ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 古関裕而がモデルの朝ドラ『エール』とは?2026年に振り返る実話と名曲の全貌

古関裕而がモデルの朝ドラ『エール』とは?2026年に振り返る実話と名曲の全貌

雨宮 理沙 雨宮 理沙 • 更新: • 公開: • 読了約 17 分
目次

2026年現在、古関裕而(こせき・ゆうじ)をモデルにしたNHK連続テレビ小説として知られているのが、2020年前期に放送された『エール』です。主演の窪田正孝が作曲家・古山裕一を、二階堂ふみが妻となる関内音を演じ、音楽とともに歩んだ夫婦の人生を描きました。

実在した古関裕而は、甲子園の大会歌「栄冠は君に輝く」や、1964年東京オリンピックの「オリンピック・マーチ」、阪神タイガースの「六甲おろし」などを手掛けた昭和を代表する作曲家です。ドラマには妻・古関金子との出会いや音楽活動など、実際の人生を反映した部分がある一方、登場人物の名前や物語の展開には創作も含まれています。

【まず結論】古関裕而がモデルの朝ドラは2020年放送の『エール』

古関裕而朝ドラ

『エール』は、古関裕而と妻・金子(きんこ)をモデルにしたNHKの連続テレビ小説です。

NHKは2019年2月28日に2020年度前期の作品として制作を発表。2020年3月30日に放送が始まりました。

当初は全130回の予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大による撮影休止などの影響を受け、放送日程と回数が変更されました。最終的には全120回となり、2020年11月27日に本編最終回を迎えています。

項目 内容
作品名 連続テレビ小説『エール』
放送開始 2020年3月30日
本編最終回 2020年11月27日
放送区分 2020年度前期
主演 窪田正孝
ヒロイン 二階堂ふみ
主人公のモデル 古関裕而
妻のモデル 古関金子
放送回数 全120回
主な舞台 福島県・愛知県・東京など
作品のテーマ 音楽とともに生きる夫婦の人生

2026年は放送開始から6年が経過した節目の年です。作品を振り返る際には、ドラマの登場人物と実在した夫妻の人生を分けて理解すると、物語の背景がより鮮明になります。

【人物比較】古関裕而と古山裕一、古関金子と関内音の違い

『エール』を理解するうえで最も押さえておきたいのが、実在人物とドラマの登場人物の対応関係です。

主人公の古山裕一は古関裕而、ヒロインの関内音は古関金子がモデルです。

ただし、実名をそのまま使った伝記ドラマではありません。NHKが発表した制作概要でも、実在人物をモデルにしながら、登場人物名や団体名などを一部変更し、フィクションとして再構成することが説明されています。

古関裕而と古山裕一の違い

古関裕而は1909年8月11日、福島県福島市大町に生まれました。本名は古関勇治です。

幼少期から音楽に親しみ、独学で作曲を始めました。1927年には「裕而」というペンネームを名乗るようになります。

一方、ドラマの古山裕一は、福島の老舗呉服店に生まれた青年として描かれています。音楽への才能を持ちながらも、家業や周囲の期待との間で葛藤し、作曲家としての道を切り開いていきます。

窪田正孝は、才能への自信と不安を抱える裕一の繊細な人物像を演じました。

実際の古関も、福島で育ち、家業や銀行勤務を経験した後、作曲家として東京に進出しています。ドラマの出発点には史実が反映されていますが、家庭内の出来事や人物同士のやり取りは演出上の創作を含みます。

古関金子と関内音の違い

関内音のモデルは、古関裕而の妻・古関金子です。

金子は1912年3月6日、愛知県豊橋市に生まれました。旧姓は内山で、豊橋高等女学校を卒業しています。

実際の金子は、裕而の作曲家としての才能に関心を持ち、新聞記事をきっかけに手紙を送った人物です。その後、二人は文通を重ね、1930年6月に結婚しました。

ドラマの音も、歌手を目指す情熱的な女性として登場します。二階堂ふみが演じる音は、自分の夢を追いながら裕一を支える存在です。

実際の金子も声楽を学び、舞台に立った経験を持つ音楽家でした。夫の活動を支えるだけの人物ではなく、自分自身の芸術的な志向を持っていた点が重要です。

【実話検証】古関裕而と妻・古関金子の人生はどこまで再現された?

