13症例だけでなく、2023年には日本形成外科学会会誌に「クマ外傷10例の検討」が掲載された。大滝真由子氏らによるこの研究は、新潟大学の形成・再建外科で2016年1月から2020年12月までに診療された10例について、受傷状況、損傷部位、初期治療、受傷後の経過を後ろ向きに検討したものだ。
この10例は男性8例、女性2例で、平均年齢は73歳だった。10月の午前中、晴天、人の生活圏に近い里山地域での受傷が多く、頭頸部や上肢に損傷を認める例が目立った。顔面に受傷した患者の半数以上で顔面骨骨折が認められ、全例で軟部組織損傷があり、全員が受傷当日に再建手術を受けていた。
同研究では全例に予防的抗菌薬が投与され、感染例は認められなかった。ただし、対象は10例に限られる。感染リスクがないことや、すべてのクマ外傷で同じ治療を行えば感染を防げることを証明する結果ではない。
2つの研究を合わせてみると、顔面骨骨折、顔面軟部組織損傷、上肢の外傷、早期の外科的処置という論点が共通している。一方、患者背景や受傷場所、治療施設、研究対象期間は異なるため、両研究の数値を単純に合算して全国の発生傾向を推定することはできない。
臨床上の課題は、救命と再建を切り離さず、複数の診療科が連携できる体制を整えることだ。耳鼻咽喉科・頭頸部外科、形成外科、眼科、脳神経外科、救急科、整形外科などが、損傷の内容に応じて役割を分担する必要がある。
また、治療の成否を短期的な生存や創傷閉鎖だけで評価するのも十分ではない。視力、口腔機能、顔面の運動や感覚、瘢痕、再建後の機能、心理的な負担など、退院後も続く問題を考慮する必要がある。症例報告の蓄積は、こうした長期的な課題を整理するうえでも意味を持つ。
【プロの結論】症例集積から読み取るべき3つの医学的ポイント
第一に、クマによる顔面外傷は局所の傷ではなく、多発外傷として評価すべきケースがあるということだ。13症例のうち3例で出血性ショックが起き、頭蓋底骨折や硬膜下血腫、血気胸なども確認された。顔面の見た目に意識が向きやすい状況でも、生命に直結する損傷の有無を優先して判断しなければならない。
第二に、顔面骨骨折と軟部組織損傷は、別々の問題としてではなく一体的に捉える必要がある。骨の損傷を評価するだけでは、皮膚や筋肉の欠損、眼球や眼瞼の損傷、口唇や口腔内の機能障害を十分に把握できない。救命処置に加え、眼科や形成外科などの専門的評価を組み合わせることが、機能回復と再建計画につながる。
第三に、初期手術で治療が完結するとは限らない。今回の13症例では7例が複数回の手術を要し、平均入院期間は50日だった。皮膚欠損の再建、組織の状態変化、眼や口腔の機能回復など、段階的な対応が必要になる場合がある。救急医療から入院中の治療、退院後のフォローアップまでを連続した診療として考えることが重要だ。
症例数が少ない研究でも、重篤な外傷の見落としを防ぐための具体的な示唆は得られる。ただし、13例の結果だけで全国のクマ外傷の頻度や、個々の患者の予後を予測することはできない。症例報告、形成外科領域の研究、行政の人身被害統計を、それぞれの目的と限界を踏まえて読み合わせることが、医学的分析の精度を高める。
【クマによる顔面外傷13症例の検討】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:クマによる顔面外傷13症例では、顔面骨骨折は何例にありましたか?
A1:2018年の論文では、13例中10例に顔面骨骨折が認められました。鼻骨骨折が6例、頬骨骨折が3例、上顎骨骨折が1例、下顎骨骨折が2例で、複数の部位に骨折がある症例も含まれます。
Q2:クマ外傷では顔面以外にも重い損傷が起こりますか?
A2:起こります。対象13例では、頭頸部以外にも上肢を中心とした裂創などが多く、上肢や体幹の骨折が3例で認められました。頭蓋底骨折、硬膜下血腫、肋骨骨折、血気胸なども報告されており、全身を評価が必要です。
Q3:クマによる顔面外傷の初期診療では何が優先されますか?
A3:気道・呼吸・循環の評価、出血の制御、意識状態の確認など、生命に直結する問題への対応が優先されます。そのうえで、眼球や顔面骨、頭蓋内、胸部、四肢などの損傷を調べ、必要に応じて救急科、頭頸部外科、形成外科、眼科、脳神経外科などが連携します。
Q4:クマ外傷では感染症対策も必要ですか?
A4:必要です。爪や牙による深い創傷では、汚染や組織の挫滅を伴う場合があるため、創部の洗浄や必要な組織の除去、抗菌薬の使用、破傷風予防などを個々の状態に応じて検討します。薬剤や処置の内容は、創傷の程度や予防接種歴などを踏まえて医療者が判断します。
Q5:クマによる顔面外傷は、1回の手術で治療できますか?
A5:損傷の程度によります。2018年の13症例では7例が複数回の手術を受け、顔面などの皮膚欠損があった4例には皮弁や植皮による再建が行われました。救命のための初期処置の後に、機能や形態の回復を目的とする段階的な治療が必要になることがあります。
「クマによる顔面外傷13症例の検討」は、顔面骨骨折10例、片眼の失明4例、出血性ショック3例という結果を通じて、クマ外傷の重症度と診療の複雑さを示した研究だ。顔面の皮膚や骨だけでなく、気道、眼球、頭蓋内、胸部、四肢まで含めて損傷を評価し、救命と機能回復の両方を見据える必要がある。
2023年の形成外科領域の10症例でも、顔面の軟部組織損傷、顔面骨骨折、早期の再建手術という共通の課題が確認されている。症例数は限られるものの、複雑な創傷への初期対応、感染対策、専門診療科の連携、段階的な再建という診療上の論点は共通している。
2026年のクマによる人身被害を考える際には、行政統計から被害の規模を把握すると同時に、医学論文から重傷例の特徴と治療上の課題を読み取ることが大切だ。クマ外傷を単なる顔面の裂傷として扱わず、多発外傷として迅速に評価し、救命から退院後の機能回復までを見通した医療体制を整えることが、今後の診療に求められる。