『エール』の魅力は、実在した夫妻の人生を物語の中心に置いたことです。

特に、二人の出会いと結婚には、ドラマのような印象的な実話があります。

新聞記事から始まった二人の出会い

1930年1月、金子は新聞で、福島の青年が国際作曲コンクールに入賞したという記事を読みました。

その青年が古関裕而です。

金子は記事に関心を持ち、裕而に手紙を送りました。二人は実際に会う前から文通を続け、やがて結婚を決意します。

豊橋市の公式資料によると、1930年6月に二人は結婚しました。当時、裕而は20歳、金子は18歳でした。

この出会いは、ドラマの裕一と音の関係にも反映されています。

ただし、ドラマでは人物の性格や家族関係、恋愛の進展などが物語として再構成されています。史実と同じ場面がそのまま再現されたわけではありません。

古関金子は夫を支えるだけの存在ではなかった

金子について見逃せないのは、本人も音楽家を志していたことです。

結婚後は上京し、帝国音楽学校で声楽を学びました。舞台にも出演し、声楽家としての活動を経験しています。

その後も声楽の勉強を続け、古関の創作活動を支えました。また、戦後には詩や随筆を寄稿するなど、文学的な活動にも取り組んでいます。

つまり、金子は単に作曲家の妻として描ける人物ではありません。

自らの芸術的な夢を持ち、夫婦それぞれの音楽への思いを大切にした女性でした。

ドラマと史実を混同しないための比較
比較項目 実際の人物・史実 『エール』の設定
作曲家 古関裕而 古山裕一
妻 古関金子 関内音
出身地 裕而は福島市 裕一は福島を舞台に成長
金子の出身地 愛知県豊橋市 音は愛知県の関内家出身
二人の出会い 1930年、金子からの手紙がきっかけ 文通を通じて関係が深まる
結婚 1930年6月 物語の重要な転換点
音楽活動 作曲家と声楽を学んだ妻 作曲家と歌手を目指す妻
代表的な音楽 実在する作品が多数 実際の作品を物語に取り入れる
家族や周囲の人物 実在の家族・関係者 名前の変更や創作を含む
物語全体 実際の生涯 史実をもとにしたフィクション

この比較から分かるのは、『エール』が人物の生涯を忠実に再現する伝記ではなく、実話を物語の土台にした作品だということです。

特に家族の会話、恋愛の細かな経緯、周囲の人物との関係については、史実とドラマを一対一で対応させないことが大切です。

【名曲解説】「栄冠は君に輝く」「オリンピック・マーチ」「六甲おろし」の誕生

古関裕而の名前が現在も広く知られている最大の理由は、世代を超えて歌い継がれる楽曲の数々です。

彼の作品は歌謡曲だけにとどまりません。スポーツ、映画、ラジオドラマ、校歌、社歌など、非常に幅広い分野に及びました。

福島市や古関裕而記念館の公式資料によると、生涯の作曲作品は約5,000曲に達します。

「栄冠は君に輝く」――高校野球を象徴する大会歌

1948年に作曲された「栄冠は君に輝く」は、全国高等学校野球大会の歌として知られています。

作詞は加賀大介、作曲は古関裕而です。

夏の甲子園で流れるこの曲は、試合に臨む選手だけでなく、応援する人々にも親しまれてきました。

『エール』では、裕一の音楽活動を象徴する作品の一つとして描かれています。

この曲の魅力は、勝者だけを称えるのではなく、競技に挑む人々の努力や青春を感じさせる旋律にあります。

「オリンピック・マーチ」――1964年東京五輪の記憶

1964年の東京オリンピックで使用された「オリンピック・マーチ」も古関の代表作です。

国立国会図書館の人物紹介でも、東京五輪の選手入場行進曲を作曲したことが主要な功績として紹介されています。

この楽曲は、国際的なスポーツ大会を彩る行進曲として、古関の音楽活動を象徴する作品です。

『エール』では、主人公の長年の作曲活動を締めくくる大きな仕事として、オリンピックに関わる音楽が描かれます。

「六甲おろし」――阪神タイガースの歴史を支える応援歌

阪神タイガースの応援歌として知られる「六甲おろし」も、古関裕而の作品です。

1936年に「大阪タイガースの歌」として作曲されました。

その後、球団名の変更に伴って「阪神タイガースの歌」となり、現在は「六甲おろし」の愛称で親しまれています。

興味深いのは、古関が阪神だけでなく、巨人の球団歌「闘魂こめて」も作曲していることです。

対照的なライバル球団の楽曲を同じ作曲家が手掛けていたという事実は、古関の仕事の幅広さを示しています。

古関裕而の代表曲一覧
楽曲 年 内容・特徴
紺碧の空 1931年 早稲田大学応援歌
船頭可愛や 1935年 古関の初期のヒット曲
大阪タイガースの歌 1936年 現在の六甲おろし
露営の歌 1937年 戦前の代表的な軍歌
暁に祈る 1940年 戦時期の作品
栄冠は君に輝く 1948年 全国高等学校野球大会の歌
長崎の鐘 1949年 戦後の代表的な歌謡曲
闘魂こめて 1963年 巨人軍の歌
オリンピック・マーチ 1964年 東京オリンピックの入場行進曲
純白の大地 1972年 札幌冬季オリンピック関連の作品

古関の作品を評価するときには、戦後の希望を象徴する曲だけでなく、戦時中に制作された作品にも目を向ける必要があります。

「露営の歌」や「暁に祈る」は、当時の社会や戦時体制と切り離せない楽曲です。

戦後の「栄冠は君に輝く」や「長崎の鐘」と合わせて聴くと、激動の時代を生きた作曲家の音楽活動の変化が見えてきます。

【生涯と音楽活動】福島出身の作曲家が日本を代表する存在になるまで

古関裕而の生涯を知ると、『エール』で描かれた作曲家としての成長が、どのような時代背景から生まれたのかが理解できます。

福島市での幼少期と作曲家への道

古関裕而は1909年8月11日、福島市大町の呉服商「喜多三」に生まれました。

幼いころから音楽に親しみ、10歳ごろには卓上ピアノで作曲を始めています。

1928年に福島商業学校を卒業した後、川俣銀行に勤務しました。

しかし、音楽への情熱は衰えず、1929年には英国の楽譜出版社が主催した作曲コンクールで入選します。

この出来事が、その後の人生を大きく変えることになりました。

日本コロムビアへの入社と作曲家としての成功

1930年9月、古関は日本コロムビアの専属作曲家となりました。

翌1931年には早稲田大学の応援歌「紺碧の空」を作曲。その後、「船頭可愛や」などのヒットによって作曲家としての評価を高めていきます。

戦前には軍歌や映画音楽、戦後には歌謡曲やラジオドラマの主題歌などを幅広く手掛けました。

特に、劇作家・菊田一夫との長年にわたる仕事は、古関の活動を語るうえで欠かせません。

「鐘の鳴る丘」や「君の名は」など、ラジオドラマの主題歌も多くの人に親しまれました。

晩年まで続いた音楽活動

1964年の東京オリンピックでは「オリンピック・マーチ」を作曲。

1969年には紫綬褒章を受章し、1979年には福島市の名誉市民第一号となりました。

1980年には作曲生活50周年を迎え、1986年に長年担当していたNHKラジオ番組「日曜名作座」の音楽担当から退いています。

1989年8月18日、80歳で生涯を閉じました。

福島市には功績を伝える福島市古関裕而記念館があり、直筆の楽譜や愛用した楽器などを通じて、その音楽活動を知ることができます。

【プロの結論】『エール』を見るときに知っておきたい3つの視点

『エール』の価値は、単に有名作曲家の生涯をドラマ化したことだけではありません。

音楽が社会や人々の生活とどのように結びついてきたのかを、夫婦の人生を通じて描いた点にあります。

特に注目したいのは、次の3点です。

1.古関金子を独立した音楽家として見る

金子は夫を支える妻であると同時に、自ら声楽を学び、舞台に立った人物でした。音の人物像を理解するときも、夫婦愛だけでなく、彼女自身の芸術への情熱に注目することが大切です。

2.ドラマの人物名と実在人物を区別する

古山裕一は古関裕而、関内音は古関金子がモデルです。しかし、周囲の人物や家族関係、物語の展開には創作があります。ドラマの出来事をすべて史実として受け取らないことが、正確な理解につながります。

3.楽曲が生まれた時代背景まで理解する

「栄冠は君に輝く」「オリンピック・マーチ」「六甲おろし」は、それぞれ異なる場面で人々に親しまれてきました。古関の作品を時代ごとに聴き比べると、作曲家としての表現の幅や、音楽が社会に与えた影響をより深く理解できます。

【よくある質問】古関裕而の朝ドラ『エール』に関するFAQ

Q1:古関裕而がモデルの朝ドラは何ですか?

A1:2020年前期に放送されたNHK連続テレビ小説『エール』です。古関裕而と妻・古関金子をモデルに、音楽とともに生きた夫婦の人生を描いています。

Q2:古関裕而を演じた俳優は誰ですか?

A2:窪田正孝です。ドラマでは古関裕而をモデルにした古山裕一を演じました。

Q3:古関金子をモデルにした役は誰ですか?

A3:二階堂ふみが演じた関内音です。音楽への情熱を持ち、裕一と人生を歩む女性として描かれました。

Q4:『エール』は実話ですか?

A4:実在した古関裕而と古関金子をモデルにしたフィクションです。二人の出会いや音楽活動などに史実が反映されていますが、登場人物名や団体名、家族関係、具体的な出来事には創作や変更があります。

Q5:古関裕而の妻・金子はどこの出身ですか?

A5:愛知県豊橋市出身です。1912年3月6日に生まれ、旧姓は内山です。声楽を学び、舞台にも出演した経験があります。

Q6:古関裕而の代表曲には何がありますか?

A6:「栄冠は君に輝く」「オリンピック・マーチ」「六甲おろし」「長崎の鐘」「紺碧の空」などがあります。歌謡曲からスポーツ音楽まで、幅広いジャンルで作品を残しました。

Q7:古関裕而は何歳で亡くなりましたか?

A7:1989年8月18日、80歳で亡くなりました。生涯で約5,000曲を作曲したとされています。

古関裕而がモデルの朝ドラは、2020年前期放送のNHK連続テレビ小説『エール』です。

窪田正孝が演じた古山裕一は古関裕而、二階堂ふみが演じた関内音は妻・古関金子がモデルです。

福島市出身の古関裕而と、豊橋市出身の古関金子。新聞記事から始まった文通、若くしての結婚、音楽への情熱、そして長年にわたる夫婦の歩みには、ドラマの物語を支える確かな史実があります。

一方、「栄冠は君に輝く」「オリンピック・マーチ」「六甲おろし」などの名曲が示すように、古関の功績は夫婦の物語だけでは語り尽くせません。

2026年に改めて『エール』を振り返るなら、ドラマの感動を楽しみながら、実際の古関夫妻が生きた時代や作品の誕生背景にも目を向けてみてください。物語の中で聴いた旋律が、実在した人々の人生と重なり、より深い意味を持って響いてくるはずです。

主な事実確認資料

- 福島市「故古関裕而氏について」・福島市古関裕而記念館の年譜
- 豊橋市「連続テレビ小説『エール』で豊橋を盛り上げよう!」
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像・古関裕而」
- 日本コロムビア「専属作曲家・古関裕而のご紹介」
- ORICON NEWS「窪田正孝主演『エール』モデルとなった作曲家・古関裕而とは?」
- NHKオンデマンド『エール』最終回の番組情報

同じカテゴリの記事

雨宮 理沙
デジタルマーケター 雨宮 理沙
プロフィールを見る →

レーベル公式のリリースとライブ主催者の発表を一次情報とし、セットリストや動員は公式発表で再確認します。

おすすめの関連記事